レンジの恋バナ、完

 二日後。ハランは店員の仕事の休みを貰い、俺も前日までに溜まっていた仕事を片付けた。今日は何をするのかというと、コウモリに『娘さんをください』をやりに行くのだ。俺たちは身なりを整えてハランの実家に赴いた。門番はハランの姿を認めると、慌てて家の中に引っ込んで、複数人の執事やメイドを引き連れて戻ってきた。

 それから門番はハランに恭しく頭を下げると

「ご無事で何よりでございます」

 と言って貼り付けたような笑顔を浮かべた。他の執事やメイドたちも同じような言葉をかけてくる。その中の一人が、

「さあ、旦那様がお待ちです」

 そう言って、俺たちは家の中に招き入れられた。


 前回の応接室とは違い、今回はコウモリの書斎に通された。執事が部屋のドアをノックし、中からコウモリの返事が聞こえてくる。執事はドアを開けると、俺たちに、

「どうぞお入りください」と言って道を譲った。

 俺とハランは声を合わせて「失礼します」と言いながら部屋に入った。

 執事も俺たちに続いて入ってきたが、コウモリに、

「お前は外で待機していろ」と命令されてすぐに出て行った。

 部屋の中は俺とハランとコウモリの三人だけになった。内装は、いかにも金持ちって感じだった。高級そうな椅子に高級そうな机に高級そうな本棚に高級そうな照明──。

 とにかく、金を持ってる奴の部屋って感じだ。高級そうな椅子に腰かけているコウモリは、高級そうな机に肘をつき、高級そうな腕時計をつけた手を組んだ状態で俺のことを睨みつけている。

 そして不機嫌そうに口を開いた。

「以前来た時の話し合いで、依頼したことについては失敗という形で決着がついたのだと理解していたのだが。娘を連れてきたと言うことは、お前はあの後、個人的に依頼を続行していたということか?」

 俺はかぶりを振った。

「違います。前に来た時に、俺は嘘をつきました」

 コウモリの眉間にしわが寄る。

「依頼主である私に嘘をついたのか。随分と不誠実だな」

「あんた方には色々事情がありそうだったので、このような形を取らせてもらいました。俺は前にここを訪れた際、自分が救出に行った時にはもうハランは自力で逃げ出していたと言いましたが、あれは嘘です。本当は俺が救出して保護してました」

 俺がそう言うと、コウモリは眉間のしわを更に深くした。

「何故そんな嘘をついた」

「どうやらあんたはハランを本気で助けたいとは思ってないようだったからな。ハランを家に帰すのが最善だと思えなかった」

 コウモリはため息をつく。

「そうか。しかし、こうして連れ戻してきたということは、結局お前の中では娘を家に帰すべきだという結論に至ったわけだな。拉致されていた娘が無事に帰ってきた以上、私は立場上お前に礼を言わねばならん。……ご苦労だった、なんでも屋。娘を連れて帰ってきてくれたことに感謝する」

「そんなしょうもない建前だけの儀礼的な感謝なんかされたくて来たわけじゃねぇよ。そもそもあんたはさっきから俺とばかり話しているが、それは間違っている。普通は真っ先に娘に声をかける場面だぜ?」

 俺の言葉を受け、コウモリは面倒くさそうにハランの方を見た。

「お前も帰ってくることは不本意だっただろうが、よく戻ってきたな」

『よく戻ってきたな』っていうより『よくも戻ってきやがったな』というような声色だった。

 ハランは真剣な表情で首を横に振る。

「戻ってきたわけではないのです、お父様。本日はあなたと決別しに参りました」

 コウモリは一瞬きょとんとした後、声を上げて笑った。そして、侮蔑を含んだ目で俺たちを見ながら言う。

「察するに、そこのなんでも屋に誑かされたんだろう。実に愚かだ。出来損ないにふさわしい滑稽な選択だな。しかし、私としてはその申し出は非常にありがたい。こちらから頼みたいくらいだ」

 俺は今すぐコウモリを殴り飛ばしたい気持ちを抑えながら、努めて冷静に言った。

「お義父さん。気立てが良く、美人で頑張り屋の素晴らしい娘さんを、俺にください」

「勝手に持っていけ。そして二度と帰ってくるな」

 コウモリは吐き捨てるように言って、前回同様に俺たちを手で追い払うようなジェスチャーをした。もうこっちを見てもいない。机の上の書類に目を落としている。

 ハランは最後にコウモリにこう言った。

「お父様、どうかお達者で。長生きされてください。それと、出過ぎたことを申しますが……なるべく今のうちから善行を積むようにされた方がよろしいかと存じます。このままではお父様は死後、きっと地獄に落ちることになるので」

 父親に対するハランの最初で最後の悪態をコウモリは鼻で笑うと、

「さっさと出て行け」

 と呟くように言った。


 それから半年ほど経った。俺は相変わらずなんでも屋として仕事をしていて、ハランも変わらず情報屋の店員として働いていた。この半年で、情報屋の飲食店としての売り上げが目に見えて伸びたらしい。看板娘としてのハランの働きのおかげだ。ハラン目当ての客もいるくらいだった。

