第3話転生
参った。俺は嘆息した。
如何に最終選考での落選が堪えたからと言って、自分で作った作品のキャラクターたちの夢を見るとは。
俺は右手で額を覆い、あまりの情けなさに笑ってしまった。
「ハハッ、お前、マジで三津島クロエ? マジか」
「な……何よ突然? 何喜んでんのよ?」
「いや、思ってた以上に美少女だなぁ、って思ってさ」
「なっ――!?」
その言葉に、三津島クロエの顔が紅潮した。
「な、なにを言い出すのよ突然!? 急にどうしたの!?」
「いやしかし、これはすげぇ。この爆乳、顔つき、髪の色……マジで美少女だな。受賞してイラストレーターさんに表紙描いてもらったらまさにこんな感じだったんだろうなぁ……」
そう、夢の中とはいえ、眼の前にいる我がヒロインは、それはそれは圧倒されるような容姿の少女だったのだ。
俺が再びジロジロと無遠慮に三津島クロエの半裸体を眺めて笑うと、三津島クロエは少し赤面し、「な、何よ……! そんなエロい目で見んな!」などとボヤきながら、毛布で自分の体を覆った。
はーあ、と俺は大きく大きくため息を吐いた。
「こんないい女、言い寄ってくる男なんかたくさんいるだろうにねぇ……全く、主人公である八百原君は救いがたく愚か者だよな。――何せこんないい女を最終的に手酷くフるってんだから」
俺の一言に、ピクッ、と、三津島クロエの表情が強張った。
「な、何――? あ、アンタ、今なんて言ったの!?」
「お前は最終的に八百原那由太にフられるって言ったの。お前、近いうちに負けヒロインになるぞ」
受賞を逃した落胆と、その落胆から妙な夢を見ている己への苛立ちから、俺は滅多になく露悪的な気分になっていた。
はぁ!? と不満げに声を上げた三津島クロエに、俺は意地悪な笑みで答えた。
「なっ、なんでそんなことアンタにわかるのよ!? 知ったようなこと言って! アンタなんかに私の何がわかるって――!」
「三津島クロエ、十七歳。私立青藍学園高等部二年A組、出席番号二十三番。本名は三津島・クロエ・
俺がつらつらと
「身長百六十五センチ、体重五十七キログラム、スリーサイズは上から九十五センチのHカップ、五十九センチ、九十センチ。乙女座のA型で動物占いでは黒豹タイプ、趣味はスタバの新作漁りとインスタグラムの更新。好きな食べ物は甘いもの全般で嫌いなものは辛いもの全般。右乳の胸元に二個並んだほくろアリ。八百原那由太を好きになったきっかけはタチの悪いナンパに絡まれた時にアイツが泥だらけになって助けてくれたこと。とどめに、お前がここに来たのは放課後、アイツがお前を庇って野球部の流れ弾に当たって保健室に運ばれたから……今俺が言った中に一個でも間違いがあるか?」
俺の言葉に、三津島クロエが明らかにゾッとした表情で身を固くした。
そう、それは俺が自作『シュレディンガーのラブコメ』に書き記したイベントで、その後保健室のベッドの上で主人公である八百原那由太が三津島クロエに迫られる内容も俺が書いたものだ。
そして今語ったデータはすべて、俺があの大学ノートに細かく設定していた三津島クロエというキャラクターの詳細な設定である。覚えていないはずがなかった。
「な――何よ、アンタ……な、なんでそんなことまで知って……!?」
「当たり前だろ、誰がお前ら創ったと思ってんだ? とにかく、お前は八百原那由太には選ばれない。アイツは別のヒロインと結ばれる。残念だったな」
「そっ、それってどういう意味よ!? まだ勝負は終わってない! 絶対に私は八百原をオトしてみせる! それに私は一葉さんよりも二階堂さんよりも、私はアイツの親友として一歩リードしてて……!」
「それも違う。八百原那由太ってさ、昔結婚の約束した幼馴染がいたって話は聞いてるよな? アレ、一葉深雪のことだぞ」
