30.地下
「うーん……今すっごく泥臭い作業してるよね、僕ら」
秋葉原。
蒼く差す脆弱な日差しの下、互いに屈みこみ道路のグレーチングからネジを外す作業中。
俺の目の前のヘプタが眼鏡の位置を直しつつ小さく溜息をつく。
下ばかり向いていると眼鏡が落ちてきて不便そうだ。
「ドライバーを調達する段階から既にそうだっただろう、今更だ」
網目の奥、濃密な闇の中に佇む煤けた石階段を見下ろしながら彼に対してにべもなくそう告げる。
そうしつつも、時折視線を外して周囲を見渡す。
ヘプタの方も同様に周囲に対して警戒を行っていた。
今は配信もしているし、玻璃蜘蛛が出ることを警戒しての行動なのだが――未だガードレールの向こうの大通りや周辺の店舗内に奴が現れる気配はない。
「うーん、せっかくミミックの猛特訓したのにね。案外出ないものだなぁ……いつまで光の柱が残ってるかわからないし、早く決着をつけたいんだけど」
この一週間弱で俺とヘプタは伴さんの指導のもと、カメラの起動方法をはじめいくつかのアプリの練習を積んだ。
伴さんの教え方が上手いのもあり普通に操作できるほどには上達しているのだが、訓練を積んだ上でも
一瞬のうちにカメラを起動し、呪われるまでのごく僅かな時間に相手を画面におさめ撮影する。
呪われるまでとは言うが、相手は何一つ準備もせずアヤコやカイルの方を向くだけで撮影しているように思えた。
動き自体は鈍かったものの、必要な動作が圧倒的に少ない。
遭遇した場合、時間の余裕は二秒もないのではないだろうか。
最悪の想像が浮かぶが、今日に至るまで何度もしてきたことだ。
どんな結果になろうと全力で挑むという覚悟は既にできている。
――そんな事を考えつつスマホを持ったその瞬間だった。
ふと、真っ黒だったはずの画面にライトが灯る。
眉間に皺を寄せて表示された画面を一目見るなり、更にその皺を深めることになった。
『クロウ殿ヘプタ殿がんばれ♡ 推ししか勝たん♡』
ポップかつカラフルな字体が書かれたうちわの画像。
――が、アイコンに設定された伴さんからの通信。
迷わずその下にある赤い切断ボタンで通話を切った。
「伴さん、流石にタイミングは考えてくれ」
「この画像うちわ? どうしたのコレ」
ヘプタの方にも通話がかかっていたらしく、両者ともそれぞれの呆れ顔で言葉を発していた。
『AIイラストアプリで拙者が作り上げたでござるよ。ちょうど自殺実況チャンネルより少し前に色々出始めた代物でござるが、昔と違って非常に精度の良い画像を作ってくれるでござるから便利でござる』
彼から貸してもらったミミックにも件のAIイラストアプリは入っていたため、おそらく一週間前に作ったか今伴さんが使っているだろうパソコン――に似た機器に同じアプリが入っているのだろう。
まあ気は抜けるが心から応援してくれてはいるので怒りは湧いてこない――と思ったところで、ついにグレーチングが外れる。
網状のそれが外れただけなので思い込みなのだろうが、吹き出てきた冷たい風に肌を撫でられた気がして微かに身震いしてしまう。
蓋を取り払ってもなお、地下へ続く階段はひどく暗く不気味に見えた。
「……やっとか。ここから先は生前の
対面に視線を送れば相手が頷く――と思ったのだが、ヘプタは既にブラウニーのライトを点灯させ地下階段を降り始めていた。
「……は!? おいヘプタ……」
「心の準備なんてしてたら変に怖気づいちゃうかもしれないじゃないか。……それじゃあお先にね、クロウ君」
既にミミックもライトも手中にあるため、ヘプタの言う通り準備するものは心だけだ。
俺に発破をかけてくれたのか、先に行って安心させてくれようとしたのか。
それとも自身の微かな震えを抑え込むためか――あるいは、その全てか。
いずれにせよ、このまま一人で行かせるわけにもいかない。
俺もすぐその後に続き、古い石段を下っていく。
階段そのものも狭く小さく足場が非常に悪いが、少し進めばすぐに太い角材や格子に似た何かがいくつか眼前を遮っていた。
『どうもそれらは浸水防止用の装置らしいでござるなぁ。流石に拙者も立ち入ったことがないので具体的な事はわからぬでござるが』
「浸水って電奇館の方にも被害があった神田川氾濫の?」
『一応駅廃止後に設置されたらしいでござるが、廃止自体が昭和初期でござるからな。少なくとも平成以前に設置されたものでござろうから、それとは関係ないと思われるでござる』
跨いだり身を屈めたりと必死になる中、それらを器用に潜り抜けて見せたヘプタと伴さんの会話が耳に入ってくる。
件の装置自体は越えたものの、それ以降の階段も二人通るにもやっとといった幅しかなく通る間は閉塞感を感じさせられていた。
その後、太い支柱越しに線路に面したコンクリートの小部屋へと辿り着いた。
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