みさきとマシンガンと女の子(名前はけい)

 兎瓦けい、騒動に巻き込まれている、一人の女子高生の母親、みさき____ここのところ、全く、寝れていない。奇行が目立つ、自分の娘のことが、胸の奥で、心配で心配で、気が、最早、とち狂ってしまいそうなのである。態度には、出さない。出せない。正直、もう、金輪際、外出すらして欲しくもないのだが、そんなことは、けいのためには、ならない。テーブルで、唯一の相談相手、<熱いお茶>と沈黙の、しかし仮初めの癒しを得るのみ、である。つぶやく。

「あの子はもう、友達みんなに心配かけて」

 は、と顔を上げた。

 この前、変なチラシを持って、この兎瓦家に、うかがってきた女の子のことである。本当に、見たことがない、と断言できる、みさきにとっては、人物だった。これでも、けいの周りのことは、ある程度、知っているつもりである。娘とのコミュニケーションも、そう、下手な、上手くいってない方では、ない、と思うから、やはり、彼女の中で、あの訪問への、疑いの色は、日に日に濃くなる。精神力は並みではない、彼女は、しかし、身体を壊す、なんてことは、今のところはなさそうだ。しかし、心配だった。一瞬しか、見えなかったが、<地球様>としか、書いてなかったように、思う。

 彼女が、地球様?

 いや、娘の愛称?

 変な、宗教の勧誘先の教祖?

 実際は、

 実際は、文字通り、この太陽系第三の惑星「地球」の意識が、直接、兎瓦家に訪問してきたのである。

 兎瓦みさきは、娘のメガネを見て、また、亀裂が入っているんじゃないか、と怖くなった。

 買ったばかりの、それは、ピカピカで、傷一つ付いていなかった。

 -


 第15話

 みさき

 と

 マシンガン

 と

 女の子

 -

 神岡眞弥は、他の惑星巫天と、会っていた。

「眞弥ちゃんっ!久しぶり」

「久しぶり、レノン。最近のあなたの、気体調節、すごくいいと思う。調子に、乗られるとイヤだけど、あなたやっぱ才能半端ない」

 ひざまずく、レノン。

「これは、これは光栄です。地球様」

 しかし、どこか、半笑いだ。

 今度は、地球様は、かやに目を向けた。

「かや、久しぶり」

「うん、眞弥っ。どう?慣れてきた?確か、今回が初めてだよね?<チキュウガエシ>」

「、、、。肌に合わない、あたしには」

 かやは、困ってしまった。

「!そうだよね?はーあ、これも、どれも、全部あのわがままシャチのせいかと思うと、ほんとに、、、ふーむ」

 かやは、首を大袈裟にかしげた。

「あいつ、帰ったってほんとかね。まあ、姉さんが言うんだから、間違いないか」

 例のスタジオである。まず、普通は、ミーティングに使うような、部屋ではない。何回も言わせてもらう。ミュージシャンが、「うるっせえ、もう聞いたよ」レノン。

「眞弥ちゃんさ。ずっと、おれ迷ってたんだけど、対バンやろうと思ってんだ」

 沈黙があった。眞弥は、レノンと目を合わせて、石化した。ガチャピンの羽根がぴく、と動いた。いや、それに意味はない。そのぐらい時間が、経過した、という意味だ。

「ああ!、、、! MOVEのこと??前から、言おうと思ってたんだけど、さ、レノンっ。いや、それが君の持ち味なのかなあ」

 かやが、甘やかすなとばかりに突っ込む。

「でしょ!?それだけ、言われても意味わかんないでしょ?どこまで、こら、被れてんだこっちの時代に」

「は。いいことだろ、適応力あんのは」

 眞弥に、悪い笑顔を決める、レノン。

「適応力で、シャチに敵やしねえが、地球様?」

「?」

「眞弥、無視していいから。こいつこの調子で、イシアガンにバンドメンバーの勧誘して、全部にフラれてるからっ演奏聴かれる前からっ!マジバカ」

 レノンが、かやのピアノ線をちょん、と弾いた。

「うっせえよ、だって何億曲とか、言いだすんだもん、人間。あいつら、ある意味、発想では、神超えたよな」

 ははは、と笑うレノン。笑っているのは、自分だけだと気付くと、さっきから一言も発しないゲイボーイに助けを求める。

「もう、おれには、お前しかいねえぜ。正直、お前のベースライン、色気なくて、あんま好きじゃねえけど。あ、言っちった」

 ツチノトは、微動だにしない。やはり、男の中のお_「嘘だよ。ばか、反論しろよ、カエル男!」

 -

 別のカエル男、と同時に花男は、部屋にこもりっきりのけいを、夜通しで罵倒し続けていた。ゲームボーイアドバンスドと、唯一無二の親友と化してしまったけいに対して、である。

