ニシンの大群とマシンガンと女の子(名前はけい)

「ちなつはー」

 カプチーノ、でよろしかったですかー?店員の声が、響いている。うん、とうなずくちなつ。眞弥は真剣な瞳で、言葉を発した。ちなつは、は、とした。雰囲気が、誰かに似てる、と思った。最近、連絡が来ない彼女の友人、その子と似た、静かなバイタリティーみたいなもの、を感じたのだった。眞弥はしゃべった。

「これから地球が失くなるかもしれないけど、それを謝ろうと思って」

 クッキーだった。ちなつは、ショックを和らげるためにクッキーを即座に、ほおばった。なぜか、兎瓦けいに雰囲気が似てると思った瞬間から、この子の話を真面目に聞こうと決めてあったのだ。

「そうなんだ。どうして失くなってしまうの?」

 眞弥は、ちなつの後ろを見た。言葉を選んでいる様だった。15秒間はそのままだったので、ちなつは、目を開けたまま寝始めたのだろうか、と茶化した。頭の中で。

 -

「ちょっと待てって奈良ァ!違うんだって」

「ああ。ああ」

 パアアン、とオートバイが2人の前を、過ぎて行った。坂口浄介と奈良さとしの前である。奈良は、振り返ると、しかし坂口には目を合わせず、こう言った。

「まあ。変なやつだけど、がんばれよ?」

 言い終わる前に、ぱ、と、そっぽを向いた。坂口は激怒した。

「違うって言ってんじゃん!話聞けよ!なあ!」

「ああ」

 奈良の歩みは、余りに速く、坂口はいろいろ疲れていた為、がんばって追いつく気にもなれなかった。

「っていうか、あんな変な女、おれだって全然やだし!」

 坂口の声は、奈良の足は止めなかった。

 坂口は、ファミレスに戻った。けいを、殴りたい気持ちになったが、いや、自分のせいでもあるし、と血管を膨らませた。

「くそ!」

「おかえりー」

 いつまで、一体どれだけ食うのだ、この女は。パンドラの箱、とか言う巨大パフェを一人で、その三分の一を終わらせていた。ちなみにその前は、スパゲティカルボナーラ一人前を二つ。

「けいちゃんもさー(ぼりぼり)お母さん心配するって!こんな時間までさーおれももういい加減帰らないと、、、!」

 挙動不審な感じの坂口浄介は、本当に、、、本当に気が滅入っていた。桂に、怒鳴り散らさない自分が、大人だ、と思った。

 桂は言った。

「えーもうちょっと一緒に居ようよー、神様~」

 何言ってんだ、こいつは。と思った。もういい、次トイレ行く時にでも、勝手に帰ってやる。もう知らねえ。だが、坂口は、話し続ける桂から、なかなか解放されることは、なかった。

 -

「スティーブさん!ねえちょっと寝ないでよ」

「そうだよ、寝てんなよ、ラッパー」

「?」

 がばぁっと跳ね起きたスティーブは、でこを目の前に居た動物のヒレにぶつけた。詳しくは、胸ビレである。

「、、、」

 痛みに、こらえるスティーブ。は、とした、

「あれ? 寝てたっけおれ」

 ぐらぐらっと視界は一回揺れ、徐々になかなかのクオリティーで彼に、世界の映像を提供した。相変わらずの崖。相変わらずの仁美。相変わらずのキッチン。相変わらずの布団。相変わらずのミニバスルーム。相変わらずのシャチ。、、、シャチ?

