第4話 謎の一行

「あなた、ここにいらしたのね。子供たちの手当は済んだから、迎えが来るまで冒険者の方々が付き添ってくれるそうですよ」

 落ち着いた女性の声に、ジークとアデーレが振り返った。

 二人と共に声の主を見やったリューリの目に映ったのは、淡い金髪の貴婦人だった。

 年の頃は四十代半ばと思われるが、まとっているのは飾り気のないドレスだというのに、どこか威厳を感じさせる。

 その傍らには、フード付きの黒いローブを身にまとい、スタッフを手にした男がたたずんでいた。

 顔立ちは整っているものの、青白い肌に物憂げな表情と、ローブと同じく黒い髪に黒い目の所為せいか、陰鬱な感じのする青年だ。

 ――態度から見て、女のほうはジークとかいう男の配偶者だな。若い男のほうは見るからに魔術師だが、さっきの爆発音は、こいつが何か呪文を使った為のものか? 年齢的に両親と子供二人という組み合わせかもしれないが、それにしては見た目が違い過ぎる……もっとも、私とて生みの親たちとは似ても似つかないが。

 リューリは、どうやら仲間同士と思しき四人を用心深く観察した。

「あら、まだ子供が残っていたのですね」

 貴婦人の優しい灰青色の目が、アデーレの腕に抱かれているリューリを、じっと見つめた。

「ローザ様、この子は、この街の子ではないそうです。詳しい事情は、これから聞くところですが」

「そうなのですね……まぁ!」

 アデーレの言葉に頷いていた貴婦人――ローザだったが、リューリの服の袖から出ている腕を見て、眉を曇らせた。

「こんなに幾つもあざが……ちょっと、ごめんなさいね」

 ローザがリューリの服をまくり上げると、あざの残る肩や背中が露わになった。生家にいた頃に両親から受けた暴行の痕が、まだ治りきっていなかったのだ。

「小さな子に、何てひどいことを……! 今、治してあげますからね」

 何と説明しようかと戸惑うリューリをよそに、ローザは彼女の身体に手をかざすと、精神を集中するかのように目を閉じた。

 すると、リューリは全身を何か柔らかく暖かなもので包まれるような感覚を覚えた。

「どう? まだ、痛いところはある?」

 ローザの問いかけに、リューリは身体のどこにも痛みを感じなくなったのに気付き、驚いた。

 両親から頻繫に叩かれていた為に、常に身体のどこかしらが痛むのが当たり前だったが、今回の人生において、彼女は初めて爽快な気分を味わっていた。

 ――これは、癒しの魔法か? しかし、「魔素」の動いた気配はなかった……このローザという女自身の力ということなのか?

 リューリは、目の前の出来事に首を捻った。

 この世界における「魔法」というのは、どこにでも無尽蔵に存在するものの通常では知覚できない「魔素」という物質を様々な形に変換して発動するものだ。

 「魔素」を空間から取り出すには、呪文の詠唱や儀式といった何らかの「手続き」が必要である。

 「癒しの魔法」も、その例に漏れず、「魔素」を使って対象の生命力を傷を治す力に変えるものだが、ローザの力は「魔素」に頼らないものということになる。

 ごく稀に、そういった超常の能力を持つ者が生まれるという話を思い出したリューリは、ローザも、その一人なのだろうと考えた。

「……もう、どこも痛くない」

 リューリが答えると、ローザは安心した様子で微笑んだ。

「……しかし、肝心の『本命』に逃げられてしまったのは痛恨でした」

 ふと、黒衣の青年が、ぼそりと呟いた。

「奴が転移の魔法を使って逃亡したので、魔力を辿って追跡を試みましたが、あらかじめ妨害する術を展開していたらしく……面目ありません」

「気にするな、ウルリヒ」

 肩を落としている青年――ウルリヒに、ジークが明るく声をかけた。

さらわれた子供たちを全員生きて取り返せただけで十分じゃあないか。事後処理は冒険者たちに任せて、我々は宿に戻ろう。その子も休ませてやらなければいかんしな」

 そう言って、ジークはリューリに目を向けると、微笑んだ。

 ウルリヒの言った「本命」というのが何なのか、リューリは少し気になったものの、自分には関わりのないことなのだと考えて、黙っていた。

「そうだ、君の名を、まだ聞いていなかったな。教えてもらえるだろうか?」

「……リューリ、だ」

 アデーレの問いかけに答えた時、リューリの腹が空腹を訴える音を鳴らした。

「リューリちゃん、お腹が空いているのね。急いで宿に戻りましょう」

 ローザに促された一行は、ウルリヒの爆発呪文で半壊した建物を後にした。

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