26

「は、はははっ! あっははははははっ!!」

 私の後ろで笑っていた。國義の笑い声だった。

「愉快! 実に愉快じゃあないか! 『この人殺し』だとよ! 相手は人じゃねえってのになァ! なあ、そうだろ感惑ゥ!」

 愉快そうに。

 実に愉快そうに、私のことを――そして音夢崎すやりのことをも、嘲っていた。

「ほら、見てみろよ感惑! 燻離の顔を! 何もかもに絶望してる顔だぜ!」

 私は、振り向いた。恐らく振り向かなければ、また燻離学生の指が折られると直感したからだ。

 ……燻離学生の顔は、酷いものだった。

 表情をほとんど喪失し、涙だけがただ流れていた。顔も唇も、血色を失ってまるで死人のようだった。

 唯一、感情が宿っているのは、両目。

 怒りと悲しみと絶望が入り混じった、光を失いかけた目。

 ほとんど、死人――いや、廃人。


 燻離学生からすれば、妹を2回殺されたようなものなのだ。

 1度目は、誹謗中傷者に。

 2度目は……私に。

 廃人にも、なるだろう。


「なんて可哀想に! ああ可哀想に! でもこれも仕方のないことだぜ、感惑! 我が国の力を増強させるためには、、仕方ないことだ!」

 國義は笑う。その目は笑ってない。

「仕方のないことだよ! なのにお前らは何もわかっちゃいない! 嘗てお前が仲良くしていた元社長だってそうだ! 何の犠牲もなく力が手に入るなんて思っちゃいけねえ! 他人を絶望や恐怖のドン底に落とすことになったとしても、他人の心を殺すことになったとて、力を手にするには、その誰かの犠牲が必要なんだよ!」

 はははっ、ともう一度笑ってから、國義は深呼吸を2、3度して落ち着いた。

 そんな彼に、私は尋ねる。

 いや、尋ねる必要性がある。

 この状況下では。

「……アイドルをさせたのは、そのためか?」

「ん? どういうことだよ感惑」

「アイドルってのは、皆に笑顔と希望を与えるモンだろ?」

「あー、だから、ってことか? ロマンチストだねえ」

 くすくす、と國義はわらう。

「いやいや、単純にお前のいた痕跡を全て消してやるって、ただそれだけだよ。お前自身に消させたのは、オマケだ……お前自身が作ったものを、お前自身に消させる。そこからしか得られない悦楽、ってのがあんだよ」

「……そういうことをするのが、お前の趣味か」

「……ま、今回は指を折るのは許してやるよ。事実だしな」

 びくり、と燻離学生が震える。

 ……言葉に気をつけねば。

「そうだ、俺のただの趣味だ。こうやって人の顔が恐怖と絶望に染められた時ほど、興奮するモノはない」

 ……変態め。

 私は心の中でそう侮蔑する。

「それでいて、国の為にもなるし、金も貰える。こんなに良い仕事、他には無いね」

「……研究者の素質あるよ、國義」

 そのセリフだけなら。

 研究者も、自身の興味関心を満たす為、そして一部の研究者は国の為に実験などを行い、それでいてお金も頂ける。

 ただ1つ、國義が決定的に違うのは、人の命を脅かしていることくらいだ。

「いっそ、転職したらどうだ?」

「生憎と、これが天職なもんでね――しかし」

 國義は、嫌な笑みを浮かべる。

「嬉しいね。准教授サマから直々にそう言って頂けるなんて。ま、今更褒められたところでお前を助けるつもりはねえよ。言ったろ、殺すって。ただ、約束は守ったからな。楽に殺してやる」

「……そのこと、だが」


 まだだ。

 まだ。

 ここで終わらせる訳にはいかない。

 全ての物語を、人生を、こんな所で終える訳には。


「私だけを殺して、燻離学生を解放しては、くれないか。私は、どんな殺され方をしても、いい」

「……泣かせるねえ」國義は笑顔だった。「声、震えんてんぞ」

「そりゃあ……怖いからな」

 ただ、と私は続ける。

「この件に巻き込んだのは、私だ。私が、スパイプログラムを作ったから――いや、元を辿れば、慈愛リツという自律AIを作ったから、燻離学生は巻き込まれただけに過ぎない。そうだろ」

「そうだなあ。ただ」

 國義の顔から、笑みが消える。

「ここまで知っておいて、生きて帰すわけにはいかねえんだわ。コイツも殺す。徹底的に殺す。……折角だから、あの記者と同じ目に遭わせても良いかもなァ」

「……ぅ、あ」

 燻離学生が、嗚咽とも悲鳴とも取れる声を上げる。

 爪の剥がれた指20本――それだけの存在に、される。

「頼む」私は食い下がった。「もう、彼女を苦しい目に遭わせないでくれ」

「いいや、遭わせるね。女性の悲鳴も、中々オツなモンだぜ?」

 ……変態が!

