ウラドリ〜初恋は2度目の恋の中
伍島 未づ来
TAKE0(桜木side)
「
「できないの?」
あら?と、依子が首を傾げて微笑む。
サラサラのロングヘアを掻き上げれば、カフェの窓一枚隔てた通行人が一人、二人と吸い寄せられるように立ち止まる。
依子は高校生の頃から人を選ばない美人だった。万人受けするこの美貌で、同世代男子をいとも簡単に転がしていた。
実は本人的には不本意だったらしいが(後日談)、子供を産んでからは図太くなり、これ見よがしに技を繰り出してくる。
今のところ俺的に人類最強。
ま、俺には効かないんだけどね。
みんな、いいなーとか思ってるだろう。
でも、実に地獄の時間なんですよ。これ。
30も半ば。
いい年になって緊張する相手と会うのは面倒だ。上手な言い訳で回避もできるけど、大人だからそれも違うか、なんて悩む時間もまた面倒。
ただ、変わらず見事なボディラインは見慣れることがなく、美しい。目の保養になる。
とか言ったらボールペンで目ん玉刺されるんだろうな…
「無理ですよ」
と、依子にとびきり優しく微笑むと、
「謝礼は期待して」
すかさず資料を差し出される。
額を釣り上げたいから渋ってるわけじゃない。自慢じゃないが金ならあるほうだと思う。
外からは見えないテーブルの下で依子が脚を組み替える。動くものを追いかける、悲しき習性でチラッと見てしまうと長くて細い足の甲でふくらはぎを蹴られた。
「うっ…」
コーヒーカップを持ち上げる依子は微笑む。競走馬が最後の直線で尻鞭される場面が頭の片隅に浮かぶ。(俺が馬、ね)
美人は嫌いじゃない。頼まれたら大概のことは断らない。エスコートに、一夜のお相手に、快く引き受ける。
とはいえ、それもずいぶんと前の話。
「枯れてるの?」
依子の視線が無遠慮に下半身に移動する。
知ってるくせに知らないフリの一つもしないとか…らしいといえばらしいけど。
否定するでもなく苦笑すると、「なにかしら?」と、どこまでも意地が悪い。
「仕事中ですよね?」
「そうね」
「良ければ試します?」
裏通りをチラリと見る。
「詳しいのね」
「抜け道探すのが好きなんですよね」
「そんな勇気ないくせに」
カフェ前のメインストリートはひっきりなしに人が行き交う。
平日の10時なんて保険会社なら鬼着電タイム。みんな息つく暇もなく喋り続けている。
なのに、依子はこんなとこでのんびりお茶?暇なの?って、違うか。電話なんて取らなくてもいいご身分に出世したってことか…
「で?できないの?」
依子が声のトーンを抑え、凄みを効かせてきた。
はいはい。できるorできないか。
実際のところ依子に存在するのはその二択、ではない。
「できる」と答えると「お願いね」。「できない」と答える、ことがまずできない。だから最初から「できる」の一択なのだ。
「これでも一応責任は感じてるんだけど?」
「依子さんは関係ないですよ」
「あら、冷たいのね。優しさなのは知ってるけど、そろそろ潮時じゃないの?」
潮時ね。どこで終わりにするか、やめどきを見失っているとは思う。
ただ他人にそう言われると認めたくない気持ちが大きくなる。
「面倒ですね」
「文句が漏れてるわよ?ねぇ、どうしてそんなにこだわるの?」
「言うわけないでしょ?」
俺は一途でも、健気でもなかった。
好きと呼ぶにも違った気もする。
どうすれば良かったのか、その答えはいまだに出ない。それぐらいダメなやつだ。
「どう解釈されてもいいですけど忘れる忘れないとかじゃなく、ただ俺が勝手に想ってるだけです」
「一生そうやって生きるの?カッコつけて?」
カッコつけて、とか容赦ない。
ちょっと傷つくんですけど?
「せめてダメなやつで終わりたくないんですよ」
はいはい、自己満ね!と、被せ気味にぶった斬られる。
もしもあの時に電話が鳴らなければ。
置いていかなければ。
もっとちゃんと話をしてれば。
一通りの後悔をした。それでも何度
そこに救いはなくても同じだけの後悔をする、必要がある。
「まさか」
「まさか?」
「自分が仕掛けたわけじゃないわよね?」
「はぁ!?」
あっぶな!!
