第13話『――遺言は、それで良いのね?』
魔術師ソフィアは怒っていた。
怒り狂っていた。
ドカドカと大きな足音を立てながら、オリヴィアの居る教会へと向かい、子供たちに恐れられながら中庭にいた魔王に怒りをぶつけた。
彼女が現れた時点で、エースブたちの周りにいた子供たちは皆避難しており、場の空気はさながら魔王対人類の決戦であった。
「コラ魔王!!」
「んおっ、突然なんだ。ビックリするではないか」
「何がビックリするだ。このクソガキがー!!」
座り込むペイナの太ももを枕にして、寝ころんでいたエースブは怒り狂うソフィアの叫び声を聞いて器用にも寝たまま飛び上がった。
しかし、その程度でソフィアの激情が消える訳もない。
彼女はそのまま寝ころんでいるエースブとペイナにグツグツと燃え滾る様な怒りを投げつけるのだった。
「あれから一ヵ月、なーーーーーんにも無いじゃないの!? どうなってんのよ!!」
「はぁ? 何のことだ? ペイナ」
「さぁ。人間の言う事はよく分かりませんわね」
「ふざけやがって、コイツ等は~~!! お前らが、言ったんでしょ! 次の魔王が来るって! 私はあれからお洒落もせず、素敵なオヤツも食べず、日夜どこかに魔王が現れるんじゃないかって探し回ったのに……!! 出ないじゃない!! どうなってんのよ!!」
「どうなってると言われてもな。我にもペイナにも出現は感知出来んよ。だからまぁ、恐怖を煽ったのは趣味だな」
「クスクス。あれから、ずっと頑張ってたんですか? そんなボロボロになって」
「そう言ってやるなペイナ。コヤツも一応勇者の仲間だった者だ。使命感があるんだろう。英雄の腰巾着としてのな!」
「ふふふ。いけませんわ。エースブ様。そんな事を言っては、この人間が可哀想ではありませんか。ちんちくりんで幼児体型の小娘が、必死に着飾るのを辞めてまで勇者ルークに見捨てられぬ様、這いまわっていたのですよ。クスクス。まるで害虫の様ですわね」
「ワッハッハ。そうかそうか! それは悪い事をしたな。うむ。では今度我が、豊胸体操でも教えてやろうか? ククク。まぁこれは情けだ。嬉しいだろう?」
魔王二人はケラケラと笑いながら、ソフィアを煽り続けた。
その結果……魔王よりも凶悪な何かが誕生する。
「――遺言は、それで良いのね?」
爆発的に高まった魔力が空気を振動させ、雲を散らし、空気中に電流を流し発光させる。
そしてソフィアが立っている地面では土が沸騰し、綺麗に整えられた草が一気に燃え上がり、灰となるのだった。
ただ、ここに居るだけで死を覚悟する様なプレッシャーと、空気が沸騰している様な息苦しさをソフィア以外の全員に与えるが、魔王二人は平然としたまま呑気にソフィアの本気を眺めているのだった。
「ふむ。では我が一人で相手をしてやろう」
「……」
寝ころんでいたエースブが立ち上がり、欠伸をしながらソフィアに一歩、二歩と近づいてニヤリと笑う。
そんなエースブにソフィアは無言のままソフィアの身長と同じくらいの大きな木で出来た杖をエースブに向けると、魔力を操り、極大の魔術をいきなりエースブに放つのだった。
しかし、エースブの体を十人は余裕で呑み込めそうな炎の魔術は、エースブに当たるよりも前に、まるで存在そのものが許されないとでも言うように、小さくなって消えてしまう。
「なっ! なんで……」
「ぶっ」
自分の魔術に絶対の自信があったソフィアは、杖を向けたまま呆然と立ち尽くしていた。
しかし、そんなソフィアにエースブは、悪戯が成功した子供の様に腹を抱えてゲラゲラと笑うのであった。
「ワッハッハ!! お主、ここがどこか忘れたのか? この我の魔術さえ封じ込めたオリヴィアの庭だぞ。当然、攻撃用魔術などは使えん! 子供同士でも魔術を使って怪我をしたら大変だからな! まぁ、教会で攻撃魔術を使う様な者は子供しかおらんから、こんな事をいちいちオリヴィアはお主に言わんかったんだろうが、まさか、まさか本当に使うとは!!」
