第2話 二回目の海
私は、久しぶりに外出をすることができた。
情けないことに車の運転は、もう出来そうにないみたいだ。
見慣れた車が見えた。
山﨑の車だ。
ダサいセダンで変な色。
フッと笑ってしまう。
玄関までスッと入ってきて、停車した。
運転席から、ダサい服を着た山﨑が降りてきた。おっ!おはよ、体調大丈夫そ?と聞かれて私は、うん、大丈夫と頷いた。
山﨑は当たり前のように、助手席のドアを開けた。
私は車椅子から、助手席に乗り込む。意外と慣れるとすんなり乗れてしまう。
私がシートベルトをした事を確認して、ドアを閉める。車椅子は畳んで、車の後ろに積み込んだ。
「んじゃ!出発しますか」
ほどよい車内の温度。優しい運転をする男。
車内のBGMは相変わらず、ラジオ。
ナビはつかわない。
私は窓から見慣れた景色が流れていくのをただ何も言わずに見ている。
特に何かを話すわけではない。
山﨑の話は、特段面白くもない。
赤信号で停まる。
私はふと横を見る。
こんなに近くで自分を見つめる女がいる事にも気がつかない男。
初めて出逢ったのは、中学生の頃だった。
小学校も同じだったみたいだが、一度も同じクラスになったことはないし、話した記憶もない。
山﨑は、地味な男で野球バカ。
野球やってるくせに、色白だったから『豆腐小僧』ってよくイジられてた。
同じクラスになって、共通の友達がいる事を知った。
男友達の多い奴で、誰も山﨑のことを悪く言うやつはいなかった。
よくいるでしょ。
男友達は多いが、女友達はいなくて、女子と話すのが苦手な奴って。
その、王道をいってるのが山﨑。
女子と話すと顔が赤くなって、うまく喋れないやつ。
なんでだろう-
なぜだか、私は『豆腐小僧』が気になった。
笑うとクシャっとなり、細い目がもっと細くなる。白い歯がバッと見えて、見てるこっちがつられて笑顔になる。
人当たりが良くて、頼られると断れない。
面倒臭い委員長になって、嫌だ嫌だと言う割に、最後まできちんと仕事をする。
体育祭や音楽祭、部活もしながらちゃんと残って作業してた。
自分の中の『なんだろう』が気になって仕方がなかった。
だから、私は‥‥
意を決して、大きな声で隣の席の山﨑に言った。
「ねぇ!山﨑、私と友達になろう!」
「えっ!!」
クラスメイト達が、一斉に私と山﨑を見た。
「えっ?あっ、えっ??えーー??!」
という、山﨑の反応も想定済みだった。
「佐伯さん?今は授業中なので、そういうことは休み時間か放課後にお願いしてもいい?」
古文の先生から注意された。
そのあと、半ば強引に携帯番号とアドレスの交換をした。
周りから、山﨑、よかったなー初めての女友達出来たじゃんと冷やかされていたが、私は嬉しかった。
「山﨑、今日からさん付け禁止な」
「えっ、急には無理。心の準備が‥‥」
それから、『女友達』になるまで半年かかった。
「おい、佐伯。アイス買ってきたぞ」
「おおーサンキュー!これこれー」
私の大好きなアイス。
今日は暑くて、青空も最高。
アイスを口に頬張ったまま、腕を広げ、仰向けに寝転ぶ。
枕は、山﨑の太もも。
あー最高にアイスは美味しい!!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ガチャっという音で、重たい瞼を少し開ける。
ああー、いつの間にか寝てたみたい…
懐かしい夢…
山﨑が、車のドアを開けて優しく私の肩と足を持ち上げた。
車椅子へ座るのかと思っていたら、私を抱き抱えたまま歩き出した。
これって、お姫様抱っこじゃん。
潮の匂いが、私の鼻先をかすった。
久しぶりの海だな‥‥
目を瞑ったまま、波の音を感じる。
お姫様抱っこって思っていたより、いいな。
初めてのお姫様抱っこ。多分、これが最初で最後。
これはヤバいな。大切にされているって感じる。
あー…
だから『お姫様抱っこ』なんだ…
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