「つまんねえ人間だな、兎瓦けい。見損なった。ここからだろうが、はい、事情を知りました。壁に会いました」

 ぱん、とカエルがけいの耳を弾く。

「壁を突破しました。じゃあ、これから、目的に向かって歩きだしましょうだろうがよ」

 冷徹な声を放つ、けい。

「さっき きいた それ」

 ロボットでも、もう少し、感情を込められるのでは、ないだろうか。

 けいは、腐っていた。さとしのせい、かもしれない。それ以外も、あったのかもしれない。実際、柚宇は、優しく説得する柄ではない。元気を出して欲しい、一心なのに、どうしても、厳しくしつけるような、言い回しになってしまう。仮に、付き合うとしても上手くいかない2人だろう、と推測する。

「は!もう知らねえよ、おい告げ口するぞ、マウ、、、いやマシンガンにっ!兎瓦けいは、お前の買い被りだったと!<誰かを助けたい>っつう、この世で、」

 けいの耳がぴく、と動いた。

「最も、おい、兎瓦けい!聞けよ」

 ゆっくりとカエルに振り向く、けい。ぼそ、と言った。

「もう、いいよ」

 柚宇は、この言葉が_

 青年になる、求喰柚宇

 この言葉が_

 窓に手をかける、求喰柚宇

 この言葉が_

 ば、と飛び降りる、求喰柚宇

 けいは、振り向きすらしない。

 この言葉が、今までのけいの言葉で、一番腹が立った。

 何も言わず、花男は、けいの部屋を出て行った。

 -

 奈良さとしは、さっきから授業を全く聞いていない。

「えー、ね?だからね?化学ってものは、みんなが思う程、扱いづらいものじゃ、なくてね?」

 ヒトの良さそうな、先生の顔を、まったく、恨みはないのに、親の敵を見るような目で、見ていた。

 兎瓦けいの、泣き顔が、頭から離れてくれない。が、絶対にあいつの方が悪い、という意見は変えるつもりは、毛頭なかった。一体、誰のために、ここ最近ずっと、悩んでやってる、と思ってんだ、と思った。視線を横にやると、ちなつも同じような顔をしているように、思う。何の前触れもなく、立ち上がるさとし。

「先生。おれ、ちょっと、うんこ」

 わざと、クラスの笑いを取った。ヒトが良いその先生は、行かせてくれた。

 奈良さとしは、大好きな屋上で、牛乳を飲んでいた。奈良は、バスケ部である。背は、しかしそこまで高くはない。もう彼の中で、ここんところの、<楽しい順位>において、バスケが一位に躍り出ていた。少し前までは、ぶっちぎりで、兎瓦けいと共に過ごす時間が一位だったのに。ふ、と自嘲気味に笑うと、校庭を見た。よし、けいに謝ろう、というアイデアが浮かんだ。さっきまでは、120%けいが、悪いと思っていた。しかし、自分も、言い過ぎた。意を決した、さとしの眼下で、恐ろしいことが起きていた。


 二頭目のイルカ


 なんと、校庭に動物がいたのだ。全身から、血の気が引いた。テレビでしか、見たことのない動物である。けいのことなど、忘れてしまった。

 しかし、次の日、駆けつけた捕獲チームに、例の公園で、休んでいるところを捕獲された、というニュースが流れた。第一発見者はさとしだったが、あの直後に、その動物は消えてしまっていたのである。 


