第49話 出来レース
49 出来レース
「困った事になったな」
と、穏健派の長であるシトラス・ラッチェは目を細める。
カナデ、いや、ギッチェ・フロンを起訴する事になった、アリエラ・ミラは彼に同意した。
「そうですね。
これでは穏健派がギッチェ・フロンに、宰相の暗殺を実行させたと言っている様な物です。
少なくとも、民衆は普通にそう勘ぐるでしょう。
彼等にとっては、この際事実などどうでもいいのです。
ただ自分達が楽しめる様に、事実を脚色したがる。
民衆が〝フロン=穏健派の暗殺者〟と考えるのは自明の理です。
その末に、民意が穏健派から離れる可能性さえある」
「………」
だからこそ、穏健派は困った事になる。
シトラスの表情は、雄弁にその事を物語っていた。
だが、アリエラは常の様に冷静だった。
「けど、だからこそ私達は、断固とした姿勢を見せる必要があるのです。
宰相を殺害したギッチェ・フロンを公開処刑に処し、穏健派とは無関係である事を示す。
或いは焼け石に水という事にもなりかねませんが、フロンを擁護するよりはマシでしょう。
私達はどうあっても、彼女に死んでもらわなければならない」
「………」
シトラスもその事は、大いに分かっていた。
彼が懸念した事は、別にある。
人格者で知られるシトラスは、言わなくてもいい事を言ってしまう。
「……例えそれが、私達にとっての恩人であっても?
恐らく全ての準備を整えてくれたのは、そのギッチェ・フロン氏だ。
彼女は私達の為に宰相を暗殺し、軍を穏健派につかせた。
機密情報を横流しして、我々が有利になる様に図ってくれた。
だとしたら、彼女こそがこの一件の大功労者と言えるだろう。
私達はそんな彼女を、自分達の利益の為に殺さなければならない?」
「………」
ハッキリその事を明言された時、アリエラでさえ言葉を濁す。
いや、それでも彼女は毅然であろうと頑張った。
「はい。
それでも私達は――ギッチェ・フロンを処刑しなければなりません。
民意を得る為には、それ以外方法はないのです。
……彼女自身がその事を望む以上、私達は彼女の決意に甘えるしかないでしょう」
「………」
いや、実際の所、シトラスも既に意を決している。
時に政治とは、実に残酷な結果をもたらす。
シトラス・ラッチェもその事は、大いに心得ていた。
「では、せめて彼女を丁重に扱う様に。
彼女の家族に対しては、よくしてやって欲しい」
「いえ、フロンは天涯孤独との事。
私達に出来る事は、前者のみという事になります」
「そう、か」
執務室で座するシトラスは、大きく息を吐く。
帝国の全権を得たにも関わらず、自分は一人の少女の命も救えない。
その事実を心底から嗤いながら――シトラス・ラッチェは決断を下した。
◇
やがて、形だけの裁判が始まった。
既にギッチェ・フロンが、有罪である事は決定している。
ただ穏健派が公明正大である事を示す為だけに、この裁判は行われた。
その事を心得ているギッチェは、弁護士さえつけなかった。
彼女は全ての罪を認め、法的機関の判断に全てを委ねると公言する。
ただ、彼女は最後にこう主張するのみだ。
「私の望みは、それ程大それた物だとは思いません。
私はただ、侵略が無い世界が望ましい。
各国の独立した体制と、共存共栄こそが私の望む世界の在り方です。
侵略に及べば、侵略する国もされる国も、悪戯に自国を疲弊させるだけ。
敵味方共に大勢の人々が死に、多くの不幸を振りまく事になるでしょう。
私はそれが如何に哀しい事か、よく心得ているつもりです。
大罪を犯した私が何を言っても、只の綺麗ごとに過ぎない事はよく分かっています。
ですが私はそれでも――今日よりよりよい明日が欲しい。
それを成せるのは、各国の自治権を尊重し共存共栄を模索する事だけだと、愚考いたしています」
非公開で行われたこの裁判は、だからゴヴァック以外の傍聴人はいない。
それでも裁判記録に、彼女の発言は残る。
その意味を知っている彼女は、ただ遺言を残すだけだ。
誰も争わない世界と、その世界の在り方を、彼女は曖昧ながら示した。
いや、ギッチェ・フロンはもう――そんな事しか出来なかった。
◇
やがて、判決が言い渡される時が来た。
いや、前述通り、この裁判はただの出来レースだ。
まだ基盤が弱く、民意を気にする穏健派は果断を以って彼女を遇する他ない。
「ギッチェ・フロンを――極刑に処す」
そう宣告する裁判長も、概ねの事は察している。
ギッチェが穏健派の為に力を尽くしてくれた事は、理解していた。
それでもギッチェに死刑宣言をしなければならない彼も、やはり悲痛な想いなのだろう。
彼の声は僅かに震えていて、気を抜いただけで俯きそうになる。
逆に今も泰然としているギッチェは、ただ頷くだけだ。
この日ギッチェ・フロンの処刑は決まって、ゴヴァック・ローはその様を見届ける。
こうなる事は既に予想済みだったゴヴァックは――ただ眉根を歪めるしかなかった。
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