BLOOD・EYES -STORY OF ZERO-

秋乃楓

第1話 傀儡-ニンギョウ-

人間、表があれば裏もある。

それは当たり前の事であり何なら生きとし生けるモノ全てがそうだ。善人も裏を返せば悪人にもなるし、頭のてっぺんから足の先まで善人という輩は存在しない。それに生まれつきの境遇で悪に染まる事だってある。

そうしなければ…そうしなくては行けていけないのだから。誰もが平等なんざ有り得ない話、全員が平等なら明日のカネも寝床もメシも手にしているし困らない筈だ。そうはならないから

犯罪が起きる。誰もが笑って過ごしているこの国も裏を返せば本当に笑っているのはごく限られた一部の層の人間だけなのかもしれない。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

国家特例対策機関、通称国例。その組織にとある女性が所属していた。彼女の名前は川下椿かわしたつばきといって歳は20代前半。

彼女は主に一般市民からの相談を受けるのが主な生活課と呼ばれる部署で怪異達と戦ったりするのは悪魔で前線に赴く為に作られた別部署だ。彼女の格好は今の様なラフなスタイルではなく一丁前にスーツを着てネクタイを締めて仕事に当たっていた。茶髪の長い髪を後ろで団子にしてヘアゴムで縛っている。左手で頬杖を突きながらデスクワークをしていた彼女だったが限界を迎えて声を荒らげてしまった。


「はぁあ…ったく、何で私が宴会の予約なんざしなきゃいけないんだい!?こちとら書類纏めんのに忙しいってのに!!」


パソコンの前で悲鳴を上げた椿はその場に立ち上がっていた。そこへ箱を持って通り掛かったのは金色の髪をした20代の男、彼も上下黒のスーツに中は白のワイシャツ。足元は黒い革靴で首元には紺色のネクタイを結んでいた。


「叫んでも仕方ないッスよ、椿さん。面倒事はぜぇーんぶ俺達生活課の役目じゃないですか。」



「飲み会の幹事、場所のセッティング…それからタクシー代に二次会の有無とかその他諸々全部…これでも仕方ないってかい!?」


詰め寄られた彼は苦笑いし、椿を宥めていた。

彼の名前は香川鳳志かがわほうし

といって椿の後輩に当たる人物。

この春に新卒で国例に入って初めての配属先が生活課となった事から彼女の下で色々と学んで今に至る。


「……あまりギャーギャー騒ぐなよ、耳が痛いじゃないか。」


奥に居た白髪の大柄なスーツ姿の男性が2人の方を向いて話し掛けた。彼の名前は毒島明夫ぶすじまあきお、生活課の所長。


「だって明夫さん…幾ら何でも酷いと思わない!?この時期になると毎回毎回、対策課の連中が宴会の準備を押し付けて来るんだよ!?」



「気持ちは解る。対策課に捜査課も保安課もこの時期は皆忙しいのさ。ま、俺達生活課は……普段通りだがな。」


湯飲みに入ったお茶を飲むと彼は一息ついた。

それから少し経って室内のドアを開けて戻って来たのは椿と同じ上下黒の格好に黒い革靴を履いているやや小柄の女性、背中の中程まで伸びた黒い髪が印象的。丁度昼休みを終えて帰って来た所だった。


「戻りましたー…って、つーちゃん?どうしたの?」



「聞いておくれよ璃莉ぃ!!対策課がそろそろ宴会の見積もりとか諸々全部出せって…私を虐めるんだよぅ…。」



「あー…確かにそろそろ時期が時期か。自分達は怪異達への対策会議やら何やらが忙しいから、そういうのは暇な部署がやれって魂胆なのは私にも目に見えてるし。香川君の同期の…小鳥遊君もウチの実態が嫌で先月辞めちゃったから負担も倍増って訳。」