「……っ」
「お主、体型だけでなく、中身までガキなのだな!! ワハハハ、へぶっ!!」
「エースブ様ぁ!!」
ゲラゲラと笑っていたエースブは、不意にその横っ面お大きな木の棒で殴られ、地面に転がった。
その勢いたるや、小さな子供と同じ体格とはいえ、地面に叩きつけられてもなお勢いが消えず、転がり続ける程であった。
そして、そんな魔王に更なる追撃がとぶ。
無論、それを行ったのは怒れるソフィアである。
「魔術が! 使えないって! 言うんなら!! こうやって! ぶん殴れば! 良いんでしょ!!」
ソフィアはエースブの体を捕まえると、そのまま馬乗りになり、上から殴りつける。
何度も、何度も。
何度殴っても怒りは消えないようで、その暴行は止まる事無くいつまでも続いた。
そのあまりにも凄惨な光景に、ペイナは両手で口を覆いながらあわあわと怯えているのだった。
「オラ! 何とか! 言って! みなさいよ!! 誰が! 何だって!?」
ソフィアは肩で息をしながら、立ち上がり、小さなエースブの胸倉を掴んで持ち上げる。
その姿は魔術師というよりは戦士のソレであったが、そんな事をこの狂戦士に言える者などいない。
「ほら魔王。何とか言ってみなさいよ」
エースブの体を揺らしながら、威力を最低まで抑えた水の魔術を使い、エースブの顔に当てた。
「あぶっ、やめっ、やめんか!」
「ふふ。どうやら攻撃じゃなかったら良いみたいね。水をいっぱい飲ませて上げましょうか? お腹パンパンになって破裂するくらい。それとも風の魔術で、高い高いしてあげましょうか? あの雲よりもずーっと高くまで上げて下ろしてあげるわよ? どうする? どっちがいーい?」
「ひ、ひぇ」
壮絶な顔で笑うソフィアに、エースブは何も言えず、ただ震えるばかりであった。
「あら。大変。エースブ君ってば、服が濡れてるじゃない。乾かしてあげるわ」
「おわっ、あつっ、あつい! やめっ、これは攻撃じゃないか! どう見ても!」
「何言ってるの? 服を乾かしてあげてるんじゃない。炎の魔術で囲んでさ」
「ぬわー!! あつい! あっつい!」
「あはは。面白い。あ、そうだ。踊りの練習に付きあってあげる」
ソフィアは地面にエースブを落とすと、地面を発火させ逃げ惑うエースブをその場所から逃げられない様にした。
そして、口元を歪めたまま嗤う。
「ほらほら、両足を上手く上げないと、燃えちゃうよー? 上手。上手」
「こんなもの! ここから逃げだして!」
「はい。風の魔術で炎を巻き上げて、ついでに魔王も囲んじゃおう」
「ぬわー!! 何という事をするのだ!! 本当に人間かお主は!」
「当たり前でしょ。こんなに可愛い私が人間じゃ無かったら、何だっていうのよ。そうでしょ?」
「フン。お主の様な人間が」
「はい。火力アップ」
「人間だ! お主は人間、どこからどう見ても人間だ! って、何で火力を上げてるのだ!!」
「可愛い? 私、可愛い?」
「可愛いです!! 世界で一番可愛いです!!」
「そ」
エースブを襲っていた魔術は全て解除され、エースブは両手を地面に付きながら、大粒の汗を地面に落とす。
まさに危機一髪であった。
「ゼェー。ゼェー」
「エースブ様!」
「ぺ、ペイナ。人間は恐ろし、い」
「エースブ様ぁぁああ!!」
ペイナの腕の中でエースブは力なく倒れ込んだ。
そしてその悲しみに叫び声を上げるペイナ。
こうして魔王エースブは魔術師ソフィアによって討たれるのであった。
「あぁ、そう言えばさっき面白い事言ってたわね。豊胸がどうのって。教えなさいよ」
「ひぇ」
魔王エースブは逃げ出した。
しかし、魔術師ソフィアからは逃げられない!!
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