「しかし、感惑」

 國義の顔に、笑みが戻る。

「お前から、楽に殺すなという提案が出てきたのは素晴らしいことだ。涙がちょちょ切れそうだよ! 、お前も楽には殺さねえ。この前見せた通りの殺し方をしてやる」

「……っ!」

 この、野郎。

 怒りながら、私は怯え、怖気付いた。

 それを見て、國義は満面の笑みを浮かべる。

「その椅子に座れ。それから手を肘掛に、足を椅子の脚に合わせろ。従わなきゃ、分かるよな?」

 私は言われるまま、椅子に座る。次の瞬間、がちり、と手首足首が拘束された。

「ハイテクだろ?」スマートフォンを片手に操作しながら、國義ははしゃぐ。「スマホ1つでここまでできるんだからよ。『IoT』って言うんだっけか? ともかく、今はわざわざ近づいて錠をかけてやることはない。……ああ、手錠の『錠』だぜ? 情は端からかけてやるつもりはねえ」

「……なら、楽に殺してやる、ってのも、最初から――」

「当ッたり前だろうが!」

 アハハハハ。

 國義は笑う。

「なんで裏切り者に――スパイプログラムを流出させようとしたヤツに、情けなんかかけるんだよ! お前、本当に准教授かよ――少しは頭使えって」

 笑って。

 國義は、銃口を私の左肩に押し当てる。

「さあ、感惑! 最期の時だ! せめてそのつまらねえ人生、断末魔で存分に彩れよ!」

 引き金に、指をかける。


 そして。

 乾いた音。

 私の肩が、撃ち砕かれる感覚。

 焼けた鉄を体の中に突っ込まれる様な――いや、もう何をもってしても私の語彙力と経験則ではたとえられない程の、激痛。


「っ、ぐうううううぅぅぅぅぅっっっ!!!」

「痛いだろ? なあ、痛いだろ!」

 銃痕を抉るように、銃口を押し当て、右に左に捻ってくる。

「があああああっ!! やめ――やめろっっ!!」

「人に命令できる立場かよ」

「や、めてください……っ!!」

「やーだよ」

 銃痕の横に、もう1発。左肩に、2つの穴が開く。

 一瞬意識がブラックアウトしたが、激痛ですぐに目覚める。

 さあ、と國義は微笑む。

「次は、どこが良い?」


 ……ダメか。

 やはり私は、このまま殺されるのか。

 数人の人生を狂わせ、その犯人である慈愛リツをただし、克己を死なせたこの人殺しに、生き延びる資格はないのだろう。


 ……克己。

 アイツも、こんな風に殺されたんだろうか。

 いや、その前に――協力しないかと脅されながら、拷問を受けていたのかもしれない。

 それでも、協力しなかった。

 抵抗して、拷問の末に殺された。


「……克己、も」

「あん?」

「克己――留影克己も、こんな風に殺したのか?」

「……ああ、あの社長サンな。殺したよ。その前に拷問したけど」

 國義は、あっさり認めた。

「しっかし、アイツはクソだったな〜。拷問しても折れねえし、何なら『先に地獄で待ってる』とも言い放ったしよ」

 地獄で、待ってる。

 克己もまた、あの事態を引き起こしたことに、ここまで深い負い目を感じていたのだ。

 でなければ、そんな言葉は使わない。精々、『地獄に堕ちろ』とかだろうに。


 ともあれ。

 その言葉通りなら、

 誰をかは、分からないが。

 もし私を待ってくれているのなら、待っていてくれ。地獄に堕ちたら、真っ先にお前のところに行って、謝るから。

 お前を死なせたことを。

 こんなことになってしまったことを。


「さて、次はもう片方の肩、行っとくか」

 銃口が、右肩に合わせられる。

 そして、國義は。










【ちょーーーっと待ったーーー!!!】


 ……引金を引けず、固まった。

 当然だろう――突如、アジト内のスピーカーから、大音量の声が響いたのだから。

 しかもその声は、今や生きている筈がないのだから。

 國義は、その名前を叫ぶ。




「……っ!?」







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