ヴァンパイアハザード(仮タイトル)

しき

第1話 吸血鬼事件

 19世紀、炉曇ロンドン。産業革命により急激な発展を遂げたこの都市は科学とオカルト、貧富の差そして多種多様の犯罪。ガスライトでは照らしきれない様々な闇を抱えている。


【号外、号外!炉曇ロンドン橋で腹部に穴を開けられて血を抜かれている男性の死体が見つかる。またもや、恐怖の串刺し公ツェペシュが現れた。これで吸血鬼事件の被害者はなんと5人目だ。

 スコットサンヤードの無能な奴らは何をしているー】


 今日もスモッグで空が見えない中を新聞が飛ぶ。この炉曇ロンドンでは犯罪は日常茶飯事で決して珍しくはないが、この吸血鬼事件は多くの民衆の目を引いた。

 腹部を槍の様な凶器で貫かれた死体が発見される。被害者は全員が貴族。しかし、金品を取られた形跡がないのでよくあるスラムの連中による物取り目的の犯罪ではない。

 そして何よりも異常なのが被害者は全身の血を干からびるまでに綺麗に抜き取られていることだ。

 いかにこの炉曇ロンドンの医療技術が発展したとはいえ、人目につかずに短時間で血を抜ききるなど至難の技だ。こうしたことからこの事件は吸血鬼事件と名付けられ、また、正体不明の犯人を有名なドラキュラ伯爵のモデルであるヴラト三世にかけて串刺し公ツェペシュと呼ぶようになり恐怖と共に人気を博した。更にかけられた多額の懸賞金が民衆の興味を引いた。


 そう、金だ。生まれながら養ってくれる親も真っ当な仕事もないスラム育ちの俺からして見ればこんな大金が手に入るチャンスは後にも先にもないだろう。夜眼と腕には多少は自信がある。

俺はスリでつちかった経験を活かし、吸血鬼事件のターゲットになりそうな人物達を夜な夜な尾行して吸血鬼事件の犯人を捕らえようとした。しかし…


「はぁ~、そう簡単に行くわけないか」


 結果は骨折り損のくたびれ儲け。そもそも炉曇ロンドン中で吸血鬼事件の警戒が高まり、夜に出歩く貴族様なんて滅多にいない。スコットサンヤードのパトロールも強まっているし、むしろ俺の方が変な言いがかりをつけられて警察に捕まってしまいそうになった。


「しかし、串刺し公ツェペシュの野郎は本当に何で誰にも目撃されずにこんな凶行を続けていられるんだ」


 疲れと苛立ちから思ったことがそのまま口から漏れる。スコットサンヤードの無能連中が串刺し公ツェペシュの足取りをつかめないのはまだ分かる。

 だけどスラムの仲間連中にも目撃情報や噂がないってのは奇妙な話だ。

 俺と同じで懸賞金の一人占めが目的で情報を隠している可能性もあるが、それでもそのようなうま味のある噂は漏れでるというのが低俗な人間社会だ。金銭目的以外の理由で貴族の人間を殺しているのなら尚更に黒い噂の一つや二つ出てきそうなのにそれもない。

 この事件の犯人、実は俺が考えている以上に難しいものなのかもしれないな。


 ぐぅ~~


 やべぇ、とにもかくにも腹が空いた。このままでは大金どころか、飢え死にしてしまう。

 今日のところはひとまず吸血鬼事件のことは忘れて、適当な奴から金品を奪ってめしを食おう。

 狙いやすそうな相手がいないか辺りを見渡す。しかし、吸血鬼事件の影響なのか、金を持っていそうな奴がなかなか見つからない。場所を変えるかと思っていたその時


「おっ、いいカモ発見」


 フード付き修道服を着て雨でも無いのに傘をさしながら大切そうに鞄を抱えている男性が目についた。何故か髪を剃ってはなく、長い綺麗な金色の髪で片目を長い隠すような奇妙な髪型をしている。年齢は20代後半だろうか、若いが身なりが良い。恐らくは身分の高い修道士だろう。金持ち貴族ではないが、あの鞄の中身は金になるとみた。小柄だし、警戒心も薄そうだ。こんなチャンスを逃すわけがない。

 俺は勢い良く駆け寄ってその男から鞄をひったくった。


「おい待て君、それは…」


 後ろから男が何か言いながら追いかけてくる。後ろを見ると、驚くことに動きにくいはずの修道服にそして傘をしながらにもかかわらず男は俺に追い付きそうになるほど早く走っている。


「何だよあいつは…」


 思わぬ事態に焦りはしたものの、俺は人や狭い路地を上手く使いこなし、何とか男をまくことに成功した。


「ぜぇぜぇ、はぁ~危なかったー。あんなアクロバティックな動きができる修道士がいるとは思いもしなかったなぁ。ってか、あれは本当に修道士なのか?警察にも負け知らずの俺の足にあそこまでついてくるなんて。