俺が物凄いネタバレをぶつけると、サーッと三津島クロエの顔が青褪めた。
そう、このハーレムラブコメの根幹である、主人公の初恋の人。
主人公は幼い頃、顔も名前も覚えていない少女と出会い、互いに惹かれ合い、将来の結婚の約束をした。
このハーレムラブコメはその「運命の誰か」が誰なのか、主人公が思い出すまでの物語なのである。
「そ、んな……! あ、あの、八百原が言ってた初恋の人が、一葉さん……!?」
「おっと、こんなんで驚いてるなよ。まだある。……二階堂
ぎょっ、と、三津島クロエが目を見開いた。
「は、はぁ……!? 義妹!? そっ、それマジなの!? 今時義妹とかどこのラブコメ小説よ!?」
「そりゃマジでラブコメ小説なんだから仕方ないわな。二階堂奏と八百原那由太は両親の再婚で、今年の夏から義兄妹になった……どうだ、知らなかっただろ?」
にひひ、と意地悪に笑った俺に、三津島クロエの顔が一層青褪め、三津島クロエは愕然とした表情で俯いてしまった。
「ウソでしょ……!? 一葉さんと二階堂さんが幼馴染と義妹とか!! 八百原のヤツ、そんなこと一言も言ってなかったじゃない……!」
「まぁ二階堂奏については事情が事情だからわからんでもないが、八百原はまだこの時点では初恋の幼馴染が一葉深雪だとは気がついていないぜ。まぁ、一葉深雪の方はとっくに気づいてるけどな。でもアイツってツンデレだろ? 素直になれない、ってヤツだ。まぁそういうわけで、お前はリードしてるどころか、今のところ二人のヒロインに大きく水を開けられていて……」
と、そこまで俺が説明したその瞬間、グスッ、と洟を啜る音がして、俺は口を閉じた。
三津島クロエが――涙を浮かべて震えていた。
ありったけの力で歯を食い縛り、拳を握り締めて、三津島クロエは吐き捨てるように言った。
「……何よそれ、知らなかったの私だけなの!? アイツだけじゃない、一葉さんも二階堂さんもそういう関係なら、八百原と何もないのは私だけじゃない! 一葉さんも二階堂さんも、今まで必死に色仕掛けして八百原に言い寄ってた私を影で笑ってたんだ……!」
あ……と、俺は自分の言ったことを反省した。
あ、あの、と話しかけようとしたのを、三津島クロエは拒否するように首を振った。
「信じられない……! 八百原のヤツ、あの人たちとそんな仲になってるのに、私にだけは今まであんな優柔不断な態度取り続けてたんだ……! マジ最ッ低! こんな色仕掛けまでして迫ってた私がバカみたいじゃないの……!!」
ああ、しまった、三津島クロエは――こういう人なのだった。
奔放で、快活で、あけすけで、元気いっぱいで――そして何よりも、努力家なのだ。
その努力をフルスイングでぶち壊しにしてしまった俺は、ごほん、と咳払いをひとつして、涙に震える三津島クロエに話しかけた。
「あ――悪かったよ、三津島クロエ。そんな落ち込むな、な? これでも俺はちゃんとお前の努力を見てるんだぞ」
「は、はぁ――!? さっきから思ってたけど、アンタは一体何様のつもりなの!? 何よその上から目線!?」
「とっ、とにかく、お前が八百原とくっつく可能性は無……いや、限りなく低いんだけどな? その代わり、お前には最後の最後にいい出会いがあるんだよ」
いい出会いって? ぐすっ、と洟を啜った三津島クロエに、俺は静かに告げた。
「お前はおそらく、二年の最後、告白した八百原那由太にフられる。でもすぐに別の男から告白され、お前はそれを受け入れるんだよ。今は辛くとも、お前はすぐに誰もが羨む幸せなカップルになれる。だから元気出せ、な?」
「な、何よ。アンタ予言者かなんかなの? だ、第一、私が誰と付き合うって?」
