第14話 対決、小坂部の姫
姫路城二の丸にある大広間に勘四郎は座って居た。
宮本武蔵、柳生兵庫助、柳生の高弟四名、伊賀の忍び八郎、そして勘四郎の八名、先日廃城に妖怪退治を行った顔ぶれだ。
正面の上座には、この城の城主である
勘四郎達の少し後ろには、
いよいよこの時が来たのだと、勘四郎は思った。
手が汗でびっしょりとなって居る、緊張して居るのだ。
「各々方、
伊織も緊張して居るのだろう、声がかすれている。
後ろに座る藩士の中には、槍を持つ者も居る、まるで今から合戦が始まろうとしている様だ。
注意事項として、今回の退治に当たっては隠密裏で進める為、
その代わりに幾らかの賞金を頂ける、賞金の話しが出た時、後ろの方から、おおお、と言う声が漏れて来た。
小坂部姫、それが今回狙う妖怪の名だ。
勘四郎は武蔵に
今の自分は、前の自分よりも強く成って居る、そう思って居たが、やはり自信がない。
前回の時も、武蔵の後ろを掛け走って居ただけだ。
天守閣への移動の途中で上を見上げると、
開かずの間の前に着いた。
藩士と合わせると二十名から居るのだ、この人数で中に入り、戦えるとは思えない。
武蔵と兵庫助の二名が中に入り、残りの者は階下の廊下で待機する事に決まり、勘四郎はほっと胸をなでおろした。
伊織と藩士が二人で扉を開いた。
部屋の中央には、美しい女人が座って
「利隆めが、わらわを裏切りおったわ」
ゆるりとこちらを向いた小坂部姫は、息を呑むほど美しかった。
「ほう」
思わず兵庫助が唸った。
「この様に美しい女人の姿をして居るとはなぁ、斬るに忍びない」
兵庫助はそう言いながらも、すでに
上階を覗き見た勘四郎は魅せられていた。
それは一目惚れと言っても過言ではない。
なんと美しいのだ、この美しい女人が恐ろしい妖怪なのかと、勘四郎は信じられぬ思いになった。
武蔵もすでに抜いて居る。
二刀の刀を十字に構え、一部の隙もない。
小坂部姫は武蔵と兵庫助とを交互に見つめ、その美しい口を開いた。
「宮本武蔵はどっちじゃ」
「拙者が宮本武蔵である」
「そちがそうか、わらわは赤松の出じゃ」
小坂部姫はまだ座って居る、左右から刀に挟まれているのに、落ち着き払っている。
「主筋に弓引くと申すのじゃな」
「拙者は妖怪変化などを主に持った覚えは御座らぬが」
武蔵がにやりと笑った。
「そう言う事ならば拙者は邪魔の様だな、宮本殿、今回は譲ろう」
兵庫助はそう言うと、さっさと部屋から退散してきた。
その瞬間、武蔵が小坂部姫に斬り掛かるのが見えた。
しかし小坂部姫が寸前で飛びのく方が速かった。
「わらわがまだ物を申して居るのに、己は斬り掛かかって来るのか、無礼者」
「
武蔵は二撃、三撃と斬りかかり腕と足を切断していく。
「ぎゃあああああああああ」
辺りは小坂部姫から溢れ出る血で、血の海と化している。
「おのれ、おのれ、わらわをまた芋虫にするのか」
「また、とは可笑しなことを」
武蔵は話を途中で止めた、今切断したはずである小坂部姫の手足が生えそろって居たのだ。
血の海だった血も、いつの間にやら消えて無くなって居る。
「ぐわっ」
後ろからの声に驚いて、勘四郎は振り返った。
刀を持った鬼が、廊下の陰から飛び出して来て、藩士の1人を斬り殺して居たのだ。
それを合図に廊下のそこら中から、鬼が飛び出して来た。
いきなり廊下が戦場になった。
勘四郎も慌てて刀を抜いた。
今回も自分の出番は無いと思い、油断していたのだ。
その気持ちのまま、いきなり戦場に叩き落とされた、勘四郎は恐怖におののいた。
やはり首かと武蔵は思った。
手や足を斬ったところで、また生えて来るだけだ。
いくら斬っても、刀が血のりで使い物にならなくなるだけであろう。
動きもことのほか速かった、武蔵の油断である。
次の一撃で決めようと武蔵は思った。
「痛いではないか宮本、まだわらわは何もして居らぬのに、いきなり斬ってきおって」
「ほう、妖怪でも痛みは感じるのか」
語りながら武蔵は間合いを詰めて行く。
「くくく、そうやって間合いを詰めて居るのじゃな、宮本よ、己は汚い侍じゃのう」
首を一撃で落としてくれる、武蔵はもう一言も話さなかった。
「侍の刀は一刀と決まって居ろう、それを二刀も持ちくさって」
次の瞬間武蔵の太刀が小坂部の首に一閃した、浅いか。
まさに首の皮一枚で繋がっていた。
「ぎゃあああ、痛い、痛い、宮本おのれ」
のたうち回る小坂部に、武蔵はもう一撃首を狙い、太刀を一閃させた。
今度は間違いなく、胴と首を二つに切断したはずだが、小坂部の首は喋っている。
「ううう、おのれ宮本、おのれ宮本」
小坂部はのたうち回りながら、胴体が首を持ち元ある場所にくっつけた、見る見るそれが再生していく。
武蔵は久し振りに、冷や汗をかいた。
首では駄目なのか。
いったいどこを斬れば、殺せるのか……
「ほう、お前はいつぞやの鬼ではないか、糞を漏らして逃げおった」
残鬼は丁度三人目の藩士を、自慢の抜き打ちで斬り殺したところだった。
「なぜ儂と解る、あの時は人間の姿に化けて居ったのに」
「抜き打ちを使う鬼などそうは居るまい、それに太刀筋を観ればすぐ解かる、遅すぎるのでのう」
残鬼は抜き身を
柳生兵庫助、
此奴は強すぎる。
残鬼はこの日の為に考えた、四匹の鬼が示し合わせて同時に掛かればどうか。
四方から同時に掛かるのだ。
一匹か二匹は打たれよう、しかし四匹全ては無理であろう。
その為に何度も修練を
「よし、お前ら来い」
残鬼の声に、三匹の鬼が集まって来た。
「あれをやるのですか」
残鬼に聞いて来た鬼の声がかすれている、緊張して居るのだろう。
「そうじゃ、あれじゃ、配置につけ」
残鬼が言うと、鬼たちが配置に着き、兵庫助を囲んだ。
残鬼の位置は、兵庫助の後ろの位置だ。
「おいおい、何が始まるのだ」
兵庫助は落ち着き払って居る、まだ言葉に余裕すら感じる。
残鬼は嬉しくなって来た。
その余裕も今だけじゃ、同時に我らが襲い掛かればどうする。
くくくっ、
前の二匹は許せよ、その代わり儂の抜き打ちが、きっちりと仇を取ってやるからの。
少しずつ間合いを詰めて行き、兵庫助にもう手が届きそうだ。
では行くぞ、兵庫助よ、念仏でも唱えて居ればいい。
「かかれっ」
残鬼の合図が言い終わらぬうちに、兵庫助が身体を捻り、円を描くように太刀を一閃させた。
その軌道は的確に四匹の鬼の首を通過して行った。
瞬間の出来事であった。
落ちた残鬼の首は、まだ笑っていた。
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