コーヒーを吹きそうになって、口から漏れたコーヒーを手で拭う。
「俺をなんだと思ってるんですか!?」
「そう思ってるからそう言っただけよ」
「んなわけないでしょ?」
依子は目を細め、わかりやすいほどの疑いの目で、じとーっと見つめてくる。
「そんなことするわけないです!誰得だよ」
もう一度強く否定。
「誰得とかじゃなく、フェチとかもあるじゃない?」
「なにいってんですか?もう…」
「ねぇ!」
「はい?」
「海中水の音は試した?」
また突拍子もなく……
「この前のは、クジラの周波数にバッチリ合って逆に目が冴えました」
「どこにチャンネル合わせてるのよ!不眠は下半身にも影響出るわよ?」
「だ・か・ら、試します?」
さっきからそうご提案してる。
「ならさ!いいじゃない?時間潰しだと思って、これを最後に。一石二鳥でしょ?ね!」
なら、じゃなしに…
マジマイペース人め!
依子が資料を俺の方に滑らせる。
「随分前に俺は引退してたつもりなんですけど?」
それを押し返す。
「趣味と実益を兼ねて」
「どっちも間違ってます。どっちもありえない」
「だから“最後に”って」
どこまでも悪びれる様子がない。
他人の名誉には興味ゼロの依子はそこいらの政治家より肝が座っている。
「どうしてもできないの?」
そろそろお決まりのアレが出そう。
「無茶苦茶ですよ」
「でしょ?できないことはない。それはやらないだけ、でしょ?」
できないもできるも言ってないのに、無理やり持ってったな。むちゃくちゃな耳タコ格言。
人生の半分以上関わってきた人なので、プライベートから仕事に対する姿勢まで嫌と言うほど知っている。
こうなると梃子でも動かない。
「今回はお遊びじゃない」
依子から笑顔が消えた。
神妙な面持ちでそう断言する。
趣味と実益はさておき、昔は半分お遊びでやってたのは確かで、でも今回は違うって?
なおさら余計に嫌じゃん!?
とは思うものの、おかしい。
クールビューティーと称されることも多い依子の瞳の奥に焦りが見える。強引に話を進め、こんなに色々と隠しきれてないなんて非常に珍しい。
資料に目を落とす。
表紙からは何もわからない。
中身をみたければ、この話を受けるしかない。
「絶対ないと思いますけど?」
「保険会社の社員の前で“絶対”は使わないで」
絶対と決めつけないのは基本ルール。
「“ない絶対”とやらを証明すればいい、と?」
「できるものなら」
「
「そんなものでいいの?お安い御用よ」
交渉成立ねと、依子はホッとしたように微笑んだ。
資料と一緒に伝票を取ろうとしたら伝票だけ取り上げられる。
「経費で落とすわ」
「次の出張は?」
「来週、熊本」
依子の現在の生活拠点は大阪だ。
今は出張中で東京にいて、さらにその後に熊本へ移動するらしい。
「こちらはいつでも
「ごめんね。助かる」
ごめんね、なんて絶対言わなかった人が、子供のためなら言えちゃうんだね。
「ごめんとか言わないで。当たり前のことしかしてない」
「当たり前?」
「我が子ですよ?当たり前でしょ」
信頼されてないわけじゃないけど、当てにはしてくれない。
「ありがとう」
伏せた目元が少し和らいだ気がする。もっと頼って欲しいと言ったらきっとまた頑張るだろうから言わない。依子は天の邪鬼だから。
依子に対する思いは恋人を思う気持ちとは違う。ただ、絶対不幸にはなってほしくないと思っている。だからできる限りのサポートはこれからもしたい。
「また連絡します」
先に外に出る。
中の依子がレジに向かって動き出すと、カフェ前から人が掃けていく。
依子が唯一慌てたのが子供ができた時だった。それも喜びの方に感情が振れていて、なんというか、予想を裏切られて可愛かった。
血も涙もない孤高の女の、人としての愛らしさに手を差し伸べた。
「相も変わらず、だね」
会計中にも爪先立ちで筋トレしてる依子には見て見ぬふりをして、駐車場へ向かう。
ウラドリ〜初恋は2度目の恋の中 伍島 未づ来 @mizuki5
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ウラドリ〜初恋は2度目の恋の中の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます