第14話 対決、小坂部の姫

 姫路城二の丸にある大広間に勘四郎は座って居た。


 宮本武蔵、柳生兵庫助、柳生の高弟四名、伊賀の忍び八郎、そして勘四郎の八名、先日廃城に妖怪退治を行った顔ぶれだ。


 正面の上座には、この城の城主である池田利隆いけだとしたかが座り、横には片桐伊織かたぎりいおりが座る。


 勘四郎達の少し後ろには、池田家藩士いけだけはんしの中より厳選げんせんされた、手練てだれの藩士達数名が座って居る。


 いよいよこの時が来たのだと、勘四郎は思った。


 手が汗でびっしょりとなって居る、緊張して居るのだ。


「各々方、努々油断召ゆめゆめゆだんめされるでないぞ」


 伊織も緊張して居るのだろう、声がかすれている。


 後ろに座る藩士の中には、槍を持つ者も居る、まるで今から合戦が始まろうとしている様だ。


 注意事項として、今回の退治に当たっては隠密裏で進める為、他言無用たごんむようである事を念押ねんおしされた。


 その代わりに幾らかの賞金を頂ける、賞金の話しが出た時、後ろの方から、おおお、と言う声が漏れて来た。


 小坂部姫、それが今回狙う妖怪の名だ。


 勘四郎は武蔵に稽古けいこを付けてもらい、今では対峙たいじの時でも二刻にこくは耐えられるほどに成長して居る。


今の自分は、前の自分よりも強く成って居る、そう思って居たが、やはり自信がない。


 前回の時も、武蔵の後ろを掛け走って居ただけだ。


 訓示くんじも終わり、今から小坂部姫の待つ、天守てんしゅにある、開かずの間へと移動するらしい。


 天守閣への移動の途中で上を見上げると、上弦じょうげんの月が不気味に光っていた。


 開かずの間の前に着いた。


 藩士と合わせると二十名から居るのだ、この人数で中に入り、戦えるとは思えない。


 武蔵と兵庫助の二名が中に入り、残りの者は階下の廊下で待機する事に決まり、勘四郎はほっと胸をなでおろした。


 伊織と藩士が二人で扉を開いた。


 部屋の中央には、美しい女人が座って格子窓こうしまどより見える上弦の月を眺めて居た。


「利隆めが、わらわを裏切りおったわ」


 ゆるりとこちらを向いた小坂部姫は、息を呑むほど美しかった。


「ほう」


 思わず兵庫助が唸った。


「この様に美しい女人の姿をして居るとはなぁ、斬るに忍びない」


 兵庫助はそう言いながらも、すでに八双はっそうに刀を構えている。


 上階を覗き見た勘四郎は魅せられていた。


 それは一目惚れと言っても過言ではない。


 なんと美しいのだ、この美しい女人が恐ろしい妖怪なのかと、勘四郎は信じられぬ思いになった。


 武蔵もすでに抜いて居る。


 二刀の刀を十字に構え、一部の隙もない。


 小坂部姫は武蔵と兵庫助とを交互に見つめ、その美しい口を開いた。


「宮本武蔵はどっちじゃ」


「拙者が宮本武蔵である」


「そちがそうか、わらわは赤松の出じゃ」


 小坂部姫はまだ座って居る、左右から刀に挟まれているのに、落ち着き払っている。


「主筋に弓引くと申すのじゃな」


「拙者は妖怪変化などを主に持った覚えは御座らぬが」


 武蔵がにやりと笑った。


「そう言う事ならば拙者は邪魔の様だな、宮本殿、今回は譲ろう」


 兵庫助はそう言うと、さっさと部屋から退散してきた。


 その瞬間、武蔵が小坂部姫に斬り掛かるのが見えた。


 しかし小坂部姫が寸前で飛びのく方が速かった。


「わらわがまだ物を申して居るのに、己は斬り掛かかって来るのか、無礼者」


笑止しょうし


 武蔵は二撃、三撃と斬りかかり腕と足を切断していく。


「ぎゃあああああああああ」


 辺りは小坂部姫から溢れ出る血で、血の海と化している。


「おのれ、おのれ、わらわをまた芋虫にするのか」


「また、とは可笑しなことを」


 武蔵は話を途中で止めた、今切断したはずである小坂部姫の手足が生えそろって居たのだ。