椿を宥めながら話を聞いている彼女の名は天羽璃莉あもうりりといって椿とは同期に当たる人物で同じ課の仲間。仕事終わりに飲みに行ったりもする仲でもある。


「ま…まぁ、期限はまだ有るから気長にやろ?ね?きっと香川君も手伝ってくれるだろうし。」



「既婚者が手伝ってくれる訳ないだろう?どーせ、勝手にフラフラと愛の巣に飛んで行くのさ…。愛しのきーちゃんは元気かい?」


荷物の整理を終えて一休みしていた鳳志が思わず飲んでいた缶コーヒーの中身を口から噴き出した。


「椿さん、何で知ってるんスか!?」



「偶々アンタの携帯見たらメッセージ来てたんだよ、鳳ちゃんいつ帰るのー?って。何だい…待ち受けもラブラブ真っ盛りなツーショットにしちゃってさぁ?」



「良いじゃないっスか、俺が彼女の事どう呼んだって!!そもそも人の携帯勝手に見るなんて幾ら椿さんでもダメっスよ!?」


きーちゃんこと香川桔梗(旧姓:寺田)と鳳志は

昨年に式を挙げたばかりで新婚夫婦そのもの。

見た目も良いだけだなくその上、優しい性格で料理も出来る鳳志には勿体ない存在でもあった。ギャーギャー話していると部屋がノックされ、女性の係員に付き添われる形で半袖短パンの1人の若い男が尋ねて来た。派手な服とネックレスや指輪を嵌めているその格好はどう見てもヤンキーそのものなのだが何処か顔色が悪い様にも見える。


「あのぉ……コクレイ?の生活課って此処ッスか?」



「何だい、今ウチは一世一代の取り込み中なんだよ。コーバンは外出て左の通り進んだ先だから大人しく回れ右して帰んな!」


喰って掛かろうとした椿を抑えながら鳳志が椿と共に対応に当たると彼女を宥めながら何とか応接室へ通した。因みに彼の名前は長田俊夫ながたとしおといって私立大学に通っている3年生だった。


「それで…話って何ですか?」



「っと…実はダチ数人と心霊スポットに行ったら何かヤバい目に遭って……。」



「ヤバい目…とは?」


鳳志が尋ねると俊夫は己の身に何が起きたのかを語り始めた。数日前に会社の同僚達と共にとある一軒家を訪れた際、突然カタカタという物音とが聞こえたかと思った直後に部屋の物が飛散しケガをしそうになったとの事。

他にも仲間の1人が若い女の声を聞いたと言い出していて最初は流石に冗談かと思われたがその場に居た全員がハッキリ聞いたのだと言う。


「その声は何て言ってたんです?」



「確か……帰れ、二度と此処へ来るなって。」



「成程...他に何か霊障とか起きてますか?」



「…それが妙な気配感じるんスよね。夜寝てると見下ろされている様な視線とか…部屋に居ても何か人の気配がしたりとか。兎に角……何とかならないっスか?最近マジで寝れてなくて…。」


俊夫が欠伸すると鳳志の左に居た椿は彼の方を頭の先から爪先まで見てから「ふぅん」と一言だけ漏らした。そしてメモを取っていた彼が再び俊夫へ話し掛ける。


「…解りました。では書類をお渡ししますので幾つか記載して頂けますか?」



「え…マジ?そういうのって直ぐ調べて貰えるんじゃないんスか?」



「えっと…国例が調べるのは普通の警察じゃ手に負えない事柄だったり、今回の様な民間からの依頼によるケースも有るんですよ。個人情報及びプライバシーに関する事は全て伏せますからご協力を……。」


鳳志が丁寧に説明し、書類を取りに一度部屋の外へと出た。残された椿は左手の指先で伸びた横髪をクルクルと巻いて彼の方を見つめている。


「…俺の顔に何か付いてます?」



「いーや、別に?それより私にも聞かせて頂戴な。入った家は民家?それとも…廃屋?」



「えっと……民家っスね。どう見ても人が住んで無さそうな感じで物も散らかってて、タンスとかテーブルなんか埃被りまくりだったし。」



「ふぅん…他には?」



「他は…そういや気味悪い人形が有った様な。マジでガラスケースん中に有ったんスよ、変な人形が!!見た目は日本人形みたいな奴で…仲間が見てたら何か生きてるみたいで気持ち悪いってそれ思い切り小突いたら一瞬だけ動いた様な気がしたって。」


