第4話 『これから生きていく君のために』

「懐かしいな…バンダータウンか…」


 そこは聖王朝直領の最後の町。ここを抜ければ、ようやく聖王朝の領域から抜けられる。いわば聖王朝の玄関口である。


 ケルヴィンにはいろいろ馴染み深い町だ。いつも遠征時に通っていた小料理屋で昼食を取ろうとすると…。


 そこに忘れようのない顔があった。綺麗な金髪。翡翠の目に、白銀の鎧を身に纏い、腰には聖剣『アイザック』を帯びている。


「おう、ようやく会えたな。旧友」

「あ…アルザリッドか?何でこんなところに!?」

「変わらんな、ケルヴィンよ」


 アルザリッド・ブランバート。『世界三大剣帝:神王剣』の称号を持つ大剣豪。今ではブランバート流剣術の開祖として、世界一の人数の門下生を抱えている。


 彼はその昔、十二神兵第1位に籍を置いていた。ケルヴィンとはしのぎを削った親友とも、リエラを取り合った宿敵ともいえる。だが、この度の騒動は合点がいっていない。


「聞いたぞ。十二神兵を離反したとか…。ならばこの町に必ず顔を出すと思ってな。読みは当たったか」


 アルザリッドは腑に落ちない表情をしている。


「あれほどの忠誠心を持っていたお前の行動とは、どうしても思えなくてな。一体どうした?何があった?」

「まあ…人生いろいろあるってこった」


   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇   


「なるほど…悪魔の長の遺伝子か…」


 馴染みのパンケーキを食べながら、アルザリッドにこれまでのいきさつを話す。彼はようやく納得がいった。その上で彼が出した結論は残酷だった。だが、それは至極正しい。


「…お前には悪いが、俺は聖王朝の意思が正しいと思う」

「な!?」


 彼は昔、悪魔と対峙したことがあった。その強さは、常識の範疇を超えており、多くの門下生を失った。その悪魔ですら下級の存在と知ったのは、後になってからだったが。


「…悪魔の長ともなれば、俺でも足元にも及ばんだろう。今のうちに間引くのが正解だ」

「た…確かにそうかもしれんが…」


「俺は…」

 ケルヴィンが反論しようとしたとき、


『ゴオオォォッォンンッッッッッ!!』


 突如、店が半壊し、炎に包まれる。そこに複数の人影が現れる。この圧倒的な力、間違いない。アイツだ。


「よーう、元気だったか?ケルヴィンちゃーん?」

「…変わりないようで何よりだ、シャック」


 十二神兵第三位『氷炎』のシャック。単純な火力だけなら十二神兵一だ。奇抜なツーブロックの赤と青の髪。派手なオレンジのサングラス。ついに聖王朝も本腰を入れてきた。


「アルザリッド…頼みを聞いてくれるか?」

「…お前…まさか…」


 ケルヴィンの決意は語らなくても伝わる。苦悶の表情を浮かべ、アルザリッドはそれ以上言葉を発せず、グリムとリエラを連れて、逃走した。不快なのはシャックだった。


「おいおい、テメェ、オレっちをたった一人で足止めする気か?…かー…甘く見られたもんだぜ」

「足止め?お前も耄碌したな。足止めじゃない」

「あー…?」


 ガングニールを構えるケルヴィン。

「てめえら全員、叩き潰すんだよ!!」


 ケルヴィンの決意に、あからさまに不機嫌になるシャック。

「おおおおおっ!!」


 ついにケルヴィンの最期の闘いが始まった。


   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇   


「お母さん…お父さん大丈夫だよね?死なないよね?」

「ええ!!貴方のお父さんは誰よりも強いんだから!!」


 震える声のグリムを励ましながら、逃走するリエラ。追っ手の聖王朝の兵士を薙ぎ払うのはアルザリッドだった。


(…馬鹿な死に目を選びやがって…)

 心の中で毒づくアルザリッド。

(応えてやらなきゃ男じゃないじゃないか…!!)