 まぁ、何だっていいか。とにもかくにも戦利品の確認と…」


 俺はうきうきしながら鞄を開けた。しかし、中身を見た瞬間に俺はショックで固まってしまった。


「何だこれ…」


 鞄から出てきたのは布切れ一枚だけだった。

 しかも綺麗とは言い難い代物しろものでマントなどの端が破れた様な感じであり、とても価値がある物とは思えない。


「あ~~、クソが~。何でこんなのを大切そうに鞄にしまって抱えてたんだよあの野郎は!!クソ、今度会ったら一発殴ってやる!」


 ぐぅ~~~


 あっ、ヤバい。お腹が減りすぎてマジで死にそう。走り損じゃん俺。こんなんだったら物取りでなく、あの修道士の前で物乞いの真似でもすれば良かったクソ~。いや、過ぎたことを後悔している場合じゃあない早く次の獲物を見つけないと日が完全に落ちてしまう。

 吸血鬼事件の騒ぎの影響で今の夜の炉曇ロンドンを歩く金持ちはいない。先程以上に必死でカモを探すが、もう手遅れの様だ。


「結局、今日の成果はこの布切れ一枚だけか…。こんなの何の役にも立ちはしねぇ」


 意気消沈しながら俺は寝床にしている場所に向かう。この布切れを捨てられなかったのは悔しさからくる未練と、あの修道士らしい男の反応からもしかしたら価値が分かる人からしてみれば高値で取り引きできる品なのかもしれないと思ったからだ。

 しかし、例えこれが実は貴族の間では高値で売れる特別な代物だったとしても、残念なことに俺の知り合いにアンティークなどの崇高な物の価値を見抜ける人物はいない。まあ、当たり前だ。類は友を呼ぶ。スラム育ちの俺には同じようなろくでなしの友達だけだ。なのでたとえ価値があったとしても今すぐには布切れこれを金にすることはできない。

 そんな物よりも今は少ない額でも直ぐに食料にありつけれる方が重要だ。腹が空きすぎて力が出ない今は俺よりも弱っている物乞いだろうが何だろうがお構いなしに襲うしかない。もう日も完全に落ちる早くしないと。

 そう決意を決めた時だった。俺は信じられない物を目にして自分の目を疑った。盗んだ布切れから青白く輝く光の線が伸びているのが見えたのだ。


「何だこれ?さっきまでは何もなかったはずだぞ。暗くなって見える様になったのか?」


 恐る恐るその線に触れて見ようとするが、どうやら実体がないらしく、触れることができなく、すり抜ける。その線は不思議と何処かへと導いているようだった。


「もしかしてこの線の先にお宝でもあるのか!!」


 空腹で限界な俺はおろかな妄想を抱きながらその線を辿り出した。不思議なことに線は俺にしか見え無いようだ。また目的地に近づくほどに線はよりはっきりと見える様になってきた。そうして辿り着いた場所は人気の無い廃墟だった。


「思ったよりも遠くまで来てしまった。これで何も無いってなったらマジで死ぬかも…」


 ガサ


 誰もいないと思われた廃墟の奥から物音が聞こえて俺は咄嗟とっさに壊れたの石壁に身を隠して周囲を警戒した。

 すると廃墟の奥からマントを羽織った大柄な男が現れた。男の服装はまるで中世の貴族の様な格好でこの廃れた場所とはあまりにも場違いな感じられた。何よりも俺の目を引いたのは男が手に持っている巨大な槍だった。

 穂先だけでも1mぐらいある。槍全体では8mぐらいの長さだ。大槍の中でもかなりの大きさだ。更に何故か俺は直感的にその槍にどこか普通とは違う禍々しさを感じた。


「我に何のようだ」


 突然、大男が隠れている俺の方を見てそう問いかけてきた。俺は息を殺し、とりあえず、その場をやり過ごせないかこころみた。

 あの男はヤバいと本能が警告を鳴らす。何とかして逃げなければ。

 幸いなことに俺と男の間には石壁がある。これを上手く利用すればこのまま顔を見られることなく、逃げきれる。そう考えた時…


 ドガーン


 信じられないことに瞬きの間に男は間合いを詰め、手に持っている大槍で石壁を破壊した。そのスピードとパワーは明らかに人間離れしていた。それに不思議なことに槍が当たった石壁は砂に変化し、跡形もなく消え去った。


「避けたか…中々に良い動きをする。しかし、教会の追手ではないようだな。

 これは僥倖ぎょうこう。教会の連中につけられた傷が酷く、狩りに行けないと時に食物のみすから我の元に来てくれるとは」


 何が何だか分からない。ともかく逃げなければ殺される。アレは姿形こそ人間だが、正真正銘の化物や悪魔のたぐいだ。間違いなく殺される。

 理解不能な事態。しかし、明確な命の危機に俺は空腹も忘れて必死に駆け出した。いくら奴が速く動けてもこの暗闇の中でなら撒くことは不可能では無いはず。


「はっ!?」


 思考が止まる。気づいた時には大男が目の前に立っていた。尻餅をつく。恐怖で体が動かない。視線も奴に釘付けだ。


「ふむ、質素な食事ではあるが仕方ない。多少は傷の回復になるだろう。薄汚く我の好みではないが特別に我の血肉になる栄誉を与えよう」


 大男がそう言って槍を俺に向ける。嫌だ、嫌だ。死にたくない。頼むやめてくれ。やめてくれ…


「やめろ!!」


 体は未だに動かない。叫び声だけを何とか出した様な感じだ。こんな場所に助けに来る者はいない。ましてや奴が止まるとも思えない。このまま殺されると思ったその時…


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