生と死と今と虫

一匹の羽虫が死のうとしている



 おい、ねえ君、死ぬのかい


  はい、もう死にます


 はあ、そりゃなんでさ


  生きる者の定めです


 寿命というやつかい、知ってるよ


  あなたは死なないのですか


 死ぬよ、毎日死んでいる

 そして毎日生まれている

 君がそうして死にそうな今も

 死んでいるし、生まれている


  あなたは一体だれですか


 私は「今」だよ

 過去と未来の狭間のものさ


  そうですか


 驚かないね


  いつもおそばにいるのを感じておりました


 そうかい


  そうです

  あなたがおられるから

  過去への後悔も

  未来への執着も

  みな愛おしいものとなりました

  ほんとうに

  ありがとうございました


 うん、その言葉は「過去」が大切に守ってくれるだろう

 君のようなやつらがいるから

 私は「今」であることが恐ろしくはない

 なあ君、もう少し話さないか

 なあ君

 なあ



羽虫は死んだ

「今」も死んだ

そしてまた「今」が生まれ

羽虫の残した子も生まれた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る