 しかし、追っ手は訓練された兵士たち。いかにアルザリッドが強くても、一人では手が回らず、次第に押されてくる。


 そして、その凶刃がついにグリムを捉えた。


「危ない!!グリム!!」

「え…?」


 その刃は無残にも、グリムをかばったリエラの胸を…貫いた。


 血まみれの右手がグリムの頬にあたる。それはひどく冷たい。

「あ………ああああ………」


(…いやだ……いやだ…!!何してんだよ!!目覚めろよ、僕の中の悪魔!!いるんだろ!?早く…早くしろよ!!助けてよォッ!!)


 しかし、悪魔の力が開眼することは終ぞ、なかった。


 リエラは涙交じりの笑顔で、


「顔を見せて…グリム…」

「おかあ…さん…?」


「ご…めんね…グリム…。もっと愛して…あげた…かった…」

「いやだ………いやだ………いやだぁぁーーーッ!!」


「アル……君………あとは………頼んだわよ………?」

「…わかった…あいつの頼みなら御免だが、君なら別だ」

「ふふっ………あなたらしいわ………ありが………とう」


 アルザリッドに全てを託し、笑顔を残し事切れるリエラ。

「ああああああああああああっ!!」

 涙が止まらないグリム。そこに涙を象るように雨が注ぐ。


   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇   


 …シャックは理解できない。何度、業火で燃やそうとも、何度、氷結で半身を奪おうとも、この男は闘うことを辞めない。


「な…何なんだお前は…?何でここまでやられて死なねぇ!?」

「…それが親…の力だろ…うが…」

「ああ!?」


 シャックは右手に出した赤黒い炎で、ケルヴィンの全身を包む。だが…倒れない。あらぬ方向に槍を振る。この男はもう目も見えていない。だが、命の炎は更に燃え盛る。


「おま…えも…こど…もをもて…ばわか…るさ…」


(ありがとう、グリム…お前は自慢の我が子だ…)


「こど…もの…みらいを…つなぐのが…お…やのしご…とだ…」

 その怨念にも似た親心に恐怖を抱く、シャック。

「それを…なさね…ば…」


「しんでも、しにきれんだろうがぁあぁっぁ!!」

「お前らに未来なぞあるわけねぇだろうが、親バカがぁーッ!!」


 その炎に焼かれ、ケルヴィンは塵と化した。


 最後のケルヴィンの一撃はもう少しで、シャックの胸元を捕らえていた。あと少し遅ければ、相打ちになっていた。


「大丈夫ですか!?シャック様!?」

「ああ!?俺を気遣ってる暇があれば、あのガキを追いやがれ!!」

「も…申し訳ありません!!」


 圧倒的優位ながら、シャックは勝った気がしなかった。


「野郎…何だってんだ…胸くそ悪ぃ仕事だったぜ…」


   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇   


 アルザリッドは必死にグリムの手を引き、敵兵を薙ぎ倒しながら、逃走する。グリムの脚は重いが、必死に喝を入れて、引っ張っていく。


 何とか追撃を振り切り、夜に紛れて聖王朝の領域から出ることが出来た。だがグリムの心中は察するに余りある。


「お願いします…僕を…殺してください…お父さんと、お母さんの元へ行きたい…」


 その言葉にアルザリッドは怒りすら覚えた。気付けばグリムを

平手ではたいていた。


「馬鹿か!?あの二人が、どういう気持ちで君を生かしたか分からんでもないだろう!?いいか、生きるんだぞ!!必ず生きるんだぞ!!こんなところで死ぬんじゃないぞ!!…それが二人の意思だ!!」


 彼は戦で生きたくても死んでいった者たちを大勢、見てきた。死に急ぐ行為は、彼らへの侮辱だ。


「…まず、何を成すべきか。やっとわかった」

「…え?」

「君は強くならなければならない。体も心もだ」


 アルザリッドは腰の聖剣を抜く。

「…君に俺の剣を教える。…強くなれ、少年!!」

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