第2話 勝ち逃げは許されず
大学二年生の六月、僕は仲間の一人と共に新作映画の構想を練っていた。
「なぁ監督、この70万持って二人でインドに高跳びしよーぜ」
サークルから出た制作予算を片手に、アホな事をぬかしているこの男が仲間の一人、真田である。ちなみに監督というのは一作目の制作以降、定着してしまった僕のあだ名だ。
「何だそのむさ苦しい上に困窮したプランは、いくら物価が安かろうが、70万ポッチじゃ何もできまい」
「マジレス乙」
普通にうざい
「てかさ、金だけあっても俺ら二人だけじゃ映画なんて撮れないと思うんだけど、その辺どうなの?」
そう、問題はそこである。
サークル内での僕の評価が今現在どうなっているのかというと、
一回生ながら、数多の自主制作映画たちを抑え、入賞を果たした期待の新鋭...ではなく。
くだらない映画で、愛すべき桐ヶ谷先輩の顔に泥を塗った悪役、憎むべき敵といった感じである。
また、共通の敵というのは人間を一致団結させるらしく、三つの勢力に分散していたサークルは一丸となり、新入生も懐柔された。
つまり彼らは、桐ヶ谷美琴という名の絶対的な旗の元、僕を打倒する為つどった映画戦士たちなのだ。
この状況で僕と映画を作ろうとする奴はとてつもない鉄の意志を持っているか、ラブコメ主人公もビックリの鈍感さを身につけているかのどちらかだろう。
「あー寝み、なぁ四限はふけようぜ」
おそらく彼は後者だ。
「とりあえず人員は別のサークルで映画に興味ありそうな奴を誘うか、アルバイトを募集しよう。
最悪、お互いの家族にでも協力を仰げばどうにかなるんじゃないか?」
「まぁ監督がそれで良いなら異論はないけどよ、別に無理して新作撮ることも無いんじゃね?今からでもサークルに予算返してさ」
「...残念ながらそれはできない」
「はぁ?どうして?」
話は遡り一年生の例のあの日、桐ヶ谷先輩との会話の続き。
「次は負けない」
「えっ...あっ..ハイ」
「ごめんね、大人気ない事言って。来年は私も四年だし、引退するか悩んでたんだけど、君のおかげで決心できたよ」
「そ...それは良かったデス」
「じゃっそういう事だから、新作期待してるよ」
「アリガトウゴザイマス」
「あっそれと...
勝ち逃げは許さないからね」
もはや八方塞がりである。そもそも僕の映画が原因で先輩が引退を延期したという時点で、新作を撮らないという選択は言語道断の上、恐らくテキトーなお遊びお笑い映画を撮り、お茶を濁すのも「逃げ」の対象なのだろうと僕は踏んでいる。
「なるほどねーあの桐ヶ谷先輩に勝負を仕掛けないとならないってワケだ」
「その通り、だが前回の入賞は完全にまぐれだ。奇跡は二度も起こらないだろう。となると、なるべく角の立たないようにしつつ、自主制作映画にしてはそこそこかなってレベルの作品を撮るしかない」
「撮ればいいじゃん」
「技術もネタも無いんだよ!あと深刻な人員不足!
唯一金はそこそこある!」
「じゃあ前作の脚本はどんな感じで書いたんだ?」
「あれは...僕の実体験を交えたフィクションだ」
「ならあんま気張らずに、今回も実体験を交えたフィクションでいいじゃん」
「分かってないな、今の僕には作品に生かせるような面白い実体験そのものがないんだ」
「そうなの?」
「ああ、人生経験がなければ、面白い脚本なんて書けない、創作は人生を切り売りする行為に等しいんだと僕は思ってる」
「ふーん俺はそれ、極論だと思うけどな」
「というかこんな話してる暇ない、とにかく物語の方向性だけでも決めないとまずいんだって、映画の最初の発表は11月の学祭だ、夏休みはガッツリ撮影しないと間に合わない」
タイムリミット、夏休みまで約一ヵ月
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