第34話
床を叩く鉄の音が城内を反響しつつ、仏頂面の男は短く刈り上げられた黒髪を撫で回す。
男の名はデイドラ・シルドリアン。【サンドライト王国】に全てを捧げた忠誠心の塊のような男である。平民として生まれながら、巧みな剣の腕を買われ、十五になるころにはサンドライト王国騎士団に入隊した。
それから十五年――王国の為に忠誠を誓うよう王の為、弛まぬ努力と、誠実な性格が評価され、王直属第一騎士団隊長となった現在の身分でも、初心の頃と変わらぬ想いのまま、国のために日々生き続けている。
「《魔竜の薬膳草》か……一体どんなアイテムなのだ」
「さっきもでしたが、名前が違いますわよ、デイドラ。『心許すまじ何奴』とは一体何のことを言っているのやら……理解に苦しみますわ――そうですわね、貴方は王がご興味を持っていることや気になさっていることに関して、少し事前の下調べでもしてみたらどうですか? 貴方は何かと心遣いが足らないですわ」
「ええい、うるさいぞヴァレンティーナよ! 年上は敬うものだ、もう少し口の利き方というものを何とかすることはできんのか、貴様は」
「ああ、そうでしたわね……貴方は私より九つも年上なのでしょうが、あまりに知性の欠片も感じない乱暴な口調には、ほとほと愛想が尽きていますのよ。まるで幼稚なガキ大将と会話しているようですわ、うふふ」
白い肌に艶やかな色の唇で微笑むのはデイドラと対をなす天才と名高い美しき女である。
その美しく華やかな剣術の数々は、斬りつけた相手の血しぶきが薔薇の花が舞うように見えることから『薔薇騎士(ローズナイト)』の異名で呼ばれる。
そして剣を交えた敵でも、相手は決して殺さずに、その美しき微笑で相手を虜にし、どんな荒くれ者でも更正させてしまうという。
元より名家の騎士の家系に生まれた彼女は、何も考えること無く騎士になり、その才能を開花させた。やがて歴代最年少の女騎士でありながら、若干十八歳で王直属第二騎士団隊長の位を手にする。何をしても完璧な自分に既に何の疑問も抱かなくなり、王国の騎士として国と王に仕えながら今も生き続けている。
「くっ……歳はもういいが、位としても貴様は第二騎士団の隊長だろう、自分は第一隊の隊長だ、それも五年も続けている! これでどうだ」
「あら、だいぶ遅咲きなのですね、私は十八からですわ。それに位ではないでしょう。求められるのは結果です。努力をしたところで結果が伴わなければ何の意味もありません。そういえば最近貴方の隊って何か成果あげましたっけ? あまり聞かないですけど……」
「ぐぬ……そ、それは」
「うふふ、吠えているだけでは獲物は狙えませんわ、それだから貴方はいつもドジを踏むのです。そのうち第一隊長の座も私に明け渡すことになるのでしょうね、楽しみですわ」
くすくすと笑いながら、ヴァレンティーナは煌びやかな細い髪をさらりと靡かせた。
「……着きましたわね」
独房に到着した騎士たちは、檻に閉じ込めらた薄汚れた外套を纏った男に詰め寄る。
「貴様は……『心無き足先』の残党で間違いないな?」
「は? なんだって」
「デイドラ、違いますわ『心許ない爪元』ですわっ」
ヴァレンティーナが呆れたように溜息をつき、顔を掌で覆った。彼女はデイドラのこのような場面を数々見てきたのである。
「おほんっ、失敬――『心許ない爪元』で間違いないな?」
「言い直したぞ、なんだこいつ」
「今回ばかりは罪人と同じ事を思ってしまいましたわ……ああ、神様お許しください」
再びヴァレンティーナはデイドラの横で顔を覆うと、嘆くように膝をついた。
「何を遊んでいる。ヴァレンティーナよ、まあいい。して、貴様らが隠し持っているという《土竜の野糞薬》は一体どこにあるのだ、言えッ! 言うんだッ!」
「おたく真剣な顔らしいけど実際もう何言ってんだかわかったもんじゃねえぞ……」
汚れた外套を纏った男は引き気味に答える。
「も、もういいですわ……デイドラは下がっていてください。私が彼と話します。貴方がた、『心許ない爪元』はここ