「ねくたです」

「おおおわお!!!お前な! いつもおれを驚かし過ぎ!」

「ごめんごめん。わたしが来るなりいきなり寝るから、何事かと思ったじゃん」

 しゃべるシャチに何事かと思ったと言われても、お前の存在が一番の珍事だよ、と高速でスティーブは意識に、浮かべた。仁美は、心配そうに見た。 「ラップで疲れたんじゃない?」

「あはは、あの、だから仕事でやってんだって! あんなくらいで疲れるわけが」

 ぐら、と視界が再び揺れた。なんだこれは。本当に単純に、体が、疲労している。

「、、、?」

 まさか、本当にさっきのワンヴァ-ス(一番)だけで?スティーブは、体がなまったのか、と怖くなった。ねくたは言った。

「音楽やってたの?」

 スティーブは、目を変えた。炎。目の中には、炎が渦巻いていた。

「そうだ、ねくた。おれの誇りだ」

 にんまり、と笑うねくた。ねくたは、一言呟いた。

「疲れるから、あんまりやらない方がいいよ。ここでは」

 -

「なんなんだ、なんなんだこの状況は、、、!」

「うぅん、、、」

 状況を説明すると、ここはファミレスから、わずか300mしか離れていない道路。歩道。時刻は午後8時半である。車は途絶えないが、待っているバスは、なかなか来てくれない。

「くそう。こんな変なとこにいるから、一回バスで、、、! 東京駅まで行かないと、栃木まで帰れねえじゃねえか!この馬鹿女」

「うぅん、、、。かみさま~」

 おぶっていた。坂口に香る酒の匂い。桂は、自販機で買ったビール一缶を、飲んだのみ、である。あれだけ食う癖に、驚くほどアルコールに弱い体質だった。坂口は背中の、どうしようもない女に罵声を浴びせた。

「体で払ってもらうからな」

 冗談でそれを言った直後、耳に、冷たいが瞬時に暖かくなる感触を、感じた。濡れた感触を感じた。桂は、坂口にキスをした。坂口は、やばい、と声を出さずに言った。

「いろいろ、やばい」

 バスはまだ来ない。

 -

 喋り終えた眞弥は、壁を見た。ちなつが、どのような顔をしているか、を知りたくなかった。軽率に取られ、笑われるのも、そのままに取られ、パニックを起こされるのを見るのもやだった。ちなつの表情は、そのどっちにも当てはまらなかった。ちなつは、眞弥の手を、優しく、しかし固く握りしめた。

「じゃあ、今すぐけいを連れ戻そう!」

 眞弥は、人間を認めた。

 -

「、、、」

 東京駅から近い、ネットカフェにて。時刻、ただいま12時半。自分がこの世の中で、一番下等、所謂ゲスに近い存在である、と。そんな存在である、と坂口は大袈裟に、悲観の中に居た。目の前には、自分というオスに、身を預ける、一人の女である。そう広くもない個室で、抗う術はなかったのか、と思ったが、もう偽善はいい、と自分に悪態をついた。

「、、、、」

 桂は、すやすやと酒臭い寝息を立てていた。

 -

 けいは、なんなんだろうこれは、と思った。何があったんだろう、と思った。なんでこんなことになっているんだろう、と思った。なんでこんなに家に帰りたいんだろうと思った。もう、恩返しどうだらはどうでもいい、と思った。

「帰りたい」

 自分をかばったマシンガンが、目の前で血まみれになり、呼吸を荒くしていた。けいは、失禁していた。閃光が辺りを包み、マシンガンは逃げ遅れたけいを、砂浜に乗り上げ、その身を犠牲に、かばったのである。突如として、大水しぶきから現れたオスのシャチは、ゆしにキスをした後、こっちに向かってきた。え、とけいが、状況判断に遅れていると、目の前から、小山、自治医大、鹿沼がバラバラに散った。しかし、ぐるりとけいを見定めた、マシンガンだけは、突然、陸まで駆け上がって来たのである。オスのシャチはもう居なくなっていた。マシンガンがいたので、向かってきたあのシャチがどのような、行為を実施したのか、見当もつかなかった。ただ、なにかが光り、マシンガンは大怪我をしている。波は、緊迫感を無視し、ゆるく押し寄せるのみだった。はあ、はあと頭の上の噴気孔から、血を噴き出すマシンガンは、とても痛々しく見えた。ずっと傍観者だった柚宇は、すぐ隣りに来ていた。