椿が途中で右手の中指と薬指の爪をカリカリと噛んで話を聞きながら粗方頷いていた時に鳳志が部屋へ戻って来る。

そして俊夫へ説明しながら一通り記載して貰うと受付と相談は約1時間と少しで終わり、俊夫を出口まで見送ると鳳志が振り返って大きな溜め息をついた。


「聴取、終わりました……。」



「上出来だよ、流石は鳳ちゃん。私がみっちり仕込んだかいが有ったってもんだよ。」



「揶揄わないで下さいよ…それよりどう思います?今回の件。」


書類を椿が鳳志から取ると1枚1枚丁寧に見ていき、それを突き返した。


「まっ、成る様には成るんじゃないかい?」



「……だといいッスけどね。」


それから2人は明夫へ旨を伝えてから正式な許可を貰い、例の現場へと赴いた。

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「…此処っスね、例の民家が有る辺り。コレってどう見ても──」



「空き家…のオンパレードだねぇ、こりゃ。」


その日の夜19時過ぎの事。

鳳志の運転で車を走らせて約1時間半、辿り着いたのは俊夫が仲間と訪れたであろう場所。

山に近い位置にある上に既に人の出入りも有るせいか辺りにはゴミが散らかっていた。車から降りてから2人はその場でアタッシュケースを開けて中から拳銃と弾薬の他に人の形をした紙の束をそれぞれ持つと銃をホルスターへ収めてからベルトを腰へ巻いた。銃の方はM60回転式拳銃をベースに改良を加えた物で38口径で装弾数は5発なのはそのまま、但し撃ち出す弾が特殊な物で銀色の弾を使用している。


「マジでやり合ったりするんスかね?」



「さぁね…相手がやる気ならやるしかないさ。っと……コレも忘れちゃいけない。」


椿は自身の上着の懐へ紫色の布に巻かれた細長い何かをしまうとアタッシュケースを閉じてから車のドアも閉める。そして他の家を調べつつ鳳志と共に家のある方向へ歩いて向かうと目的の家の前で立ち止まった。


「此処か…確かに気持ち悪ぃ……。」


スリッパへ履き替えた鳳志が先に行って施錠の有無を確かめてから椿へ合図すると2人は引き戸を開けて室内へ。それから土足のまま上がると湿気たカビ臭い臭気が外の風に乗って鼻を突いて来る。

廊下を歩いて左の部屋を見てみると木製のテーブルや古いブラウン管テレビがそのまま放置されていて、他には絵が壁に1枚だけ飾られていた。それは子供がクレヨンで描いた物で男女2人と白いワンピースを着た女の子がそれぞれ笑っている。他にもその直ぐ近くにはクレヨンで描いた同じ女の子と老婆の絵が手を繋いでいる物も飾ってあった。


「子供の絵だ。やっぱ誰か住んでたんスかね?」



「だろうねぇ。生活感からして結構な年月が経ってるし……家財道具も一部だけ残して後はそのままだ。」


鳳志は今居る部屋を出て他の部屋の中を見てから椿の方へと振り返った。


「隣の部屋は布団だけっスね。とはいえ…荒れ放題、しかも壁は落書きだらけでタンスの中の物も乱雑に荒らされてる……こりゃ元の家が主見たら相当ブチ切れますよ。」



「その家主、どうやらリビングに居るらしい。」



「へっ?…マジっすか?」



「さっき見た間取り図が正しいなら2階は恐らく唯の物置部屋。私から見て廊下の左側がトイレ、右側の直ぐそこが風呂場。そして正面磨りガラスのドアがあるのがリビング。あの男が見たって言ってた人形の場所がそこの筈だよ。」


彼女が右手で指を差す方向を鳳志が見てみると薄ら人の形の様なシルエットが一瞬だけ見えた様な気がした。そして彼を先頭にしリビングの方へ歩いて向かうとドアノブへ手を掛けてゆっくりと自身の方へ引いて室内へと入る。