なんだか原作者としてヒロインの一人に今後のネタバレをしてしまうのは如何なものかなとも思ったが、どうせこれは夢なのだ。
ついつい酷いネタバレをぶつけて泣かせてしまったのを詫びるつもりで、俺は三津島クロエに向かって、重大なネタバレを口にした。
「ホラ、アイツだよアイツ。八百原那由太の親友の、
――励ますつもりで、慰めるつもりで言ったのに。
俺が零宮零二の名前を出したその瞬間、ぶわぁっと三津島クロエの白い頬が紅潮した。
「あ、アンタ――自分が何言ってるかわかってんの!? 本当に頭イカれたんじゃないの!?」
「なんだよ、お似合いのカップルじゃないか。零宮零二は学園で常に五本の指に入る成績を誇る秀才、それなのに性格も顔も面倒見も良くて、穏やかで温厚。まさに完璧なスーパーダーリンじゃねぇかよ、アイツ」
「あ、あのね、ちょ、ちょっと本気で、意味がわからない! な、なんなのアンタ!? 本当に頭大丈夫なの!?」
「まぁ聞け。アイツは八百原にひたむきにアタックし続けるお前を見てるうちに、お前に惹かれちまうんだよ。でもアイツは友人思いの男だからな。今はお前が八百原那由太にゾッコンなのを見てるから、自分の思いに必死になって蓋をしてるんだ」
うんうん、この辺りの展開は個人的には上手くやれたと思う、落選したけど。
俺は腕を組んで頷いた。
「でもようやくお前が八百原那由太にフラれたのを知って、アイツは思い切ってお前にアタックするんだ。お前はしばらく返答を迷うけど――結局、零宮零二の思いを受け入れる。それでようやく二人は結ばれる……それが、お前が今してる恋の結末だ」
そう、それは俺が三津島クロエというキャラクターに対して用意した、幸せな結末。
三津島クロエは作中で唯一、八百原那由太にフラれた後、主人公ではないキャラと幸せになるキャラクターなのだ。
「だから、な? そんな気を落とすな。まだ八百原那由太に関しても可能性がないわけじゃない。ただ現時点ではそうなる可能性は低いってだけだ。それに、もしそれがダメでもお前には零宮零二という男が――」
「もっ、もうその話はいい! なんなのアンタ!? 私が八百原にフラれるからってすり寄って慰めて私とくっつこうって!? 仮にそういう算段だとしても、なっ、なんでそれ今私に全部言うの!?」
「はぁ――? 何? なんで俺がお前とくっつくんだよ? 俺じゃねぇよ、相手は零宮零二だって……」
「だっ、だから――!」
その瞬間、三津島クロエは俺をまっすぐに指差し。
真っ赤に色づいた顔で、怒鳴った。
「ぜっ、零宮零二って……アンタのことじゃないの!」
――は?
俺は一瞬、言われた意味がわからず、首を傾げてしまった。
「え……ちょ、何言ってんのお前? 零宮零二? 俺が?」
「そうよ! 何考えてんの!? 何を自分のことを他人の話みたいに喋ってんのよ! 本気で病院行きなさいよ! 絶対変よ、今のアンタはッ!!」
――そのときの三津島クロエの言葉もその表情も、とても冗談を言っている雰囲気ではなかった。
一瞬、俺はぐるぐると物凄い勢いで何かを考え――やおらベッドの上から飛び降り、部屋の壁にあった鏡を覗き込んだ。
覗き込んで――愕然とした。
そこにあったのは、理知的で、端正な顔立ちの青年の顔。
育ちの良さを感じさせる真っ直ぐな瞳。
如何にも主人公の親友キャラと言えそうな、人に敵意を感じさせない優しい雰囲気。
そしてこのキャラ最大の特徴として用意した――銀縁の眼鏡は。
「ッ――!?」
俺は声にならない悲鳴を上げ、鏡の中の「自分」を凝視した。
間違いない。
鏡の中の自分の顔――それは俺が想像していた主人公の親友・零宮零二の顔、そっくりそのものだ。
◆
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