惜別

 完全に傷が塞がったカリスは起き上がって周囲を見渡す。


 更地にいるのは自分と傍にいるリアニのみだった。


 「チッ……逃げたか……」


 「あれ……? お姉さんいつの間にいなくなってる……」


 彼女は恐らくミルクヴァットから離れ、また別の場所に隠れるだろう。


 問題はリアニがこれからどうするのかだ。


 カリスはあの町で激しくストラを糾弾したため、あの町に受け入れられることは無いだろう。


 中にはストラを神のように崇めている奴もいるようだった。


 そういった連中は何をしでかすか分からない。


 自分は彼女についていることができないのだ。


 一方でリアニを一人にさせることもできない。


 いくら母親譲りのしっかりものであっても、彼女はまだ十歳の子供なのである。


 とはいえ彼女と母親を傷つけた自分が一緒にいるべきなのだろうか……。


 カリスはあごに手を置いてどうすべきなのか考える。


 「お姉ちゃんはさ……どういう人を手にかけているの……?」


 その顔は暗く沈み、俯きながら答える。


 「ん? あぁ……あんまり命令のことは言うなって言われてるんだけど……まあリアニちゃんならいっか。私が殺すのはメフィスが接触した人間すべて。残酷な手だけど、これしか方法が無いの……」


 「これしか方法が無いって……どういうこと?」


 「リアニちゃんはもしかしたら気づいてないかもしれないけど、メフィスは他人と接触したときに、自分の魔力をほんの少し分け与えるの。ほんとに気付かない程度ね。これの何が問題なのか。それはもしメフィスを捕らえて処刑できたとする。でも彼女はみんなに分け与えた魔力をもとにして何度でも蘇ることができるの。まるでエンデみたいにね」


 肝が冷えて鳥肌が立つ。


 そのような御業を成したとして、果たしてそれは私たちと同じ人と呼べるのだろうか?


 人の形をした化け物……今回の事態を引き起こしたエンデそっくりではないか。


 「その魔力って使うことはできないの……?」


 「できるよ。ただ全員が全員魔力を扱う才能があるわけじゃない。ある人にはその魔力を使い切ってもらって、無い人には悪いけど死んでもらうほかない……」


 その時リアニは村での出来事を思い出す。


 あの時カリスはエンデを従えて村を襲った。


 しかし皆殺しにしたわけではなく、何人かは大きな怪我をしただけの者がいた。


 その者たちは魔力を行使できる者たちで、魔力を使い切らせるために、敢えて大きなけがにとどめていたのだろう。




 その後二人の間に沈黙が流れる――。


 先に口を開いたのはリアニだった。


 「あのさ……お姉ちゃんはこれからどうするの……?」


 「ん~……師匠には逃げられちゃったし……今からミルクヴァットを潰す気力もないしね……一旦お家にでも帰ろうかな……」


 「お家って……?」


 「北の大地ルーメン、そこで私とお父さん、お母さんと一緒に暮らしてた。三人で住んでた家はつぶれちゃったんだけど、お父さんの秘密基地はまだ残っているんだ。今はそこを家にしてる。……まあほとんど帰ったためしがないんだけどね」


 ルーメンはフェリステアの北西にある比較的小さな大陸で、年中その地は雪で覆われている。


 気温もかなり引くく、毎日のように吹雪く、劣悪な環境であるため、住んでいる人の数は世界で最も少ないと言われている。


 ルーメン人口の大半を占めるのはスワヴォータという部族。


 祭司と呼ばれる人を中心に呪術や霊魂魔法を使い、非常に排他的な部族であり、彼らに取り入ろうとして近づいたものは追い出されたのがほとんど。


 稀にさらわれ、その後の行方は全く分からなくなる場合もある。


 彼らは固有の言語形態を築き上げており、言葉を理解するには現状まだまだ研究不足である。


 彼らは藁や動物の毛皮を主に身に着けている。


 「そうなんだ……んん……どうしようかな……」


 「どこか行きたいところでもあるの?」


 「エルちゃんが言ってた学校に行ってみたいって思ってたんだけど……」


 「学校……この近くの学校だと……あの街か」


 「知ってるの!?」


 リアニは目をキラキラとさせてカリスを見つめる。


 「あぁ……知ってるっちゃ知ってるけど……あそこはなぁ……」


 言い淀むカリスを急かすとため息をつきながら話し始めた。


 「あの街、セレネは貴族の街でこの辺りで一番行きたくない街、堂々の一位なの……。それ以外にはこの周辺に学校はないはずだから……行きたいって言うならそこに行くことになるけど……?」