中は物が散乱しているだけでなく、破れたカーテンや傷が付けられた白い壁紙の他に引き裂かれてボロボロになったソファや薄型テレビが有った。フローリングの床は掃除が行き届いていない事もあり、埃と足跡が多数残されていた。


「うえッ、さっきよりカビ臭ッ!?オマケにすげぇ埃っぽい…!!」



「人形、人形…肝心な例の人形は…っと。何処にも無いじゃないか、あのヤンキーめ…デマ流しやがったよ!!だからあーいうチャラいのは信用ならないんだっての!!」


椿が棚やら何やらを色々と探したが俊夫の話していた人形は見付からない。そんな筈はと思って鳳志が振り返ると彼はその場に固まってしまった。


「…?どうしたのさ鳳志、急にバカみたいな顔しちゃって。仮に笑わせるんならもっとマシな顔したらどうだい?」



「う、後ろ……!」



「は?…もっとハッキリ喋りな、何だって?」



「つ、つ、椿さんッ!椿さんの後ろ!!」



「後ろ?後ろが何だって──」


椿がくるっと振り返るとそこにはボロボロの和服を着て腰辺りまで伸びた黒く長い髪をだらんと垂らした少女が空中に浮かんで立っていた。全体の大きさは椿の身長約半分程。伸びた前髪から覗く黄金色の瞳が彼女の事を睨み付けていた。


「あッ…ど…どうも……?」



「帰れ……此処から…出て行け!!」


突然、相手が右手を向けたと同時に椿の身体が弾き飛ばされたかと思えば彼女は床へ物音を立てて背中から倒れてしまった。倒れた拍子に近くに置かれていた空き缶やペットボトルが彼女へ降り注いで命中する。


「椿さんッ!?このッ!!」


咄嗟に鳳志が拳銃を向け、撃鉄を右手の親指で引くと左手を合わせ右手を固定していた状態から照準を少女へ合わせていく。装弾数は5発でこれ等を正確に命中させなくては此方の身が危ない。両足を開いて姿勢を安定させ、直後に引き金を引くと乾いた破裂音と共に弾丸が銃口から放たれた。しかし弾丸は少女ではなく彼女の右隣の壁へ命中してしまう。続く2発目は少女の左頬から離れた位置を突き抜けて外した。

心臓の鼓動が強く脈打つ度に銃を持つ右手が震え、呼吸も浅くなり始める。椿は一向に起き上がる気配すら見せない事から自分が何とかしなくてはならない。


「お、落ち着け…落ち着け鳳志……俺なら大丈夫だ、やれる…大丈夫だから…ッ…!!」



「さっさと…さっさと此処から……出て行けぇえええええッ!!」


次の瞬間、少女の力でテレビが浮き上がると

それが鳳志目掛けて飛んで来る。突然の出来事で反応が遅れてしまい回避が間に合いそうもない。アレを喰らえば間違いなく大怪我するだろうし当たり所が悪ければ即死、それにこの足元だから二次被害も考えられる。


「あ…ッ、ヤベぇ…俺…死──」


気が付いた時には自分の身体は地面に押し倒されていた。自分の身体の上に何か柔らかくて温かい重みの有る物が覆い被さっている。視線を向けると椿が彼の方を見下ろす様に見ていた。