「あっちゃー、いいザマだな、マウヅ」

 けいは、我に返った。どん、と柚宇を押した。思いのほか、軽くけいはほのかに、ち、と思った。

「??」

 目を丸くする柚宇。小山達は消えてしまった。マシンガンは、目をつぶり、痛みに耐えている様子だ。

 けいは叫んだ。柚宇に対してだった。

「おめえら!、、、う!うう!!!」

 血が出んばかりに、唇を噛んでいる。柚宇は、感情0のまま、目を見張った。

「今度、マシンガンを傷つけたら、、、!」

「わかったわかった!いや、見てなかったんかよ!?マウヅを攻めたのは、おれじゃなかっただろうが!」

 じゃり、とけいは、マシンガンの顔に寄り添った。さすり始める、けい。涙が、洪水のようだった。ぐ、と肩を掴んだのは、柚宇だった。

「待てよ、お前!死なねえよ!そいつらは不死身なんだ、動物じゃないと言ったろう!それより、お前が何やろうと、さっきも言ったけど悪化するだけだから、そいつに無闇に近付くな」

 会ったころは、30cmのミニサイズだったマシンガンは、現在、体長おそらく8m超の立派な猛獣である。けいは、怖さなど微塵も感じてなかった。柚宇は、言った。

「ち。聞けよ」

 けいは、マシンガンの耳をさがし、見つからず、あきらめ、マシンガンの目へとやさしく語りかけた。

「どこ住みたい?マシンガン」

 マシンガンは傷だらけだった。言った。

「マンハッタンだな」

「あら、生意気だこと」

 いきなりなんの話だろう、と柚宇は、もういいや、と言った。

「死なねえって言ってんのに。なんだ、このイシアガンは。うぜえ」

 けいは、構わず、マシンガンに優しく告げた。

 「マシンガン。帰ったらまた、デパート行こうね。約束」

 -

「随分遅い帰りだねえ、、、」

 坂口浄介は、母親に申し訳ない気持ちになっていた。しかし、それを出すことはできなかった。

「ああ、うん。友達が。友達と盛り上がっちゃってさー。うん、泊まってけよ、って言われてさ」

 目を合わさない浄介は、玄関で根っこが生えたように、言い訳を繰り返している。ぼりぼり、と頭を掻く。

「あ、あれだよ!?男の友達だよ!?言う必要ないけど」

「ないねえ。あんた、彼女なんていたことないし。奈良君のとこ?」

「、、、!そう、そう!」

「そうなら、そうで、ちゃんと連絡くれないと心配するでしょうがー」

「ああ、ああ」

 浄介は、上がった。二階の自分の部屋へ、行く。ふう、やはり自分の部屋は落ち

 桂が居た。

「、、、」

 ばん、と浄介は、自分の部屋のドアを閉めた。鍵をゆっくりかける。正座している桂に、尋ねた。その姿は、ジェントルメン。

「ほわっとあーゆーどぅーいんひや、、、ぷりーず??」

「うふふ」

「けにゅーすぴーくいんぐりっしゅ?じゃねえええええええわっ!あんたさ!!!ストーカー!?警察に通報するよ!?おれのすべてをぶち壊す気かよ!!もう奈良とも絶交されたよ」

 す、と息を吐いた。鬼の形相だった。

「お前のせいだよ!兎瓦!!!!!!」

 頭の中で、絶対別人であることは、わかっているのだが、これが兎瓦けいだと思わなければ、どこに怒りをぶつけていいか、わからなかったのだ。瞬きをしない、桂は、こう言った。