 月明かりに照らされる街セレネ。ゴスミアの湖周辺で一番発展していると言っても過言ではないほどのもので、街の様式や住んでいる人の気品まで、全ての格が違う。


 外から移ってきた者はゴミと同然といった風に扱われ、この残酷な世界の中であるにも関わらず、スワヴォータ以上に排他的な街である。


 街中には貴族と呼ばれるいわゆる大金持ちが住んでおり、彼らが歩く道はすぐに開け、彼らが欲しいといった物はすぐに差し上げなければならない。非常にこ・の・世・界・ら・し・く・な・い・街・である。


 そこにある学校で学べるものは多岐に渡り、読み書きはできて当然、数字に関する学問、この世界の歴史や文化を探究する学問、魔法を学ぶ学問、兵法について学ぶ学問などなど希望次第で何でも学べる。


 「聞こえはいいんだけど……教えられる情報が古・臭・い・というか……学ぶ魔法は甘・っ・ち・ょ・ろ・い・というか……まだメフィスに教わった方が詳しく知れるね。もう嫌だけど」


 「えぇ~……そう聞いたらなんだか行きたくなくなってきた……」


 リアニは露骨に残念がる。


 本人的にはミシェルに会うついでで勉強に励もうと思っていたのだが、いくらミシェルに会えたとて、勉強が面白くないんじゃ続けられない。


 さらに街の雰囲気も重苦しくそこで何年も暮らすだなんて想像もできない。


 「一度エルちゃんに相談したいなぁ……」


 「じゃあ一旦あの町に戻る? 私は……なんか適当に変装するから大丈夫……だと思う」


 そう言うとカリスはクロニスに限りなく似た別人に顔と声を変え、装いもそれっぽく変化させる。


 「リアニちゃんの魔力凄いね。自分の物みたいに馴染む。さっすが私の妹!」


 「その声で妹って呼ぶのやめてよ。っていうかなんでお父さんなの……?」


 「リアニを安心させるため……かな」


 「フフッ……わけわかんない……」


 そうして二人はミルクヴァットの町まで魔力で飛んでいく。


 道中下を見ると、何ヶ所かあの天気のせいで荒れたところがあった。


 その様子を見たカリスは、改めてリアニの魔力の異質さを再認識する。




 ミルクヴァットの町の正門に付いた二人は、開いたままの正門から覗く町の中の様子が、全く変わっていないことに驚く。


 カリスは上を見上げると、そのからくりに気づく。


 町全体には覆いかぶさるように魔力壁が張られており、荒れ狂った天候の影響を抑えていたのだ。


 それに気にせず進むリアニの後を追ってカリスも町の中へ入る。


 大通り右手にある飲食店に迷わず入ると、リアニはいきなり抱きつかれた。


 「うわっぶ……!ど、どうしたの……エルちゃん」


 「どうしたもこうしたもないよ! しんぱいだったんだからぁ~……!」


 抱き着いてきたのはミシェルだった。


 彼女は泣きながらリアニが無事に戻ってきたことに安心していた。


 「ごめんごめん、それで帰ってきていきなりなんだけどさ、エルちゃんが行きたいって言ってた学校って、セレネにある学校であってる?」


 「ひっぐ……うん、そうだよ。私だけ向こうにお引越しするの。それがどうかしたの?」


 「それがね、お父さんが迎えに来てくれて、悪い魔女を追い払ってくれたの。それで一緒に帰ることになったからいけなくなっちゃった……」


 ミシェルはショックのあまり膝から崩れ落ちる。


 「え~っと、君がミシェルちゃんだね。僕のリアニが本当にお世話になったね、ありがとう。一緒に学校へ通わせることができなくて申し訳ない。そこで君にこの紙とペンを送らせてほしい」


 ミシェルはカリスから紙とペンを受け取る。


 見た目はごく普通のもので、ペンが少し値が張りそうなものという以外には何も特別なところはない。


 「僕は魔法を道具に込めた魔法具というものを研究していてね、それはこの前完成した”思った相手に届く手紙トラデンタ”という魔法具なんだ。これの使い方は簡単。手紙を書くときにその相手を考えながら書いて、書き終わったらこの封筒に入れればこれが飛んで行って相手に届くんだ」


 「えぇ~! リアニちゃんのお父さんってすごいんだね! 分かった! 一緒に学校にいけないのは残念だけど……これでリアニちゃんにいっぱいお手紙書くね!」


 「うん! 楽しみに待ってる」


 それだけ伝えに来た二人はすぐに店を出る。


 ミシェルは前のように「えぇ~! もう行っちゃうの?」と駄々をこねる。


 「大丈夫。絶対また会えるから、ね?」


 リアニはあの天国で別れたクロニスのように、涙は見せずに堂々と別れの挨拶をする。


 町を出うため歩いていると、後ろから大きな声で呼ばれる。


 振り返ってみるとミシェルが大きく手を振っていた。


 「またね~! リアニちゃ~ん! 今度、絶対に、会いに来てね~!」


 「うん! 約束だよ! エルちゃ~ん! ばいば~い!」

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