実はあの時、椿が彼を突き飛ばして床に伏せさせたのだ。幸いなのはソファで隠れている為か2人が見えないという事だろう。


「…生憎、まだ此処は涅槃じゃないよ。それに目の前に居るのは天女様じゃなくて私だっての…ッ。」



「椿さぁん…生きてたんスね…!!」



「…ったり前だろう、あの程度でくたばって溜まるかってんだ。それよりも奴さんマジでキレてる…下手に挑発すりゃ2人ともあの世行きだ。」


ペロッと舌を出した椿が苦笑いし鳳志の身体へ右手を付いて顔をひょこっと覗かせると此方に気付いた少女が今度は花瓶を飛ばして来た。

伏せた事で花瓶が壁へ命中し音を立てて割れてしまった。


「ちょっと、物を投げるのはナシだよナシ!!先ずはお互い話し合おうじゃないか!!」



「つ、椿さん!?急に何言ってんスか!?」


彼女は鳳志を支えに立ち上がると自ずと拳銃を捨てて両手を上げ、降参のポーズを取る。

だが相手の少女は椿を睨んだままで髪の毛が逆だっている様にも見えていた。それでもお構い無しに椿は自ずと口を開いて話し始める。


「…アンタ、この家の守り神か?それとも住み着いているだけの存在か?」



「五月蝿い!!帰れ…早く帰れ!!」



「あの絵の女の子…アンタと似てるけど、

一体どういうッ──!?」


するとガラスのコップが飛んで来て椿の顔面の左横を突き抜けては壁に命中し粉々に砕け散った。よく見てみると付近のガラス窓や部屋のガラス窓が全てがガタガタと震えているのが解る。つまり彼女の力がそれ程迄に凄まじいという事を物語っていた。


「ちょぉおッ…マジで私を殺す気かい!?はぁー……解った、解った!何か欲しいのでも有る?命はやれないけど、アメだのガムだのジュースだのポテチ位なら買ってやれるよ。まぁ飲み食いが出来るなら……の話だけど。」



「いい加減に…ッ…!!」



「それと、このまま他人に危害を及ぼし続ければ私達はアンタをこの世から消す事になる。」



「構うものか…私はどうなったってッ…!!」


少女は攻撃の手を止めると目を逸らし、何かを堪える様に耐えていた。一方では鳳志が椿のズボンの裾を引っ張って視線を送ると小声で話しかけて来た。


(今なら撃てます、反撃するなら今の内ッス!!)



「バカ言え、この状況から撃てるかってんだコラ!!兎に角…私もそこに寝てる此奴もアンタに危害を加えたりはしないよ。」


鳳志を左足で踏み付けてから椿はソファを越えて目の前の少女の方へ歩いて行くと付近で立ち止まった。


「私が…怖くないの?」



「もう慣れてる、色んな奴をこの目で見て来てるから…さ、先ずは此処を出て話を聞かせて貰おうじゃないか?」


少女は頷くと椿と共に家の外へ、鳳志もその後を追って玄関から靴を履き替えて出て行った。

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それから歩いて向かったのは車が停めてある駐車場、此処へ来るまでに乗って来た車の後部座席へ少女を乗らせると椿もドアを開けて左側へ腰掛けた。窓を開けて鳳志に「女2人水入らずで話すから何か飲み物を買って来い」と言い付けてから金を渡すと再び視線を少女へと戻した。


