友達
リアニは用意されたハンバーグをぺろりと平らげた。
昨日の初めて食べたビーフシチューにもとても満足していたのだが、今日のハンバーグはそれを超える満足感を味わうことができた。
少し休んでいると、キッチンからものすごい勢いで女の子の影が現れ、気づけばその子は二人の目の前にいた。
「ストラ様にリアニちゃ~ん!! 今日も来てくれたんだね! どうだった? ハンバーグおいしかった?」
あまりの勢いに二人は少し引き気味になってしまうも、リアニはまたミシェルに会えたことが嬉しくて、少し気恥ずかしくりなりながら返事をする。
「うん。すごくおいしかった。ありがとう、エルちゃん」
「はわぁ~……! よかった! そう言ってくれて私も嬉しいよ! あっ、二人ともこの時間に来てくれたってことはさ! 今日はいっぱいお喋りしてもいいってことだよね!」
ミシェルは、昼の営業を終了させて店内を片付け、夜の営業へ向けて準備する二人に許可を得てると、リアニの隣に座る。
「えへへ……今日はいっぱいリアニちゃんとお喋りできるぅ!」
「わ、私も嬉しい……!」
リアニは急に距離を詰めてきたミシェルに恥ずかしがりながらニコッと笑って見せる。
「あっ……むり。リアニちゃんかわいすぎる……。今日はリアニちゃんにいっぱい聞きたいことあるんだ」
「えっと……うん、いいよ。何でも聞いて」
ストラは、リアニが自分の前では見せないような初々しい表情をしながら、新しくできた友達と会話する様子をお茶を片手に、微笑みながら見守る。
「リアニちゃんはどこから来たの?」
「えと……私はフェリステアっていう、こことは違う場所からお姉さんに連れてきてもらったの」
「ふぇりすてあ? よく知らないから多分すごい遠いとこから来たんだね! そこはどんなとこだったの?」
その質問を投げかけられた途端、リアニの表情には緊張が走り、笑顔が崩れかける。
しかし彼女はミシェルへ心配をかけさせまいと、懸命に笑顔を維持しながら、フェリステアがどんなところであったかを話し始める。
「えっと……ね、そこはこことは違って、何もない場所なの。外には、エンデって言う、化け物がいて、そいつらに見つからないように、隠れながら生活してたの。でも、そこにお姉さんが来てくれて、私たちに、魔法とここのことについて、教えてくれたの。それで……」
リアニは取り繕っているようだったが、段々とその皮が剥がれていき、最後にはその様子の変化は誰の目にも明らかに見えた。
ミシェルは未だに子供ながら、店の手伝いで多くの客の顔を見てきた。
その表情や言動、様子から、今相手が何を考えているかは、人並み以上にわかると自負している。
最初にリアニへ質問を投げかけた時、一瞬だけ彼女の顔がこわばった。
リアニはうまく誤魔化そうとしてくれていたが、ミシェルの目は誤魔化せなかった。
気づいてはいたが、止めることはできなかった。
リアニは自分へ一生懸命になって、辛い思いをした話を語ってくれたのだ。
しかし、続きを語ろうとする彼女の目には涙が溜まり始めていた。
「ごめんリアニちゃん! もういいよ……辛い話をさせちゃってごめんね……」
「いや、いいの。私こそ、ごめん。せっかく楽しくお話しようとしてくれてたのに……」
意図せず重い雰囲気になってしまったが、何とかリアニと楽しくお話をしたいと考えていたミシェルは話題を変える。
「えと……じゃあ……あっ! リアニちゃんはさ、学校とか興味ない?」
「がっこう……?」
「学校って言うのはね、私とかリアニちゃんぐらいの年の子供たちが集まって、一緒にお勉強をする場所なの! 私はそこにあと一か月ぐらいで入るんだけど、リアニちゃんも一緒に入らない?」
これはリアニの一存では決められないと思った彼女はストラの方を見る。
ストラはふと笑みを浮かべると「行ってみようか」と言ってくれた。
その言葉を聞いたリアニはミシェルの方へ向き「うん!」と頷く。