 血の海だった血も、いつの間にやら消えて無くなって居る。


「ぐわっ」


 後ろからの声に驚いて、勘四郎は振り返った。


 刀を持った鬼が、廊下の陰から飛び出して来て、藩士の1人を斬り殺して居たのだ。


 それを合図に廊下のそこら中から、鬼が飛び出して来た。


 いきなり廊下が戦場になった。


 勘四郎も慌てて刀を抜いた。


 今回も自分の出番は無いと思い、油断していたのだ。


 その気持ちのまま、いきなり戦場に叩き落とされた、勘四郎は恐怖におののいた。




 やはり首かと武蔵は思った。


 手や足を斬ったところで、また生えて来るだけだ。


 いくら斬っても、刀が血のりで使い物にならなくなるだけであろう。


 動きもことのほか速かった、武蔵の油断である。


 次の一撃で決めようと武蔵は思った。


「痛いではないか宮本、まだわらわは何もして居らぬのに、いきなり斬ってきおって」


「ほう、妖怪でも痛みは感じるのか」


 語りながら武蔵は間合いを詰めて行く。


「くくく、そうやって間合いを詰めて居るのじゃな、宮本よ、己は汚い侍じゃのう」


 首を一撃で落としてくれる、武蔵はもう一言も話さなかった。


「侍の刀は一刀と決まって居ろう、それを二刀も持ちくさって」


 次の瞬間武蔵の太刀が小坂部の首に一閃した、浅いか。


 まさに首の皮一枚で繋がっていた。


「ぎゃあああ、痛い、痛い、宮本おのれ」


 のたうち回る小坂部に、武蔵はもう一撃首を狙い、太刀を一閃させた。


 今度は間違いなく、胴と首を二つに切断したはずだが、小坂部の首は喋っている。


「ううう、おのれ宮本、おのれ宮本」


 小坂部はのたうち回りながら、胴体が首を持ち元ある場所にくっつけた、見る見るそれが再生していく。


 武蔵は久し振りに、冷や汗をかいた。


 首では駄目なのか。


 いったいどこを斬れば、殺せるのか……




「ほう、お前はいつぞやの鬼ではないか、糞を漏らして逃げおった」


 残鬼は丁度三人目の藩士を、自慢の抜き打ちで斬り殺したところだった。


「なぜ儂と解る、あの時は人間の姿に化けて居ったのに」


「抜き打ちを使う鬼などそうは居るまい、それに太刀筋を観ればすぐ解かる、遅すぎるのでのう」


 残鬼は抜き身をさやに納めた、また抜くためにだ。


 柳生兵庫助、此奴あやつには勝てない。


 此奴は強すぎる。


 残鬼はこの日の為に考えた、四匹の鬼が示し合わせて同時に掛かればどうか。


 四方から同時に掛かるのだ。


 一匹か二匹は打たれよう、しかし四匹全ては無理であろう。


 その為に何度も修練を繰返くりかえしたのだ。


「よし、お前ら来い」


 残鬼の声に、三匹の鬼が集まって来た。


「あれをやるのですか」


 残鬼に聞いて来た鬼の声がかすれている、緊張して居るのだろう。


「そうじゃ、あれじゃ、配置につけ」


 残鬼が言うと、鬼たちが配置に着き、兵庫助を囲んだ。


 残鬼の位置は、兵庫助の後ろの位置だ。


「おいおい、何が始まるのだ」


 兵庫助は落ち着き払って居る、まだ言葉に余裕すら感じる。


 残鬼は嬉しくなって来た。


 その余裕も今だけじゃ、同時に我らが襲い掛かればどうする。


 くくくっ、仰天致ぎょうてんいたすじゃろうのう。


 前の二匹は許せよ、その代わり儂の抜き打ちが、きっちりと仇を取ってやるからの。


 少しずつ間合いを詰めて行き、兵庫助にもう手が届きそうだ。


 では行くぞ、兵庫助よ、念仏でも唱えて居ればいい。


「かかれっ」


 残鬼の合図が言い終わらぬうちに、兵庫助が身体を捻り、円を描くように太刀を一閃させた。


 その軌道は的確に四匹の鬼の首を通過して行った。


 瞬間の出来事であった。


 落ちた残鬼の首は、まだ笑っていた。

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