「好きに、なっちゃった。かみさま」

 ハートマークでも付きそうな、とても男には出せない、高音域で繰り出された、告白だった。

 浄介は、ふと思った。そうだ、北海道に行こう。それがいい。カニを食うのだ。カニを食ったあと、ウニを食って、いろいろ食うのだ。ネジが飛んでいた。

 -

 上と全く同じ時間帯。午前9時半。日曜日。部屋で、眞弥はごろごろしていた。

「とーもーだーちっがっがっが!」

 が、の部分を相当、遊ばせた。トーンから言って、彼女の力作らしかった。

「が!」

 間を置いた。

「たかたかどんっ、」

 おそらくドラムスの擬似音である。

「できた~~~~~~~~~~~~~。」

 -

 仁美は言った。

「こんにちは」

 ねくたは応えた。

「どうも」

 スティーブは、いぶかしげな表情を固定させた。

「えらく、仲良いな、仁美、その魚と」

「はい」

 どん、と八千草仁美は、持っていた本を足元に叩きつけた。

「シャチを魚と言ったわね?さあ、これから私のレクチャー、始まるわよ?」

 あっけに取られるスティーブ。ラップを披露した自分の次は、どうやら目の前の可憐な一人の女性にスポットライトが、当て始められているようだった。スティーブは、鯨類研究所が、仁美の職場だということを、今更思い出した。仁美は口を開いた。曰く!

 -

 小山は、言った。

「けいちゃん」

 いつの間にか、陽は完璧に落ち、真っ暗の水面から、岩場で座る兎瓦けいに声をかけたのだった。

「帰った方がいい」

 けいは、うなずいた。周りには、誰も居なかった。自治医大と鹿沼に支えられ、マシンガンは、沖の方へと、姿を消した。小山だけは、けいに話があるらしかったのだ。

「まあ、わたしも好きで来たわけでは」

 そう言いながらも、あんな目に会っておきながら、ここを離れるのは寂しいな、と思う寸前で否定するのだが、やはり思っていた。しかし、どうやって帰るのだろう。どうやって、、、来たのだろう。

「そこのおじさんに帰り方は、聞いて」

 小山まで、姿を消してしまった。

「おじさん?」

 振り返ると、亡霊のように、キョンシーが立っていた。

「はわあああっ!」

 けいは、叫んだ。かけずった。ホラー映画の主人公の気分だった。海から離れ、森の中で、暗闇に目を慣らそうと、しきりに目をぱちぱちと、させた。

「、、、、あいつか?」

 我に返ったけいは、すぐに怖くなくなった。けいは真後ろに、質問した。

「変なキョンシー人魚!出てこい」

「出てくるも、何も、居るから。調子狂うな、人間ってこんなのばっかなのか?」

「、、、女の子が、そんな喋り方するもんじゃねえな」

 柚宇は、けいを無視して、がさっと、枝についている葉をもぎ取った。

「例えば、、、」

 音がする。けいは、柚宇を凝視した。と言っても、真っ暗でよくわからない。

「ちょっと、、、ここ暗過ぎっぺ。浜にもど「いや、ここでいい。例えば、この葉っぱ」

 右手に持った大きさ、10cmほどの葉っぱを、柚宇は握りつぶした。みし。けいには、聞こえなかった。

「この葉っぱが、この宇宙全ての源だったら、どうする?イシアガン」

 なんとか、イシアガン=人類らしい、という変換もスムースになってきた、けいは始めから真面目に話を聞く気は、なかった。

「小山ちゃんがさ、あの、、、多分言い方間違えたんだろうけど、あんたに聞けって」

「言い方?」

「小山ちゃん、おめえのこと、おじさんって言ってたべよ」

「合ってるぜ?まあ、お兄さんの方が、」

 後ろで、月が、雲に隠れた。じり、、。次の瞬間、けいの前に現れたのは、身長180cmはあるだろう、青年だった。けいは叫んだ。来た道を、浜を目指し何かにつまづき、転んだ。

「じょ、女装趣味ぃ!!!」

「もしそうだったとしても、お前はそれに悲鳴上げんのか、理不尽女。いいから立てよ」

 その男_。髪の毛が変わっていた。頭まるごと、つぼみの付け根でもあるかのように、どでかい花びらが、てっぺんから、四方向に垂れ下っているのである。花男。けいは、頭の中で、また失礼なあだ名を作った。衣服は、和服に似ている。まるで、そう、日本で言う、伝統的な巻き付け布または、浴衣である。

