第27話 幸せでいて欲しいという気持ち
「また、二人で魔法談義でもしていたのか?」
アデーレが、そう言って笑った。
「あ、ああ、そうさ。魔法が時間と空間に与える影響や物質の存在する確率の変化について、最近発表された理論があってね」
彼女の顔を見たウルリヒは一瞬息を呑んだ後、慌ててリューリの肩から手を離し、早口に言った。
「そうだ、買ってきたものを整理しようと思っていたんだ。じゃあ、また夕食の時に」
ウルリヒは、そそくさと建物の中へ入っていった。
――逃げるなーーーーッ!
リューリは、心の中で叫んだ。
「……リューリちゃんが羨ましいな」
ウルリヒの背中を見送っていたアデーレが、ぽつりと言った。
「ウルリヒは魔法の話をしている時、とても楽しそうにしているだろう? リューリちゃんとなら対等に話せるけど、私が相手だと面白くないと思っているんだろうな」
アデーレは少し寂しそうな顔をした。
「そんなことはないと思うぞ。アデーレと一緒にいる時だって、ウルリヒは嬉しそうに見えるが」
リューリは、ウルリヒを支援しようと、精一杯の言葉を絞り出した。
「そうだといいけれど。……リューリちゃんは、今の人生の前は、男性として生きていたから、今でも男性の気持ちは理解できるのか?」
「まぁ、できなくはないな」
アデーレの突然の問いかけに、リューリは戸惑った。
「……やはり、男性というのは、若い女性が好きなのだろうか?」
「一般的には、そう言われているかもしれないな。しかし、全員が、そうとは限らないのではないか。年上の女性と結婚する男は、幾らでもいるだろう」
リューリは少し考えた後、再び口を開いた。
「もしかして、ウルリヒのことが気になっているのか?」
途端に、アデーレは髪と肌の区別がつかなくなる程、真っ赤になった。
「わ、分かっているんだ。私は彼より二つも年上だし、お
そう言って、アデーレは溜め息をついた。
「……ウルリヒが所属する魔法兵団と、私の所属する騎士団は、有事の際に連携を取れるよう、普段から合同で演習をしたりと、行動を共にすることも少なくはないんだ。そういう時に見ると、ウルリヒは、いつも女性の兵団員たちに囲まれていて……」
「魔法兵団は後方支援が主な仕事だろうし、騎士団に比べれば女性が多いのかもしれないな」
――とはいえ、女性に囲まれていても、おそらく本人の目に入っていないのでは……
そう思いつつリューリが相槌を打つと、アデーレは肩を落とした。
「ウルリヒは見た目もいいし、賢くて、いつも冷静で、気遣いもできるし、それでいて可愛いところもあるし、女性たちに好かれるのは当然だというのも分かる……でも、彼が女性たちに囲まれているところに遭遇してしまうと、何だか嫌な気持ちになって……ローザ様たちの旅の同行を志願したのは、そういう場面を見たくなかったというのもあるんだ」
よく見ると、アデーレの美しい緑色の目には涙が溜まっている。いつもは明るく豪胆に見える彼女にも、繊細な部分があったのだと、リューリは思った。
「だが、結局はウルリヒも一緒に来ることになって、良かったじゃないか」
少し背伸びしたリューリは、アデーレの背中に、
――もちろん、これまでの情報からすれば、ウルリヒはアデーレを追いかけてきたんだろうな。
「自分で言いにくいのなら、私からウルリヒに伝えようか?」
――これで、二人とも幸せになれる筈……!
リューリは、アデーレを見上げた。
しかし、アデーレは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたかと思うと、両手で顔を覆い、呻くように言った。
「いや、そんなことをされたら、恥ずかしくて自害してしまう! リューリちゃんの気持ちは嬉しいが、ウルリヒの困った顔を想像するだけでも、どうにかなりそうだ……」
いや、困るどころか彼は喜ぶだろう――喉元まで出かかった言葉を、リューリは飲み込んだ。
――ウルリヒには口止めされているし、一体どうすればいいのだ……
次に出す言葉を探しているリューリの頭を、アデーレが、そっと撫でた。
「……でも、リューリちゃんに話して、少し、すっきりしたよ。ありがとう」
本当に、それでいいのか――リューリは腹の中に重いものが溜め込まれたような気分だった。
夕食の時間になり、リューリたち一行は食堂に集まった。
リューリが落ち着かない気持ちでいる中、アデーレとウルリヒは、普段と変わらない様子で話している。
――まさか、こんなことになるとは……他人同士の関係まで気を遣うのは骨が折れる……だが、嫌な気持ちというのとは違うな……
やがて夜も更け、リューリは宿泊部屋で、ローザやアデーレと共に寝支度をしていた。
「リューリちゃん、気になることでもあるのかしら?」
不意に、ローザから問いかけられ、リューリは、ぴくりと肩を震わせた。
「別に、何もないが」
本当は、アデーレとウルリヒのことを考えていたリューリだが、悟られる訳にはいかないと、曖昧に微笑んだ。
「そう? 何か、考え事をしているようだったから」
「ああ、そういえば、ジークから、ローザとの馴れ初めを聞いたんだ」
「まあ、あの人、何て言っていたのかしら」
ローザは、にっこりと笑った。
「駆け落ちするのを持ちかけたのはローザのほうからと聞いて、少し意外だったな」
「それは、初耳です」
アデーレも、話に加わってきた。
「それだけ、ジーク様が強くて格好よかったということですよね」
「そうね。それもありますけど」
アデーレの言葉に、ローザは頬を染めた。
「……父である、当時の国王陛下は、何人もいる娘の中で最後に生まれた私などに興味がなく、生みの母は早くに亡くなって、私には味方と思える人はいませんでした。ですから、昔の私は、自分の境遇を恨んで、ずっと
「そうだったのか……?」
リューリは首を捻った。彼女から見たローザは、理想の母親の如き慈愛と、支配者としての威厳を併せ持つ人物であり、本人の言うような姿を想像することなどできなかった。
「そんな私を気遣ってくれたのは、護衛を務めるようになったジークでした。塞ぎこむことの多かった私に、彼は、よく冗談を言ってくれました」
「それは何となく想像できるな」
「それが……ジークは、今でこそ、あんな風ですが、若い頃は真面目で冗談など言わない人で……それを、私の為に無理していたのです。当然、無理に捻り出した冗談は笑えるものではなく、私は内心で呆れていました。曲がりなりにも私が王族だから、媚びているのだと思っていました。でも……」
そこまで言うと、ローザは、くすりと笑った。
「ある時、彼の冗談が、あまりにもつまらなかったので、私は思わず笑ってしまいました。そうしたら、ジークは『あなたが笑ってくれて良かった』と、とても幸せそうな顔をして……彼の、その顏を見た時、私の
「お二人の心が、通じ合ったのですね」
アデーレが、涙声で呟いた。
「本当は、それよりも前から、私もジークに惹かれていたのでしょう。認めたくなくて、身分が違うとか、自分に色々と言い訳をしていたのです。そして、顔も知らない相手との縁談を突き付けられた時、私は、言い訳するのをやめました」
そう言って微笑むローザが、リューリの目には、とても美しく映った。
――好きな人が幸せそうにしていると、自分も幸せを感じるということか。きっと私も、アデーレとウルリヒを好ましく思うから、彼らが幸せになるところを見たくて、気になってしまうのだろう。
自分でも掴みがたかった自らの心の動きに、リューリは、ほんの少しではあるものの「納得」を感じていた。
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