 HATSUKA


 けいは、テレビなどもう何日も見ていないし、みさきとも会話をしていないので、全くニュースのことなど、ツユ知らずのゲームボーイ三昧である。たまに、声なら上げる。

「、、、E T I A G x N(イシアガン)」

 古代、求喰川の言葉で、音、という意味であった。

 -

「ねえ聞いた?見晴らし公園で、昨日、、、!」

「聞いたあ!え、いやあれガセって聞いたけど!?」

 さとしが割って入った。教室内、皆話題は一つであった。さとしは喋った。みんなが聞いてるのを感じたので、ある程度でかい声で言った。

「ライオンだろ?ああ、二日前、ふっつーに、校門んとこいたべよ」

 ざわざわし出す教室内。

「洒落なんなくねえ!?誰も食われなかったん?ちょっと、そう考えると、キリンはまだかわいい方だったよな?」

 ざわざわは、止まない。

 さとしは、久しぶりに登校してきた、兎瓦けいの姿を確認した。

「「ごめん!」」

「「はは」」

 二人同時に、謝り、2人同時に笑いまでハモった。ぱ、と明るくなるけいの顔。それを待っていたさとし。2人は、屋上で今までで一番熱い口づけをした。

 さとしの<楽しい順位>は、また上位で変動があった。なんと、1位から5位まで、すべて、けいと過ごす時間になってしまった。たまらない気持と欲求で、けいを押し倒すさとし。

 太陽は、猫のように戯れ合う二頭の人間を、優しく、その時間に寄り添うように、「2人には」感じた。

 けいは、言った。

「ごめん、さっちゃんもう忘れる!シャチとか全部!」

 さとしは、満足そうであった。

 -

 次の日、驚くべきニュースが、この宇都宮のさほど有名でもない街で、駆け巡った。

 校庭ではなく、今度は校舎内で、動物が捕獲されたのである。第一発見者は、宿直の教師。消火器の前で、休んでいるところに、チームを呼び、捕獲してもらったのである。動物、種類は、ベンガルトラと呼ばれている。どこから来たのか、皆目見当がつかない。タチの悪い調教師が、どこかから連れてきていたのだろうか?ライオンやトラを?猛獣である。まず、車には収まってくれはしない。むしろ、怖すぎて、もう誰も敢えて話題にはしないように、した。

 ただ一人、けいは、あっけらかんとしている。奈良はそんな自分の肝っ玉彼女に、目を見張る。

「はっは。あたし、もう死線かいくぐってっかんな!なんか猛獣とか、聞いてもあんま怖くねえな、これ!」

「まあ、でも挑まないでくれよ?けい」

「それは、ない!」

<そいつら、ライオンとトラが、恩返し求めてんなら別だがな>台詞は、押しとどめられるように、けいの思考から消された。

「さっちゃんっ、わたし今日、食べたいクレープあんの」

 当然の如く、学校はしばらく休みである。とりあえず、どういったルートで、猛獣が、学校に放置させられているのか、それが解り、付きとめられない限りは生徒に、登校を許すわけには、いかない。たった一頭のライオンと言えど、何百人の生徒が犠牲になるか、わからない。

 でも、だから、奈良とけいは毎日けいの部屋でいちゃつけた。生活が虹色に染まった。けいは、今までの人生で一番幸せかもしれない、と思った。

 ただ、よぎる言葉も、ある。

<誰かを助けたい>

 柚宇の吐き台詞である。だが、否定する。正体の掴めない、自分自身の使命感丸ごとを、である。

「そんなんマザーテレサ様じゃあるめえしよ」

 さとしは、もうけいの独り言は気にならなくなっていた。

 そして、三度目の猛獣発生事件。今回は、初めて、犠牲者が出ることになる。けいにとって、今現在最も近しい存在である。

<えー、臨時ニュースです。ただいま、午後8時9分_えー宇都宮東通り(あずまどおり)町で、現地高校生が、大型の肉食性質を持つ、アフリカ生息のブチハイエナにふとももを2か所、かまれ、重体_生徒の名前は、_求喰川高等学校2年_奈良さとし_君あ、今、新しい情報が入りました!えー現地の湊谷純平記者?>

「うそだべ」

 兎瓦けいは、

 絶対に

 絶対に

 誰が何と言おうと

 絶対にこの世の中で、一番不幸な人間は、自分だと思った。

 食器を驚きで割ってしまった、みさきの前のソファで、手編みのマフラーを完成させる寸前の、けいであった。

 まだ、夏なのに。

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