第12話 捕獲! 鉄パイプ女!!


 《前回のあらすじ》 鉄パイプ女を、一迅の風が吹き抜けた。


 外は寒かった。が、ココも随分と寒い! ただココと外で違うのは、寒さの中にある冷たさの性質だった。外の冷たさは流動的な傾向にあって、いかにも冬ってカンジの寒さだが、ココは少し違う。外が冬の寒さならば、さしずめ夜のトンネルのような寒さだ。人っ気のない氷のような温度が、糸状になって辺りに張り巡らされている。そんな感覚だった。


「ん…んぁ」


 鉄パイプ女が目を覚ましたのは、その夜のトンネルの中でだった。つっても、まぁ。実際に夜のトンネルってワケじゃなくて、場所自体は普通の和室に見える。畳張りの床に、囲炉裏。地面から一段上がって作られた、茶の間みたいな雰囲気。だがしかし。普通に見えたのは、寝ボスケた眼で見やったからだ。


 監獄…まるで和室を飼育小屋とする動物園かのように、鉄柵が生え揃っている!


「チッ…捕まったか」


 鉄パイプ女は身をよじり、寝そべったままその鉄柵を確認した。なぜ起き上がって見ないのか? どうして身をよじる必要があるのか? そんなのは決まっている。自分の手が、背中の側で縛られているからだ。動くほど皮膚に縄目がカジりつき、ギシギシ、ミシミシと鳴き声を上げる。


「どこだぁ? ココは…」

「豚宮会の地下牢だよ。鉄パイプ女」


 鉄パイプ女は再びカラダをグイッと曲げて、声の方にジロリ…シワの寄った眉間を向けた。


「アサシン男…なーにやってやがる。テメェ」

「そりゃあこっちのセリフだ。なーにやってやがる。お前」


 カゲに身を潜め、壁に背中をもたれさせるアサシン男は、皮肉っぽく口元を歪めた。


「見たところ、結局まっすぐ進んでもダメだったみたいだな」

「結局…?」


 その言葉を受けて、ようやくボンヤリと記憶が蘇ってくる。ラビリンス、壁ぶち壊し、一直線…腹の底から吹きあがる、カラフルな勢いを持った疾風…


「…トルネード女! チクショウ! 負けたのかよ俺は!?」


 怒り! 屈辱! 鉄パイプ女はジッタバッタと、縛られている両足を可能な限り暴れさせた! まるでカツオ節がアツアツの鉄板の上で踊っているような有様に、アサシン男はハァとタメ息をつく。


「お前、トルネード女と戦ったのか? 馬鹿野郎。生きてるだけでも奇跡だぞ」

「うっっっせぇ!! じゃあお前は何だってんだよ? えぇ! 何だってここに居やがる!」

「オレか? オレは…な」


 その時の様子を見てみよう。大体アサシン男があの巨大ネコと会った時からだ。


「にゃ!」

「お…」


 正直な話、アサシン男は面を食らった。デカい、猫娘。人によってはウッヒョー大喜びって感じだが、アサシン男はどっちかというと犬派だった。それゆえか、冷静かつルーティーン的な動きで、ジャケットの中のピストルに手を伸ばすことができる。

 だが…


「お、おぉ。豚宮会の方ですか? 失礼しました」


 手を咄嗟に止め、両手を自分のモモに添えた。


『ここが豚宮会のラビリンスである以上、ピストルなんか鳴らしたら一巻の終わりだ』


 「ポチ男と言うものです。何卒、お見知りおきを」 偽名を名乗り、角度にして30°くらいのお辞儀をする。誠意と警戒の間の角度だ。ところがしかし、ハッキリ言ってお辞儀が30°だろうが、180°だろうがカンケーない。なぜならば、目の前に屹立する猫娘。


「んぉ~~」


 その目の位置。地上から約5m!

 そんなトコロから見下されちゃあ、ツムジの位置なんてあってないようなもんさ。


「実は、スクラップ場で引き取ってもらいたい鉄クズがありましてね? どこに連絡すればいいか分からなかったもんですから、直接事務所の方に伺わせていただいたんです」


 スマイル! 営業的な。

 猫娘はクリクリと丸い目玉で、アサシン男を見据えている。


『最悪、殺されなければいい。それでいいんだ』


 笑顔を絶やさずに、クリクリと見つめ返した。

 ラビリンスに侵入している以上、殺されたって文句は言えない。まして柏木一門の穏健派から出ているアサシン男なんぞは、死んでも見捨てられる可能性さえあった。どっちにしても捨て駒みたいな役目だし、波風立てたくないなら知らんぷりが一番イイから。


『…アイツなら…いや、都合の良い考えだな」

「おお~ン」

「?」


 頭上から、声が。目線を動かすと、ネコが首をチョイチョイと揺らしている。その先に目をやってみると、何故だか体育館の姿を取っているこの場所のバスケットゴール下に、緑のトビラがあった。


「案内してくれるんですか?」

「んん」

「ありがとうございます!」


 お辞儀をした。35°の。

 アサシン男は警戒をしながらも、ゆたゆたと歩き始めたネコ女に付いていった。


『無防備だな。まさか、本当に案内してくれるワケじゃあるまい』

「なーご」


 トビラの前にたどり着くと、ネコが。明らかに大きさの そぐわないトビラに向けて、ギュウギュウと身体をネじ込ませ始めた。まるで布団をダンボールに詰めているときのようだ。

