第9話『そうであるならば、魔王を消し去る事は簡単です』
騎士レオンは魔王の呪いを聞いてからも、負けずにアディへのプレゼントを送った。
しかし、予定していたプロポーズをする様な気にはなれず、日ごろの感謝だと誤魔化してしまうのだった。
それをアディは複雑な顔で聞いていたが、不満そうな顔をしている魔王を見て、小さく息を吐き、その場を終わらせた。
何とも言えない状態である。
だが、そんな状態で居続ける事など出来るはずもなく、翌日レオンはアディと共にかつての仲間を呼び出した。
「それで、レオン。話っていうのは」
「……魔王の事だ」
レオンは集まったメンバーに早速、昨日魔王から聞いた話を伝える。
そして、勇者ルークや他のメンバーに意見を求めるのだった。
「ルークはどう思う? オリヴィアやソフィアも、気になる事があったら言って欲しい」
「まず、僕が気になるのはその話がどこまで信用できるのかっていう所なんだけど、オリヴィアとソフィアはどう思う?」
「私は真実だと思います。恐らくはレオンさんに語った事の全てが」
「うん。そうだね。私もオリヴィアと同意見かな。多分魔王は精霊とか神様と同じ様な存在なんだよ」
ソフィアの言葉に、ルークはすぐに思いついた疑問を口にする。
「精霊や神様と同じ?」
「そう。精霊とか神様ってね。人の信仰で強くなれたり、存在する事が出来るんだけど、多分魔王も同じなんじゃないかな。ただ、精霊とか神様が信仰を柱にしているのと違って、魔王は恐怖を柱にしてるんだよ。人間の恐怖。それが魔王が存在し続ける為の柱なんだと思う」
「……そんな事があり得るのか。想いだけで存在し続ける事が出来るだなんて」
レオンの様に心の底から湧き上がる恐怖を握り締めて、ルークはオリヴィアやソフィアに言葉を求めた。
そしてそれに応える様にオリヴィアが口を開く。
「ルークさんは時の女神様を御存知ですか?」
「うん。確か、西の果てにある小さな国の伝説だよね? 時を操る女神が時間を止めたり進めたり、戻したりして人々を助けたっていう」
「はい。その通りです。そして時の女神イリス様は、かつて女神となる前は幼い人間の少女であったと聞いております」
「っ! まさか。いや、だって、最初に時の女神が現れたのはアルマの奇跡と同じくらいの時代だよ? それが数百年も続くなんて……あり得ない。普通の人間がそんな長い時間を生きられる訳が無い」
「えぇ。だからこそ、彼女は信仰を集め、女神となったのです。そして今もなお、信仰だけで存在し続けている」
「……」
「そして身近な話であれば、アメリア様です」
オリヴィアの真剣な表情に、ルークは何も言わずただ耳を傾ける。
「アメリア様は世界をお救いになった後、多くの人の信仰を集め、精霊になられました。今までに存在していなかった光の精霊に。そしてその信仰が途切れぬ限り、永遠にアメリア様は光の精霊として世界を照らし続けるでしょう。永遠に」
「それと魔王は同じだと?」
「恐らくは。そしてこれでようやく一つの疑問に答えが出ました」
「疑問?」
「はい。魔王の中に、何故光の精霊……アメリア様の気配を感じたのかという疑問です」
オリヴィアの言葉に、すぐさま反応したソフィアはなるほどと頷きながら両手を叩いた。
「そうか。魔王はアメリア様が光の精霊として世界に生まれたから、生まれたんだ」
「その通りです。ソフィアさん」
「でもそうなると難しいな。魔王を滅する方法が無いよ」
「確かに……そうですね。ですが、アメリア様は常に私たちの道を照らして下さいました。これまでも、そしてこれからも。祈りましょう。祈る事で何かしらの答えが……」
両手を握り、祈り始めたオリヴィアをルークは必死に止める
「ちょ、ちょっと待って! オリヴィア。祈る前に、僕にも教えてよ。どういう事なのか」
「そうだな。俺も話に付いて行けない」
「私も」
オリヴィアとソフィア以外の全員が手を挙げ、説明を求めた。
そして、それを確認し、オリヴィアは改めて説明を行うのだった。
「魔王が誕生した切っ掛けは、おそらくアメリア様が行った闇の魔力の完全なる消滅です。あの時、私を含めた全ての人類がアメリア様を光の精霊に押し上げるほどに信仰し、その光に希望を見出しました。アルマ様の奇跡よりも前からずっと、私たちを脅かしていた闇の存在。そんな闇の存在がアメリア様によって完全に消滅したのです。この喜びは計り知れません。そして私たちはアメリア様の救済により、完全な光の世界で生きる喜びを手に入れ、アメリア様の加護さえあれば永遠にこの幸せが続くのだと信じる事が出来ました。しかし……この中で一人でも『もしも』を考えなかった人は居るでしょうか? もし、闇が再び復活したら? アメリア様の加護が消えたら? もし、この幸せが消えたら……と恐怖しなかった人は居るでしょうか? おそらくは居ません。そしてその恐怖を受け、この世界に生まれたのが」
「……魔王」
オリヴィアの言葉に呼応して、ほぼ無意識の内に呟いていたルークは、震える右手を握り締めて目を閉じた。
そう。ルークとて同じなのだ。
アメリアが世界を救済し、初めて闇から自分の身が離れていくのを感じた。
もう二度と闇の中に居なくても良いのだと信じる事が出来た。
そして、だからこそ闇に恐怖した。
その結果がこれという訳だ。
「ですが、そうであるならば、魔王を消し去る事は簡単です」
己の不甲斐なさを感じていたルークは、オリヴィアの強い言葉に思わず顔を上げる。
そして、唇を噛み締めながら、苦しそうに言葉を吐いたオリヴィアに目を見開いた。
「アメリア様の威光を、信仰を地に落とします。アメリア様のお陰で世界が救われたのではなく、アメリア様のせいで、魔王が生まれたのだと、私たちが広めるのです」
「オリヴィア!」
「必要なことです! アメリア様がここに居れば同じ事をしたはずです!! ご自分の事よりも、世界の事をと、常に考えておられました」
「だったら分かるでしょ!? アメリア様が、アメリア様を大好きなオリヴィアの気持ちを踏みにじって、そんな事をする訳が無いって! 何より、そんな事をしたら、自分自身を許せなくなるでしょ? 貴女は」
「それは、そうかもしれませんが、それでも、それが最も良い方法です」
「そんな訳あるか! 聖女オリヴィア! アンタは聖女アメリア様から聖女の名を受け継いだんでしょ! なら全員が幸せになる方法を選びなさい! それに聖女アメリア様なら例えどんな風になろうとも、最期の一瞬まで諦めなかったはずよ。それにね。貴女だけじゃないでしょ。アメリア様に救われた人は。この世界で、本当に多くの人がアメリア様に救われて、感謝して、前向きになれた。こんな世界でも生きたいと思えた。その想いを無視するつもりなの!?」
「……でも、他に方法は」
「いや、ある」
オリヴィアの嘆きに、誰よりも力強く応えたのは勇者ルークであった。
彼は魔王を倒そうと決意した時と同じ、強い眼差しで全員を見つめると、僅かに口元を緩めて笑う。
「みんな、英雄を辞める覚悟はあるかい?」
「……どういう意味だ」
「そのままの意味さ。僕は魔王という存在そのものを消そうと思う」
勇者ルークは意味ありげに笑い、そう皆に告げるのだった。
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