第6話『久しぶりだな。勇者よ。生きておったか』

人類の存亡をかけた戦い。


デルトラント王国をたった一体で滅ぼした魔王との決戦は、ルークという名の勇気ある青年と、彼の元に集まった三人の英雄の活躍により人類側の勝利となった。


人々は再び訪れた平和を喜び、強大な魔王に立ち向かうその勇気を讃え、勇気ある者、勇者という名をルークに授けた。


そして、ルークはその勇者という名に負けぬよう、今日も世界の平和の為に活動する。


今日の目的は、勇者ルークが魔王を倒した時、共に旅をした聖女オリヴィアの居る教会なのだが……。


「あれからどうだい? 魔王の様子は」


「特に問題はありませんよ」


「……どういう状態か見ていっても良いかな」


「えぇ。是非見ていって下さい」


勇者ルークの言葉に、聖女オリヴィアはいつも変わらない笑顔を浮かべながら頷いた。


その反応に、ルークは少しだけ緊張を解いたが、魔王を倒した時に使っていた剣を軽く握り、それがいつでも使える事を確認する。


いざという時は斬らねばならないという覚悟で。


そして、勇者ルークは衝撃的な光景を見る事になるのだった。




「ご本読んで」


「まて、イル。今我はちょっと忙しいのだ」


「読んで!」


「待てと言うておるのに。おい。セレス。まだこの茶会を続けるのか」


「当然じゃありませんの。ホホホ。それと、ワタクシの名前はセレスティア・マーティンシュルツと言いますの。覚えておいて下さる?」


「何がマーティンシュルツだ。妙な事を覚えおって。イザベラのアホガキには二度と来るなと言っておかねばな」


「まぁ、なんて乱暴な言葉遣いなのかしら。ホホホ」


「その妙に首が痒くなる様な言い方は何とかならんのか? むず痒いのだが!」


「ご本読んで」


「分かった。イル。しばし待て。セレス。そろそろ我はイルの相手をするぞ」


「もうー! もう少しくらい良いでしょー! イル。いい子で待ってなさい」


「うー! イル。待ってたもん! ずっと、待ってたもん! ほら! ご本!」


「分かった。分かったというに。髪を引っ張るでない! ほれ。イル。我が抱っこしてやろう」


「うん!」


「あー。もう! もうちょっとお茶会やりたかったのに」


「イルに本を読んでやったらまた相手してやる。少し待ってろ」


「はぁーい。もう、本当にまーくんってば小さい子が好きね」


「おい!!! 勘違いさせるような事を言うな!! 我はな!」


「うー!! ご本!!!」


「いだっだだだだ。抜ける。抜けるから。分かった。すぐに読むからな」


「まーくんは小さい女の子が好き~。小さければ小さい方が良いの~」


「おい!! セレス! 我の評判を! いだっ、分かった。分かったから。すぐに読んでやる。今日のお話はなんだ? ……またアホリアの話か。まぁ良いか。読んでやろう」


「む……。フンっ、だ。やっぱりまーくんってば小さい女の子の方が好きなんだね。シャーリーにも教えてあげよっ!」


「おい! くそ……セレンの奴め。言いたい放題言いおって」


子供と戯れながら……いや、子供に遊ばれている魔王を見ながらルークは無意識の内に剣から手を外していた。


そして、目の前の光景が理解出来ないとばかりにオリヴィアへ問う。


「い、今のが。魔王……? あれが、世界を恐怖に叩き落とした魔王なのか……?」


「えぇ。最近はすっかり子供たちに溶け込みまして。素晴らしいですね……ですがアメリア様を侮辱する事は許しがたい行為ですので、その辺りはまた『教育』しないといけませんが」


