神獣ヤクザ ~ASMR異世界に転生したヤクザの俺、かわいい舎弟らとともにお嬢を守る最強の戌《イヌ》となる~

和成ソウイチ@書籍発売中

第1話 心優しきヤクザ、イッヌになる


 俺――狩巣野かりすの 秘隙ひすきはヤクザである。

『コワモテなアラスカンマラミュート』なんて呼ばれ方をされて久しい。もう32のおっさんだというのに。


 だが俺は甘んじて受け入れる。他ならぬお嬢が付けてくれたあだ名だからだ。


 そんなお嬢への仁義を貫くため、俺は黒羽組の屋敷にいた。

 目の前には、10歳の幼気いたいけな少女が布団で横になっている。俺が生涯の忠誠を尽くすと誓ったお嬢――黒羽くろばかえで黒羽組組長オジキの、たったひとりの孫娘。

 

(本懐、いまだ成らず。ただ己の無力を嘆くのみ……ってか)


 俺は心の中で自嘲した。俺も、お嬢も、もう

 お嬢は病で。

 俺は……。


「ねえ、秘隙さん……」

「何ですかい、お嬢」

「またASMRアスマーで物語を作って。私、秘隙さんの作ってくれる話、好きだから」

「お安いご用です、お嬢」


 俺は頷き、枕元のスマホを操作して動画を再生した。流れてくるのは水音や囁き声など、それだけでは意味のない音の集まり。耳をゾワゾワさせるような音の動画――ASMR動画を聞くことがお嬢の唯一の楽しみだった。

 彼女はもう、目が見えないから。

 お嬢のため、流れてくる音に合わせて即興で物語を創って聞かせるのが、俺の役目となっていた。


 20畳はある畳敷きの大部屋にいるのは、俺とお嬢のたったふたりだけ。

 そこに、ASMR動画から流れる梢が風に揺れる音と、鳥のさえずりが響く。

 俺は遠のきそうになる意識を必死に繋ぎ止めながら、いつも通りを装って語り出す。イメージしたのは、森の中にそびえる西洋風の城だ。


「お嬢は今、森と湖に囲まれたでっけえ城でくつろいでいます。お嬢はその城を治める女王様ですぜ。おめでとうございます。大出世ですよ。お嬢がカシラなら、その国は安泰です」

「ふふっ……秘隙さんの話、やっぱり面白い」


 鈴を鳴らすような綺麗な笑い声。これが聞けるだけで寿命が10分は延びる。

 それからは、ASMR動画から流れてくる音にお嬢が「これは?」と問いかけ、俺がそれに答える形で進めていく。


 ――コツコツと固い足音。


「秘隙さん、この音は?」

「これはお嬢を守る騎士が、部屋まで迎えに来る音です。時間ぴったりですな」

「きっと真面目さんなんだね……」


 ――ガラスが触れ合うカチンという音と、シュワシュワと泡立つ音。


「この音は?」

「お嬢付きのメイドが、特性の果実酒を注いでいる音です。お嬢はこの国のトップですから、酒だってOKですぜ」

「いいなあ。私、早く秘隙さんと一緒にお酒飲みたい……」


 ――パチパチと火の粉がぜる音。


「この音は?」

「これはお嬢の親友である魔法使いが、お嬢と力を合わせて魔法で火をおこしている音です。お嬢は魔法の才能だって完璧です」

「ふふふ……私、魔法大好き」


 ――ザワザワと人々がざわめく音。


「これは?」

「お嬢を慕う民が、お嬢の登場を待ちわびる声です。盛大に演説、ぶちかましてくだせえ」

「そういうのは、ちょっと苦手だなあ……」


 ――オォーン、オォーンと響く遠吠え。


「……これは?」

「お嬢に大切に育てられた狼が、お嬢に忠誠を誓っている声です。ふてえ野郎を誰ひとりとしてお嬢に近づけさせない、最強の忠犬ですぜ」

「……」


 お嬢の返事が途切れたので、俺は彼女の顔をのぞき込んだ。


「……お嬢?」

「その物語に出てくる人たち……きっとみんな、かわいくて良い子なんだろうなあ」


 お嬢は俺の方へ顔を向ける。


「それでね。狼さんは秘隙さんなの」

「そうですね。俺はお嬢の『アラスカンマラミュート』ですから」

「ふふっ……。お城があって、魔法があって、秘隙さんもいて……本当に、そんな世界で自由に冒険できたら、な……」


 そう呟く声に、力はない。俺は唇をぐっと噛んだ。

 

「さっき出てきた奴ら、俺が全員舎弟にしてお嬢の元にせ参じます。皆でワイワイかまして、どこまでも自由に冒険しましょう」

「うん、そうだね」


 お嬢は笑った。

 それからお嬢は「眠くなっちゃった」と言った。呼吸が細くなっていく。

 俺は悔しかった。お嬢が背負ってきた理不尽を、今すぐポン刀日本刀でメッタ刺しにしてやりたい。


「ごふっ!?」


 唇を思い切り噛んだ瞬間、俺は血の塊を吐き出した。 

 畳の上には、すでに俺を中心に血の海ができている。よくぞここまで意識を保てたと俺は口角を引き上げた。


 俺の背中にはポン刀が突き刺さっている。カチこんできた野郎どもは排除したが、不覚を取ってしまったのだ。

 痛みはもはや感じない。


「ちっ……昔は『狂犬』と言われて怖れられた俺も、最期はあっけねえモンだな」


 お嬢の顔を見る。

 もう、彼女が血の臭いに反応することもない。

 お嬢は家のため犠牲となった。こんな姿になり果てたお嬢に、最期くらい広い世界を見せてやりたかった。

 視界がぼやける。

 死ぬ間際、俺は呟いた。


「俺は、生まれ変わってもお嬢を守ります」


 そして、俺は事切れた。





 ――事切れたはずだった。

 せせらぎの音で、俺は意識を取り戻す。

 身体に違和感。背中の痛みも異物感もない。だが、手足の感覚がおかしい。自分のものじゃないみたいな。


 俺は慎重に目を開けた。池が見えた。

 透き通っていだ水の表面に、が映っている。


「昔、お嬢が飼いたいと言っていたアラスカンマラミュートの子犬に似てるなあ――ん??」


 子犬イッヌが喋った???

 いや違う。

 水面に映った、この小さくも凜々しいイッヌの口の動きと俺の台詞がリンクしていて――。

 

 つまり――イッヌ=俺。


「な、なんじゃこりゃああああぁぁっ!!?!?」


 俺、ヤクザ。

 転生したらイッヌになってた。







◆1話あとがき◆


お嬢を守ってきた心優しきヤクザ、可愛い神獣イッヌに転生しました。

ヒスキにはどんな力が隠されているのか?

それは次のエピソードで。


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