一度死んだから後の人生はオマケです~こちら怪異戦略本部~

くまのこ

第1話 覚醒

 闇の中から浮かび上がる感覚と共に、風早かぜはやりくは目を開けた。

 霞がかかっていた意識が、急速に鮮明になっていく。

 見覚えのない、磨き込まれた金属製の壁で囲まれた部屋の中、目の前には、自動小銃と思しきものを構えた数人の男たちが立っている。

 彼らが着用している、黒を基調とした戦闘服には見覚えがあった。手にしている自動小銃も、よく見れば「呪化学」の技術が用いられていると分かる、独特な形状をしている。

 ――あれは「怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ」の戦闘員……一般人を「怪異」から守る為に戦ってくれている人たちだ。しかし、なぜ彼らが俺に銃を向けているんだ?

 古来より時と場所を選ばず出現し、人間社会に害をなす「怪異」――見るからに怪物のようなものから、実体を持たぬ精神だけの生命体まで様々なものが、この世界には存在する。

 「怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ」は、呪術と化学を融合した「呪化学」なる技術を用いて、「怪異」に対する防衛・討伐を担当する国家機関だ。

 ふと周囲を見回した陸は、仰天した。

 彼の足元には、負傷し血にまみれた戦闘員が幾人も倒れている。

 そして、壁に映った自分の姿に、陸は更に驚いた。

 髪と同じく真っ黒だった筈の瞳が、不気味に赤く輝いている。

 彼は更に違和感を覚えた。強度の近視で、眼鏡がなければ少し離れたところにいる相手の顔も判別できない筈なのに、今は裸眼で何の支障もなく周囲が見えているのだ。

 ――何が起きているんだ……?! いや、これは夢だ。そうに決まっている……! 夢だから眼鏡が無くてもハッキリと見えるんだ……

「現時点より、討伐対象の『怪異』を『ヤクモ』と呼称します。討伐するにあたり、B級武装の使用を許可します!」

 部屋のどこからか、スピーカーを通したような若い女の声が冷たく響いた。

 陸が考える前に、戦闘員たちの構えていた自動小銃が火を噴いた。

 死の舞踏のリズムを刻むかの如き銃声と同時に、陸は全身に凄まじい衝撃と灼熱感を浴びせられた。

 痛みなどという生易しいものではない灼熱感は、今、自分の身に起きていることが夢ではないのだという宣告と言えた。

 無数の銃弾が身体に食い込み、その内部を容赦なく破壊する――と、見る間に銃弾は体内から排出され、ずたずたに弾けた筈の肉体が再生していく。

 不意に、陸は咆哮した。激しい怒りに満ちた声に、戦闘員たちが怯んだ。

 一方で、自分の意思とは関係なく身体が動いているのに、陸は気付いた。

 まるで、別の誰かが自分の肉体を勝手に操縦しているかのような感覚だ。

「駄目だ、殺しきる前に再生される! 戦車でもなければ無理だ!」

「ここじゃあ、そんなもの使えないぞ!」

「だからといって、外に出せば更に不味まずいことになる……」

「『術師』は、まだか?!」

「別の怪異の討伐で出払ってるそうだ……!」

 戦闘員たちが、口々に叫びながら、じりじりと後退する。

 ――倒れている人たちを傷つけたのは、もしかして俺なのか……だから、殺されそうになっている……?! でも、どうして、こんなことに……?!

 陸は、意識を失う前のことを思い出した。


 ごく普通の会社員として暮らしていた陸は、まとまった休暇が取れたのを機に、ちょっとした旅行へ出かけることにした。

 目的地へ向かうバスの中、陸の隣には小学生らしき少年が座っていた。

 周囲に保護者の姿が見えない為、気になった陸は少年に声をかけてみた。

「君、一人かい?」

「うん。今日はね、僕一人で、お爺ちゃんとお婆ちゃんの家へ行くの」

「えらいなぁ。それは、大冒険だね」

 陸の言葉を聞いた少年は、彼を気に入ったのか、優しい祖父母と会うのが楽しみだとか、学校で流行っている遊びについてなど、様々な話をした。

 無邪気な様子に心をほぐされた陸は、優しく相槌を打ちながら少年の話を聞いていた。

 そんな中、車体を揺るがす轟音と共に、穏やかな時間は突然断ち切られた。

 バスは見通しの良い平坦な道を走っており、予期せぬ挙動に陸は驚きつつも、咄嗟に隣の少年を庇う体勢をとった。

 激しい水の流れに巻き込まれたかの如く、得体の知れない力に翻弄された後、バスが横倒しになったと思ったところで、陸の意識は途切れた。

 どれほどの時間が経ったのか、陸は少年の泣き声に意識を呼び覚まされた。

 途端に、彼の全身を激痛が襲った。

 血液が足りないのか、薄闇がかかった視界に、陸はもどかしさを感じた。

 辺りには、鉄に似た生臭い匂いが充満しており、あちこちから他の乗客たちの呻く声が聞こえてくる。

 それだけで、この場所が凄惨な事故現場と化しているのが、陸にも理解できた。

 ふと陸は、腕の中に子供の細く柔らかな身体の感触と温もりを感じた。 

「……大丈夫? どこか、痛いの?」

 陸は、かすれた声で少年に呼びかけた。呼吸が上手くできず、どんなに空気を吸い込んでも息苦しさが消えない。そもそも、現在、自分の身体がどうなっているのかすら分からなかった。

「腕と足が少し痛い……でも、我慢できるよ……」

 泣きじゃくりながら答える少年の声から、彼に重篤な負傷がないことを読み取った陸は安堵した。

 よかった、と言おうとしたが、陸は、もはや声を出すことも、かなわなかった。

 ――俺は……死ぬのか……? ああ、でも、困る人も悲しむ人もいないから、その点では問題ないけど……二十五年というのは、ちょっと短い命だったな……

 やがて、陸の意識は闇に沈んでいった。

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