「…あの人は?」



「あぁー、アイツ?アイツは私の後輩でね…まぁ悪い奴じゃないから大丈夫。それでアンタはいつからあの家に?」



「…憶えてない。ずっと前から居た記憶は有るけど断片的でしかないの。」



「記憶?」


椿が少女へそう話すと彼女は頷いた。


「笑ってる女の子…泣いてる男の人と女の人、そして年配の女の人…それからいつの間にか私があの家に居た。後は…此処へ来る人の顔や感情ばかり。」



「ふぅん…他は?」



「他に憶えてるのは…悲しいって事だけ。後は何も思い出せない…自分の名前も。」



「成程ね…けどまぁ、よく見ると可愛らしく造られてるじゃないか。髪はボサボサだけど直せば良いし…服も新しいのを見繕えば大丈夫さね。」



「そう言われたのは初めて。あの家へ来るヒトは気持ち悪がって私の事を避けて行くから。」


少女が話していた時、ドアがノックされて椿が

中から開いてやると2人分の缶ジュースが差し出された。


「椿さん、買って来ましたよ。これお釣り。」



「ご苦労さん。この子は私が預かる…アンタから所長に言っといてくれるかい?」



「俺ッスか!?」



「当たり前だろう?こんな可愛い子、アンタに渡せるかってんだ。それと…ちょっと借りるよ?」


鳳志の上着を物色し携帯を勝手にそれを借りると髪を粗方整えてから少女の顔を撮影した。


「この子の身辺調査、あの家に関する聞き込みも宜しく!」



「は、はぁ…椿さんはどうするんです?」



「私は他にやる事が有るんだよ。さぁ乗った乗った!!」



「乗ったって…俺の車ですけど?」


鳳志が運転席へ戻り、車を走らせて来た道を再び約1時間半近く掛けて麻潟市方面へ戻る。

市内を走る車内で椿は鳳志へある提案を持ちかけた。


「ねぇ鳳志。私の事、警察署で降ろして。」



「警察署?…此処から近いと麻潟東ッスよ?何でまた急に。」



「……少し調べたい事があってね。この子には霊体化の札を持たせて外部に見えない様にしちゃって、服は私の上着を羽織らせるからご心配なく。」



「はいはい…。」


通りを右へ曲って麻潟東警察署へ向かい、そこの正面で椿と少女を下ろすと鳳志の車は走り去る。そして正面玄関へと歩き出した。


「アイツに会わなきゃ良いけど…。」



「アイツ?」



「……訳ありなんだよ、色々と。」


歩きながらポンと少女の左肩を軽く叩くと中へ入り、受付に居た若い男性の担当へ手帳を見せてから話を始めた。


「あー…コホンッ!国例の者です。未解決事件の資料を閲覧したいんだけど?」



「未解決事件の?解りました、取り次ぎますのでお待ち下さい。」


そして待たされる事約10分、やって来たのは

先程の担当より歳上でスーツ姿の黒い髪をした40代位の男性。彼は田中と名乗る。

彼に連れられて資料室を訪れると室内へ招かれてはスチールラックに山積みされた資料達の間を通った後にとある場所に案内された。


「この辺が未解決事件の資料です。用が済んだら外の職員に声を掛けて下さい。」



「どーも、ありがとうございます。」


椿が頭を下げてから田中がその場から去ると

早速資料を探し始めた。何冊か資料を持って来た椿は机の上へそれ等を置いてから真剣にパラパラと捲って色々と調べつつ右手の指の爪をカリカリと噛みながら凡ゆる記事へ目を通していく。読み終えたら戻し、また次の資料を持って来ては読んで戻しての繰り返しが続いていた。


「ねぇ…コクレイって何?」



「国例ってのは国家特例機関対策機関の略。主な仕事は警察側が自力解決不可能だと判断した事件の再捜査…それから原因不明の事件事故の再捜査、そして怪異や悪霊等の引き起こした霊災害の対応……それが仕事。」



「貴女もそこのヒト?」



「そっ。まぁ…前線に立つ事は殆どないけどねぇ。それから私の名前は川下椿…好きに呼んで構わないよ。」



「ツバキ…椿……良い名前。」



「そりゃどうも……っと、あったあった!もしかしてこれかもしれない。載ってる写真も何処と無くだけどアンタにそっくりだ。」



「……?」


少女が椿の横から顔を覗かせると何処か思い詰める様な表情を浮かべた。すると記事を見た途端に断片的だが彼女の中へ凡ゆる映像が映り込んで来たのだ。


[何かに追われて走っている少女。]



[切り替わった時、目の前に居たのは上下黒い服を着てフードを被っているせいか素顔が解らない。唯一解るのは両方の目を血走らせ、自分の方を至近距離で見つめているという事。]



[そして締め付けられているせいか息が苦しくなると同時に視界が真っ暗になった事。]


頭を抑えながらその場に座り込んだ少女を見た椿が資料から離れ、彼女に寄り添いながら具合を確かめていた。


「……やっぱりだ。アンタは女子高生暴行絞殺事件に関係している…そしてこの事件の

被害者、天音結良とアンタはよく似ている。」



「アマネ…ユラ…それが私の…ッ…。」



「嫌な事を思い出させちゃったかな…それにしても何故、そっくりな人形なんかを……。」


椿は結良と思われる少女の背を擦りながら

暫くの間、寄り添っていた。


(つづく)















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