第8章 発展するタウルス高原

第1話 道路を作ろう

 僕がマリベルと結婚して、なんとなく集落も明るくなった気がする。いや、これは僕の心持ちが明るくなっただけなのかも知れない。


 でも、本当に集落は前よりも賑やかになった。最初に比べたら人口は約二倍になって、アルドリアン領から正式に村と認められる五十人まであと少しとなっている。僕らに子供が生まれればすぐにでも村として認められるさ、と周囲から散々言われているけど、流石にこればかりは神様の授かり物なので気長に待つしかない。


 実際、村の人口は増えているのだ。酪農家のガレーさんが昔の伝手を使って同じ酪農家や食肉職人、毛皮職人などを呼び寄せてくれているからだ。こういうときに人脈が広い人はありがたい。それに、みんなガレーさんのことを慕ってやってきてくれている。人望っていうのは大切なんだな。


 そんなこんなで集落の人口は増えた。すると麓の街との行き来が大幅に増えることになった。この前ヴァインバード家の人々もあの酷い山道を上り下りして、あの道を往復する大変さがわかっただろう。


 そういうわけで、山道の整備をする話が本格的になった。立派な道が出来れば、大型の馬車で物資が大量に運べるようになる。なによりあのガタガタ道を通らなくてもいいので、往来の時間も短縮できる。


「じゃあ、ブルームホロウ側から少しずつ舗装をしていくわけだ」

「同事に高原側からも岩をどけたり木を切ったりする作業をしていきましょう」


 僕は父の命でやってきた工事監督のロック・アンバーさんと、ブルームホロウで打ち合わせをしていた。わざわざ高原側まで来てもらうのも忍びないと思って、僕がブルームホロウへ出向いてきたわけだ。そして数日かけて工事の計画や日程、資材や人員の用意についてを念入りに話し込んだ。


「しかし、まさか開拓団監督が直々にお越しになるとは思わなかったですよ」

「こちらで話をしたほうがいろいろ便利だと思いまして」


 何しろ、高原の集落まで行くには酷い道を通って二日かかる。僕は何度も往復しているから慣れたものだけど、やっぱり初めての人には辛いものがある。もっと気軽にブルームホロウと行き来できるようになれば、物資も人材も高原にもっと入ってくると思う。


 初回の打ち合わせを終えて、僕が高原に帰ろうとするとロックさんは着いてくるという。何でも、実際に一度工事する道を見ておきたいのだそうだ。僕はついでの荷物を馬車に積むと、ロックさんを御者席の隣に乗せた。


「それでは、頑張って行きましょう」

「私は乗っているだけだがね」

「この道は、ただ乗っている方が辛いですよ」


 ロックさんは最初のうちこそ笑っていたが、高原へ続く最後のガタガタ道では流石に顔を青白くさせていた。みんな最初はそうなるんだ。道路工事、早く出来るといいな。


***


 僕が高原の集落へロックさんを連れて行くと、ランドさんが待ち構えていた。高原に滞在するロックさんを大会館へ案内してから小屋に帰ろうとすると、ランドさんが僕に話があるから残ってくれという。


「エリク君、面白いことがわかったんだ」


 大会館にやってきたのは地形調査担当のラクシさんだ。ラクシさんはこれまでにわかっている高原の地図を広げた。そして僕らの集落がある森を指す。


「この森なんだが、思ったより早く広がっているんだ」


 ラクシさんの話によると、この森の樹木の多くがタウルス高原の風に耐えられる頑丈なものだそうだ。その樹木は実はセレスティア原産のもので、元々アルドリアン領にはないものらしい。


「つまり、セレスティアから持ち込まれた木がどんどん増殖してるってことですか?」

「そうだ。これを利用すれば風に勝てるかもしれない」


 ラクシさんの目が輝いている。そして、僕の目もきっと輝いている。


「防風林を作れば、高原の奥まで人が住めるようになるぞ!」


 アルドリアン領にセレスティア人が住み始めて、まだ七十年も経っていない。それなのにセレスティアの樹木は僕らを守るように鬱蒼と茂っている。


「植林をしましょう。実は植林予定地の候補まで考えてあるのですが……」


 ラクシさんの地図にはいくつか丸が描かれていた。少し気が早いように思うけど、前のめりになってしまう気持ちはよくわかる。


「すぐに検討を開始しよう。樹木のことはザイラスさんが詳しいだろうし、植樹となるとアルディスさんの意見も聞きたい」


 僕は開拓団の初期メンバーの名前をあげる。彼らには建築資材の用意や畑作りなどで世話になっている。


「もう話はしてあります。二人とも計画に前向きですよ」


 ラクシさんは満面の笑顔で答えた。僕がいない間にもしっかり開拓が進んでいる。なんだかいい感じになってきたなあ。


 防風林についてもラクシさんと打ち合わせをして、今度こそ僕は自分の小屋へ帰ろうとした。すると、ランドさんがまた僕を呼び止める。


「いいかい、困ったことがあったら何でもすぐに頼ってくれよ。もう他人ではないんだから」

「……はい」


 なんだろう、この「お義父さん」という感じは。前からランドさんについては実の父のように頼ってきたつもりなんだけど、本当にお義父さんになってしまったからなあ。


 おそらく、きっと何かを期待しているに違いない。大体そういうことなんだろうけど、でも僕もそればっかりしているわけにもいかないしなあ。うう、孫の顔を見せるっていうのは男でも重圧に感じるものなんだなあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る