 「にゃあ!」 やがて、スポン! そう聞こえてもオカシくないほどの勢いで、ネコが向こうの部屋に跳び抜けた。アサシン男も後に続こうとする。と、その時だった。


 ふわり…アサシン男のスーツを、やわらかな尻尾がくるんだ。


「あ、どうも」


 どうやら運んでくれるらしい。悪い気はしなかったので、アサシン男はされるがままに緑のトビラをくぐった。


「…!」


 次の部屋に、ネコ女の姿はなかった。


『しまった…!』


 自分をくるんでいた尻尾も消えている。そう。これこそがラビリンスの妙味! すなわち。前の人と同じトビラをくぐったからといって、前の人と同じ部屋に出るとは限らない! このグチャグチャ性。この意味わからん性。ラビリンスが情報保護の障壁として愛用される理由が、そこにはあった。


「ふな?」


 巨大ネコ女は出た先の部屋でふりふりと首を揺らし、アサシン男を探していた。


「チイぃ!」


 一方、アサシン男が出たのは、部屋の真ん中に囲炉裏と、床にはタタミ張りの備えられたカンジのイイ空間。しかし漂う空気は冷たく、前には無機質な鉄の檻が生え揃った部屋…今に、アサシン男と鉄パイプ女がいる部屋だった。


「…ハッ! あははははは!」


 鉄パイプ女はジタバタと、今度は機嫌よくタタミの上で踊った。そのダンスに、アサシン男は話したことを激しく後悔する。


「ネコに招かれてココに来たってか! そりゃあズイブンとご苦労さん!」

「そう言うお前は? どんな風に来たッてんだよ」

「俺か? 俺はそりゃ……チクショウ!!」

「おいおい! その様子じゃお前もズイブンご苦労さんだったみたいだなぁ! うわははは!」

「お二人さん。ずいぶんと楽しそうね! よければアタシも混ぜてほしいな」


 その声! 部屋を安全に覗ける、柵の向こうからの声!

 アサシン男はハッと顔を向け、自然と顎を引いて見据えた。一方、鉄パイプ女は奥歯をギリリと噛みつける。


「トルネード女…テメェ、どのツラ下げてここに来やがった!」

「あら。自分の事務所なんだし、アタシがどこに来ようと勝手でしょ?」


 トルネード女は後ろになびいていた髪を肩から前によこすと、持っていたパイプ椅子を広げて牢の前に座った。


「さて! ところで、鉄パイプ女ちゃん。豚宮会には来る気になったかしら?」

「なるかァ! ていうかよぉ~!」


 ピョン! と跳ねて、立ち上がる。と、足枷を限界まで広げながら、身体を柵に近寄せた!


「再戦しろ! 俺と、お前! とっととココから出しやがれ!」

「え~、でもでも~。今の貴方に勝ち目なんてないわよ~?」

「あぁん?」

「ふふふ、だってほら。貴方の大切なモノ。アタシの腕の中にあるんだもの」


 その時。鉄パイプ女は気付いた。トルネード女の赤い髪束の中に、自分の人生とは分かちがたい、あの鈍い銀色が光っていることに。


「あっ…鉄パイプ!」

「ついでにケータイもね。貴方を牢にぶち込むときに、回収させてもらいました~」


 ひらひらと、トルネード女は見せびらかすように、手に持っていたケータイを揺らした。

 「テんメェ…!」 鉄パイプ女が、足を柵の間にネジ込ませる。なんと無理やり通り抜けようとしているらしい。だが当然にも出来っこない話で、辛うじてハミ出せたのは押し付けている顔の頬っぺただけだった。

 その頬を、立ち上がったトルネード女がつねる。


「うひっ!」

「あはは! ま、気が変わったら呼んでちょうだい! 後で見張りを置いておくから」


 パッ! っと、指を離す。鉄パイプ女は頬を自分の手で確認した。


「じゃ、またね! 鉄パイプ女ちゃん。それからそこの、カッコイイお兄さんも」

「…どうも」


 トルネード女はクスクスと、妖精が人を惑わしたような声で笑うと、消え入るようにどこかへと去って行った。


「うぅ…ナメやがって」


 ブチッ! 鉄パイプ女は怒りのままに、自分を縛り付けるロープを引きちぎった。


「落ち着け。騒いだってどうにもならん」


 スルル…アサシン男は器用に体を動かすと、自分を縛り付けるロープを解いた。


「今はここから出る方法を考えるんだ。鉄パイプがない以上、ラビリンスみたく力技とはいかないだろ?」

「…だな」


 鉄パイプ女は塩らしく、タタミの上にあぐらをかいた。その様子に、アサシン男は意外さと、情けなさを覚える。どうやら鉄パイプが近くに無いと落ち着かないらしい。なんとなく、いつもより縮こまって見えた。


「どうするか…どうしよう…」

「しっかりしろ! ったく…」


 その時だった。


『………』

「?」


 アサシン男は視界を、部屋全体に向けた。


「なぁ、今。何か感じなかったか?」

「あぁ? あぁ、う~ん。別に?」


 鉄パイプ女は腕を組んで、ゆらゆらと自分の背中を揺らしていた。


「…そうか」


 アサシン男は改めて部屋に異常がないことを確認すると、脱いだジャケットを毛布代わりに被って、タタミの上へと寝転がった。

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