「そ、そう。無理はしないで」


「えぇ。分かっております」


どこかズレた会話をしながら、ルークは木の下で少女を抱きかかえながら本を読む魔王を見た。


どこからどう見ても、普通の子供にしか見えない。


しかも面倒見がいい兄という様な風貌だ。


それから少しの間見ていたが、魔王は少女に本を読んだ後、近づいてきた少年たちと勇者ごっこをして遊び、少女たちとお茶会ごっこをして遊んでいた。


あの姿を見て魔王だと信じる者は居ないだろう。




そんな魔王を見て、ルークは軽く息を吐いてから魔王に近づいて行くのだった。


「という訳で、アメリアは世界を救ったという訳だな」


「おー。ぱちぱちぱち」


「満足したか?」


「つぎ!」


「またか? もう読んだだろう? 我は少し疲れたのだが」


「あー! もう! まーくん! 動かないで! 崩れちゃうから!」


「そうですよ。魔王さん」


「お前たち……人の髪で遊ぶのは止めんか!」


「ぶー。良いじゃん。まーくんの髪ってばスッゴイ綺麗な黒色だしさ。長いし艶々だし。弄りがいがあるんだから」


「そうそう。美人さんにしてあげますよ」


「頼んでおらんわ!! む!!?」


「あっ、まーくん! 動かないでってば!」


「ご本!」


「貴様ら、少し待っていろ。客だ」


近づいてくるルークを見た魔王は、ギラギラと輝く瞳でルークを見据えると、その場に立ち上がった。


その瞳は、いつかの時戦った時と何も変わっていない。


好戦的で、自信に満ちた強者の目である。


ルークは無意識の内に剣へ手を伸ばしていた。


「久しぶりだな。勇者よ。生きておったか」


「君こそね。魔王」


「ふふん。我が滅びる訳無かろう」


威厳たっぷりに、腕を組みながらそう言い放つ魔王に、勇者ルークは戦う覚悟を決めた……が、すぐに剣から手を放してしまう。


そして両手を落としながら息を吐いた。


「む? 何のつもりだ」


「何のつもりも何もないよ。今の君と戦うつもりはない」


「なんだと? ふふん。我に恐れをなしたか。まぁ、仕方のない事だろうがな!」


「まぁ、そうだね」


魔王はその黒く長い髪にリボンやら花やら髪飾りやらを付け、三つ編みにされたり、結いでいたりと、とてもじゃないが、戦う空気ではいられない。


そして何よりも、不安そうに勇者と魔王を交互に見る少女たちだ。


勇者ルークは彼女たちを見て、深く息を吐きながら、空を仰いだ。


「もう君は僕が命をかけて戦う相手じゃ無いんだね」


「な! ん! だ! と~!!? 我が弱いというのか!! 貴様は!!!」


「今度は、勇者としてではなく、ただのルークとしてここへ来るとしよう」


「おい!! ふざけるなよ! 勇者! 貴様は勇者だ! 誰がなんと言おうが勇者だ!! そうだろ!? なぁ、おい!!」


「君たちも不安にさせてごめんね。僕は君たちの大切な物を傷つけない。誓おう」


「……うん」


「ありがとう。勇者様」


「ありがとうございます」


「いや。構わないさ。では、僕はそろそろ行くよ。オリヴィアにも挨拶したいしね」


「待て!! 勇者!! 貴様! 我と戦え!! 我が最高にして最強でとんでもなく凄いパワーを見せてやるわ!!」


「ねぇねぇ。まーくん」


「……イル。少し待ってくれ。今、勇者の奴と決着をだな」


「読んで!!」


「あーいや、我はな」


「はい。まーくん。続きやりましょうねー。座って座って」


「そうですね。続きをやりましょう」


「待て! セレス! シャーリー! イルも! 我は、まだ! うぉぉおお!! 待て!! 勇者! 勇者ー!!」


ルークなそんな魔王を見て、穏やかな笑みを浮かべながら魔王の前から立ち去るのだった。


魔王の絶叫を背中に浴びながら。


「勇者ー!! 逃げるなっ!! 勇者ぁぁああああ!!」

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