 理解しがたかった。さっきまではキョンシーつまり、中華だったくせに。

「おめえには、ポリシーってもんがねえんけっ!」

「いきなり何の説教だよ。 、、、ああ、確かに暗いな、嬢ちゃん」

 素敵な笑顔を、けいに向けた。だが、けいには見えていない。

「ちょっと山の上行くか?お兄さんと」

 -

「今日は、何やってたっけな」

 眞弥は、今部屋で、テレビ欄を見ている。新聞のテレビ欄である。

「最近は、もうBRだな、BR。地デジ化で忙しいし」

 多分、言ってる意味を自分で、理解しているような、言い方ではなかった。だが、言いたい単語だった。

「やっぱりあれかな。、、、通販。の」

 耳を澄ますと、パトカーの音が迫っている気がする。は、とし頭の岩石を、頭部その内部に押し込めた。絶命は、していない様子だった。再び大家さんの声である。

「カミオカさ~ん?なんか、警察の方また、見えててまたちょっとだけ話あんだってよ~?」

「っせえな」

 眞弥は、ぼそりと呟いた。

 -

 柚宇はどこから出したのか、日本酒の瓶らしきものを取りだした。

「この酒なあ。さっきのマウヅに傷を負わせた奴、いたろ?ははは、あいつが作ったんだぜ?」

「何が可笑しいのか、わかんねえし、まったく意味がわかりません。すいません」

「可愛くない極致だな、お前。ち」

 だが、顔は笑っていた。

 けいは思った。イケメンだ、と。その理由で、警戒を解いてはいけないし、こいつは何かいけすかないから、好きか嫌いかと言えば、嫌いだが、素直にイケメンだと認めることにした。

 ここは、木の上である。ついでに言うと、山の上である。見渡すと、全方位、おそらく、大海。眩しい大量の星の下でも、ここからでは、お世辞にも眺めがいいとは言えない。視界の下に関しては。だが、空には近かった。キザな台詞でも、言ったらいいんじゃねえべか、男だったら、とか無理なことを思った。柚宇は言った。

「あー、うんこいきてえ」

 けいは、自分の5秒前の思考を呪った。

「おい、兎!あのさあ」

「名字なんですけど、ウサギガワラは、、、。半端で呼ばねえでくれっかな」

「いや、知り合いにケイっているんだよ。なんかやじゃねえ?」

 知らねえし、とけいは思った。その時、暗黒に包まれる程、嫌な予感に襲われた。わたしは、道路でシャチに追いかけられた後、向こうでは、どうなっていることになっているのだろう。帰らないと、みんなすげえ心配するんじゃねえべか、と思った。事態は、もっとひどい方に転がっていた。