ヴァレンティーナは鋭い双眸で男を睨み付けた。言葉は丁寧だが、それは同種の人間に向けるような視線では無かった。まるで別種の種族を見下しているかのような眼光だった。
「そう聞かれて素直に答える奴が居ると思うのかよ、ねーちゃんも馬鹿な女だよな。げへへ……もっと何かあるだろうがよ、女ならではの頼み方が、えぇ?」
薄汚い男は顔をにたにたさせて、その情欲を露わにする。ヴァレンティーナはそれを汚いものでも見るかのように軽蔑した視線を走らせ答えた。
「そうですか……ではデイドラ、少しあちらに顔を向けていてください」
「む? 何故だ、尋問ならば自分も一緒に――」
「い・い・か・ら」
その虫も殺さぬような柔和な笑みに、途轍もない殺気を感じたデイドラは、身震いした。 ヴァレンティーナはたまにとんでもなく異質な笑みを向けてくることがある。こうしたときは大抵デイドラは背を向けることになるのである。その為、彼女が何をしているのか、デイドラは未だにわかっていない。
「じゃあ……せっかくなので、お話して頂きましょうか……これなら、どうですか?」
「――ッ!!」
「これなら? とってもイイ気持ちでしょう?」
「~ッ!!」
「もう少しですか……? なら、仕方ないですね……これで許してくださいっ」
「……ッ――あっ、あぁぁぁぁ――!!」
「……ふぅっ、御馳走様ですわ」
(いつも思うがヴァレンティーナは一体何をやっている……一体どんな拷問なのだ――)
デイドラは甘美に酔いしれる男の声と、艶めかしいヴァレンティーナの声だけを聞いて、いつも通り空想に走るのだった。そんなことを考えている間に何食わぬ顔でヴァレンティーナがデイドラの元へやってくる。
「お待たせしましたわ、全て吐き出してくれました」
「どうだったのだ、一体何を吐き出した」
「……それが、とっても濃いものでしたわ――」
「ほ、ほう」
「……パール姫が《飛竜の火炎薬》を所持した『心許ない爪元』と接触している可能性があります。それくらいなら未だ良いのですが、拉致されている可能性がありますわ」
「姫様が拉致だとッ!! な、なんてことだ……自分という騎士がお傍で使えていながらなんたる体たらく……ああ、王に合わせる顔など無いッ……くぅッ切腹してもしきれない」
デイドラは両手を地面について大きく肩を落とした。
「悲しんでいるばかりじゃどうにもなりませんわ、何をしているのですか」
ヴァレンティーナは冷酷ともとれる表情と言葉でデイドラを突き飛ばす。
「ヴァレンティーナ! 貴様は姫様が心配ではないのか!?」
「……はぁ、もううんざりです。貴方にも、パール姫様にも。何故こうも私の周りには問題ばかりが起きるのですか、もう……ああっ、もうッ! デイドラ!? 貴方は早くジェード王に報告へ行ってきてください、私は城門前で隊を連れて待機していますから!」
「ぉ、おお……わ、わかった、また後で落ち合おう」
少し怒ったような口調でヴァレンティーナは早足で去って行った。
その背中を見ながら、一体近頃の若い女騎士は何を考えているのかわからん。と、デイドラは思うのだった。
「姫様……」
デイドラは青色の空を眺め、何処か遠くにいるであろう姫君を思う。
――姫様、何処へ行かれたのですか。
自分の騎士道は過保護で、硬すぎたかも知れない。それ故に自分がお仕えするサンドライトの美しき姫君は、あんなにも憂鬱な表情を見せるようになってしまったのかも知れない。そういえば近頃元気も無かった。いつしかの冒険譚を聞かせに来た男の話を聞いているときのほうが、余程楽しそうな表情をしていたのである。
(過保護かもしれないが、自分の姫様をお守りしたいというこの考えは変わらない……しかし、本当にそれでいいのか……? それは姫様の何かしらの可能性の芽を根こそぎ引き抜いてしまっているのと同じでは無いか……?)
――いや、しかし自分は紛れもなく騎士だ。王を守るため、サンドライトの国を守るため、そして一国の姫を守るため――。
自分は今日も己の剣を貫き通すまで――。
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