「ほんとっ! やったー! 一緒にお勉強頑張ろうね!」
ミシェルはあまりの嬉しさに、思わずリアニへ抱き着いてしまう。
「わわっ……! ……えへへ。私もエルちゃんと一緒に入れるようになって嬉しい」
二人は顔を合わせて微笑みあうと、その後もお互いについていろんなことを話し合った。
――不意にストラが立ち上がる。
「えぇ~……ストラ様、もう帰っちゃうの……?」
「いや、ちょっと出てくるだけ。すぐ戻ってくるから、二人でお話しててもいいよ」
そう言うとストラは荷物を置いたまま、そそくさと店を出ていく。
準備中と掲げられた看板のついた扉を閉じると、すぐ横にごく普通の格好をしたプルデンテの女性が立っていた。
「お邪魔してしまい申し訳ありません。急ぎストラ様のお耳に入れたいことがございまして……」
「ヴェルナーのとこの人ね。ここは人が多い、場所を変えましょう」
二人は人気のない路地裏に入り込むと、ヴェルナーからの使者は細心の注意を払い、ストラへの伝言を耳打ちする。
「……先ほど、お二人が入ってこられた扉の前の門番が、
その報告は、リアニとミシェルのやり取りに、どこか浮かれ気分だったストラを現実に引き戻すようなものだった。
「そのエンデはどこに?」
「その後の行方は分かりませんが、少なくとも町へは入ってきてはいないとのことです。ただその特殊な行動から、ヴェルナー様は恐らく例の奴だろうとおっしゃっていました」
「……わかった」
ストラは震えた声で返事をすると、使者はすぐに町の人混みの中へ消えていった。
報告を聞き終えたストラはしばらくその場で呆然とする。
(今朝あそこで感じた視線は……気のせいなんかじゃなかった……私は……彼を……見殺しに……)
ストラは路地裏で独り、顔に手を当て自分を責めた――。
*
ストラが出ていった後も二人の話が途切れることは全くなく、時間はあっという間に過ぎ、気づけばミシェルが手伝うことなく夜の営業の準備が終わってしまっていた。
仕込みを終えキッチンから出てくる二人を見て、両親をリアニへ紹介することを忘れていたことに気づく。
「そういえば、昨日お母さんはいなかったよね。お母さん、この子はリアニちゃん! ストラ様の大切な友達の子で、昨日初めてうちに来てくれたの! そして、私の大好きなお友達だよ!」
ミシェルが話した最後の言葉にリアニは思わず照れて赤くなってしまう。
彼女に母と呼ばれたその黒い髪の女性は二人の席まで椅子を持ってくると、そこへ座って二人の会話に交ざる。
「さっきの話は聞いてたからわかってるよ。こんにちは、リアニちゃん。私はエルの母のミランダって言います。昨日はエルが駄々こねちゃったみたいでごめんなさいね。一緒に学校に行くってお話だったみたいだし、仲良くしてやってくださいね」
丁寧に頭を下げる彼女を見て、リアニも慌てて頭を下げる。
一方で駄々をこねたことを言及されたミシェルは、その頬を膨らませていた。
「むぅ~……だっていっぱいお喋りしたかったもん。それでリアニちゃん、ずっとキッチンにいた人が私のお父さん! 今日は私もずっとキッチンで料理を作るお手伝いをしてて、リアニちゃんとストラ様が来たのに気づけなかったの、ごめんね」
謝るミシェルにリアニは「気にしてないよ」と首を横に振ると、ミシェルの父はミランダの隣に同じように椅子を持ってきてそこに座る。
「こんにちは、リアニさん。僕はハンス。昨日に引き続き、今日も来てくれてありがとう。このお店を気に入ってくれたみたいで嬉しいよ。これからもエルとこのお店をよろしくね」
ミランダと同じように頭を下げるハンスに合わせて、リアニも頭を下げる。
――互いの紹介を終えた時、店の扉が開く。
中に入ってきたストラは、出ていく前とはひどく様子が変わっていた――。
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