第2話 ままならない
ところどころに
夜間であり、彼女の身体が小さいこともあって、地上から発見される可能性は、まず無いだろう。
生家があった「リマジハの村」は、ここプリミス王国の片隅に位置している。
もっとも、前世の記憶が戻るまで、自分がどこに住んでいるのかなど、リューリは考えたこともなかった。
あの家が世界の全て、あの両親の言うことが絶対の掟だったのだ――そう考えたリューリは、自らの愚かさが
自らを縛りつけていた全てのものから解き放たれた今、リューリの胸の中は清々しい気持ちに満ちている。
――これからどうするか……前世の私が何故殺されたのかも分からない状態で国内に留まるのは危険かもしれない。念の為、国外に出たほうが良さそうだな。私がいなくなったところで、あの家族が探そうとするとも思えんし。
リューリの前世の姿である、魔術師ヴィリヨ・ハハリも、プリミス王国に住んでいた。
ヴィリヨは出自も分からぬ孤児であったが、高名な魔術師に魔法の才能を認められ、彼を師匠として魔法を学んだ。
師匠の見立て通り、いや、それ以上にヴィリヨの才能は開花し、若くして宮廷魔術師として王室に招かれるまでになった。
輝かしい未来が待ち受けていると思われたが、不幸にもヴィリヨには魔法の才能はあっても、政治的な才能は皆無だった。
それに加えて、子供の頃から、ほとんどの時間を師匠とだけ過ごしてきた彼に、腹の探り合いや空気の読み合いなどできる訳もない。
海千山千の怪物たちが跋扈する宮廷で、ヴィリヨが疲弊しきるのに時間はかからなかった。
引き止める声も多かったものの、ヴィリヨは宮廷魔術師の職を辞し、その後は師匠の遺した自宅兼研究室に引きこもり、一人で研究を続けていた。
――宮廷魔術師時代に誰かの恨みでも買っていたのだろうか。いくら考えても、自分に殺される程の理由があったとも思えないが……
思考を巡らせているうちに、リューリは隣国との国境を越えていた。
少し疲れを感じた彼女は、地上へ降りて休憩することにした。
この大陸にある国々を繋ぐ街道の傍に、屋根代わりになりそうな大木を見付けたリューリは、そこで一夜を明かした。
周囲に魔法で作り出した不可視の防御壁を
夜明けの光に目を覚ましたリューリは、魔法で生み出した水で顔を洗うと、再び飛行の呪文を唱えて飛び立った。
自活するにあたり、リューリは「冒険者」になることを考えていた。
冒険者というのは、未踏の地を探索したり、古代の遺跡に遺された宝物を発掘したり、行商人や旅行者などの護衛や人探しといった雑多な依頼をこなすのを生業とする者たちだ。
かつて彼らは、社会から
しかし、冒険者たちが作った互助会が発展し、いつしか組合のような組織となった。
そうして生まれた「冒険者組合」は、今や各国の大きな都市に一つは支部があると言われる組織となっている。
「冒険者」として組合に登録すれば、仕事を紹介してもらえるし、確実に依頼料を受け取れる。
組合に登録せずとも冒険者として活動することは可能だが、個人間のやりとりでは金銭的な問題も生じやすく、仕事を依頼する側から見ても仲介してくれる組合を通した方が安全というのが、現在の常識なのだ。
何より、身元について他の職業よりは
上空から、冒険者組合のありそうな、比較的大きな街を見付けたリューリは、地上に降り立った。
城壁で囲まれた街の入り口には門番がいて、出入りする者がいれば、その都度声をかけている。
一見、大した意味のない緩い点検にも思えるが、熟練した門番は、高確率で怪しい人物を見分けてしまうのだという。
――子供一人で街に入ろうとすれば、保護者はどうしたとか色々言われそうだな……
思案したリューリは、一時的に周囲の認識を歪めて姿を隠す呪文を唱えた。
目の前を通るリューリに気付かぬ門番を見て、彼女は、自分の魔法の腕は衰えていないなと微笑んだ。
入り口付近に立つ、簡易な街の地図を描いた看板には「冒険者組合」の文字がある。
リューリは、早速、冒険者組合に向かった。
街の中央付近にある、煉瓦造りの冒険者組合の建物に入ると、周囲の目が一斉にリューリを見た。
「何だ、迷子か?」
掲示板に貼られた依頼書を眺めていた者たちが、目を丸くしている。
革製の
「お嬢ちゃん、仕事の依頼かしら?」
カウンターの向こうにいる、受付らしい若い女が、リューリに声をかけてきた。
「逃げた犬や猫探しか? 初心者向けの依頼だな」
「待て待て、親の
「そういう依頼は、冒険者組合では受けられないだろ」
冒険者たちが、幼いリューリの姿を見て、好き勝手なことを喋っている。
リューリは、肩を竦めて言った。
「いや、冒険者登録をお願いしたい」
彼女の言葉を聞いた者たちの間から、失笑する声が漏れた。
「あのね、お嬢ちゃん……」
受付嬢が、言いにくそうに口を開いた。
「冒険者登録は、十五歳以上でなければ、できないのよ。お嬢ちゃんは、どう見ても十歳にもなっていないでしょ?」
そう言われたリューリは、稲妻に撃たれたかの如き衝撃を受けた。
――何ということだ……年齢制限など、思考から抜け落ちていた……
「という訳で、あと十年くらい経ってから来てね」
言って、受付嬢は優しく微笑んだ。
「……というか、この子、家出でもしてきたんじゃないのか?」
「そうだな、着ているのも寸法の合ってないボロボロの服だし……何か訳ありだろうな」
「役人に言って、保護してもらったらどうだ?」
冒険者たちが口々に言いながら近付いてくるのに気付いて、リューリは、ぎょっとした。
せっかく自由になったところで役人に引き渡されるなど、彼女としては不本意だった。
リューリは身を
――幼児の姿では、働くこともままならないのか……これは、もう少し考える必要があるな……
リューリの中に、誰かに頼ったり保護してもらうといった発想はなかった。
前世でも他人との関わりに苦労し、転生してからも信頼できる人間に会ったことのない彼女にとって、それは仕方のないことだった。
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