-

 警察は二人、大量の資料を持って、眞弥の一人部屋に上がり込んでいた。眞弥は、眉間のしわの暴走列車になっていた。

「わたし、、、」

「うん、お嬢さんがやってないのはもうわかったから!多分、あれ女性の力では無理なんだわ」

「じゃあ、、、、なんで、」

「ちょ!泣かないで!いやね?目撃者がいて、あのとき近くに居た人らしんだけど、どうもそのときあなたに特徴の近い、人物を見たっていうもんだから、さ」

 もう一人が反論した。

「違うべ?その女の子に殺されたって証言したんだべ!?」

 眞弥は、表情を変えない。相棒に対して、抗議するもう一人の警官。

「だから、女の子があんなヤり方できるわけねえっぺよ! 馬鹿か、おめえ!あの証言者もだいぶ酔ってたっぺよ」

 眞弥は、表情を変えない。

「、、、ははは。まあ、それもそうだな。っつうかあんなん」

 警官は、大袈裟に手をハンマーのように、振り下ろした。

「シロナガスクジラに殴られでもしねえと、なんねえべよ」

 がはは、と2人で笑っていた。

 眞弥は、少し笑った気がした。

-

「なんでよ?」

 ぎょっとしたのは、柚宇である。けいが目いっぱいに、涙をためている。

「マシンガン何もしてねえのによ? 、、、う、あんな、」

「タンマタンマ! おいおい!思いだし泣き!?だから、あれくらいじゃ死なねえって!あいつはそんな弱くねえよ」

「、、、(ぐす)めっちゃ痛そうだったじゃねえか(ぐす)」

「まあ、そりゃ死ぬほど痛そうだったな」

「あいつ、、、は(ぐす)よく見えなかったけど、、よ?」

「ああ」

「あのゆしってシャチとよ?」

「ああ」

 月が三つとも、こちらに近付いた気がした。

「仲良いんけ?だったら、ゆしもあたしの、、、」

「敵、、、か?そうだな。そういう発想は自然だな。おい」

「?」

 瓶を差し出す、柚宇。けいは、鼻水を拭くためのハンカチを期待した。

「飲めよ。頭冷やせ。そんなぎゃりぎゃりな、思考回路じゃ、いい答え出ねえぞ?」

 瓶を受け取ると、間を置いて、けいは笑った。

「、、、ぎゃりぎゃり?ぷ」

 ははは、と笑いだした。柚宇は、何はともあれ、よかったよかった、という顔をした。

「なんで、キョンシー人魚のコスプレしてたん?」

「コスプレじゃねえ」

「なんで、女装に走ってたん?きっかけ聞いてやるから、ほら、傍おいで!」

「うるせえし!なんなんだ、とりあえずうるせえな、お前」

「否定しなけりゃ、そうだったんだ、と思うぞ、わたしも」

「、、、」

 それでも、説明するのは、めんどくさそうだった。だが、口を開けた。

「おれはなあ。あの月なんだ」

 けいは、そのあとに続く文を期待した。待った。待っても、柚宇はそれで、言い終わった満足に浸ってしまった。

「、、、」

 けいは、すねた。

-

「じゃあ何も知らないということで」

「はい」

 次第に、言葉数を少なくしていく眞弥に、もうこれ以上はしぼれないな、と思った。

「おっけ。ご協力ありがとうございます。それでは」

 2人は、出て行こうとした。眞弥は、2人の背中に刺すように、言った。

「シロナガスクジラでも、あんなことできません」

 は、と思った。警察官は戸惑った。

「あんなこと?現場見たの?」

「あいやいや!!!違います、聞いた話から想像すると、です!」

 ドアが閉まった。

 眞弥は、ため息をついた。思い立ったように、きゅ、きゅ、と紙にサインペンで何か書き始めた。文字つきになったその紙を、壁に貼った。

「よし」

 紙には、ハートマークに囲まれて、<殺人禁止>と書いてあった。眞弥は、ふんと軽く、鼻息を放った。

-

「なあ、、、」

「はい」

 柚宇は、話しかけようとして止めてしまった。けいは、叫んだ。

「ええええええ! 何の<なあ>!?というか、おじさん、あなた、わたしをいつ帰してくれんだべ!?」

「うるっせえなあ、ガキが!こっちは、ショックを与えないように言葉選んでやってんだよって!言ってるそばから泣きやがる!」

「、、、マシンガン、、、痛そうだった」

「そうだな。だったな」

 はあ、と柚宇は、飲み干した瓶を投げた。ああ!とけいは怒鳴った。

「ゴミのぽい捨てすんな、馬鹿キョンシー!」

「じゃねえよ、下見てみろっつっても、見えねえか。うーん」

 びり、と枝から、また葉っぱを取った。

「見ろ」

「?」

「ビッグバンだ」

 けいは、柚宇を睨んだ。また、先に話を続けなかったら、ぶん殴ってやろうと思った。柚宇は、遠くを見て満足した様子だ。

 けいは、怒りに膝をかくかくさせた。

-

 眞弥は、携帯をいじっていた。いじり倒し過ぎて、もう手垢だった。携帯電話というか、手垢が正しい名称だった。ぷるうるるる、と鳴り始める、手垢。

「お」

 ディスプレイには、<ちなつ>とかいてあった。

-

 坂口浄介は一人で、学校の図書館にいた。さっきから、念仏のように一つの単語を口にしている。繰り返している。

「カミオカジョウスケカミオカジョウスケカミオカジョウスケ、、、と」

 惑星守護色期巫天、最後のメンバーの名であった。

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