 ハランはずっと情報屋の二階の部屋で寝泊まりしていたが、最近俺の家で一緒に暮らすようになった。この頃になると、俺はいい加減プロポーズでもしようかと思い始めていた。最近、出会った頃とは比べ物にならないくらいハランの笑顔が増えた。実家のことが吹っ切れたのもあるだろうし、生活に慣れて余裕ができてきたこともあるだろう。

 でも、一番の理由は友達ができたことだった。

 この前、人生で初めて自分と同じくらいの歳の女友達ができたと喜んでいた。ハランはその友達と遊びに行くことが増えた。俺は最初、それが自分のことのように嬉しかった。ハランが夕食の時に、その友達のことを楽しそうに話すのを見るのが好きだった。

 でも、俺は段々違和感を覚え始めていた。

「ねぇ聞いてグレイ! 今日はあの子と一緒に」

 そう言って話すハランの目を見ると、ハートマークでも浮かんでいるかのようだったのだ。とてもじゃないが、友達について話す目じゃなかった。心酔というか、崇拝というか。そんなものを感じ取った。その相手のことを心の底から慕っていることが、嫌というほど伝わってきた。

 俺がハランと別れたのは、そのすぐ後のことだ。


「……俺の恋バナってやつは大体こんなもんかな」

 レンジは勝手にそう締め括った。

「待て待て! 最後唐突に別れて終わったじゃねぇか!」

 元監守がオーバーなリアクションをとりながらツッコむ。レンジは不愉快そうに顔を歪ませながら深いため息をついた。

「うるせぇな。あいつと別れた話なんて俺もしたくねぇんだよ。……まぁ話さないわけにもいかねぇから話すけどよ」

「最後の話からして、ハランにできた女友達っていうのが実は男で、ハランが浮気していたということになりそうだが」

 俺が先の展開を予想して言ってみると、レンジは笑いながら首を横に振り、

「あいつはそんなことする女じゃねぇよ」

 それだけ言って言葉を切った。

 俺たち三人の間に居心地の悪い沈黙が流れる。俺と元監守は、レンジが話し始めるまで口を開くことは疎か、身じろぎひとつできないでいた。この場には、そういう独特な緊張感が満ちている。

 やがてレンジは覚悟を決めたのか、大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出すと、

「あいつとは死に別れたんだ。あいつは殺された。ハランにできた友達の名前は、カルミア。あとは、大体想像つくだろ?」

 と、投げやりに言った。俺は一瞬言葉を失った。

「……なるほどな。話が繋がった。今の話に一度も登場しなかったヒガンバナが、一体お前にどんな話を聞かせたのか疑問だったが、そういうことか」

 ギフトのボスであるカルミアの昔の仕事のことをヒガンバナが知っていても何も不思議はない。というか、多分カルミア自身がヒガンバナに教えたのだろう。つまり、レンジは恋人が殺された事件の真相をヒガンバナに聞かされたことで、記憶を取り戻したということだ。

 レンジは不貞腐れたような態度で続ける。

「あいつはカルミアに殺された。当然、俺は恋人を殺した犯人を捜したよ。そして調査を続けるうちに『暗殺組織ギフト』って名前にも辿り着いた。更に情報を集め、ギフトにハランの殺害を依頼したのは、他でもないハランの兄貴だということも分かった。優秀だったハランの兄貴は、リスクの排除を目的としてハランを殺すよう、コウモリに提言したらしい。復讐でも恐れてたのかもな」

 どこかで聞いたような話だなと思い、俺はうんざりした。金持ちというのは、どいつもこいつも同じような問題にぶち当たるものだ。俺も兄殺しの冤罪をかけられ、その根拠として追放されたことに対する復讐を企てたことにされた。後ろめたいことがある金持ちは、いつも復讐に怯えている。自業自得の罰が下るのを恐れている。俺はそんな小心者の金持ちが大嫌いだ。

 そして、そんな奴らのせいで命を落とすことになったハランに心底同情した。レンジは床を睨みつけながらボソボソと続きを語る。

「それが判明した時、俺はもちろん、コウモリやハランの兄貴を殺して仇討ちするつもりだった。でも、あの一家の人間は、その時すでに全員殺されていた。……コウモリの親戚が身内の恥として隠蔽したことで、表向きは適当な事故として処理されたが、実際は事故なんかじゃない。コウモリがギフトにハラン殺害を依頼したのと同時期、コウモリに恨みを持つ奴がギフトに一家皆殺しの依頼をした。カルミアはこの二つの依頼、両方を引き受けたんだ。そして、事後処理のためにカルミアはハランと接触して友人関係になった。友人って言うのもなんか違うけどな。実態としては、毒によってハランがカルミアに心酔するように洗脳していただけだ」

 その後はレンジに説明されるまでもなく、俺は大方の流れを推測することができた。

 きっとカルミアは俺の時と同じようなことをしたのだ。『事後処理』っていうのは、ここでは罪の濡れ衣を誰かに着せることを指す。

 俺はカルミアに兄殺しの濡れ衣を着せられた。そしてハランの場合は一家皆殺しの濡れ衣を着せられたということだろう。レンジは大体俺の想像通りの説明をした。

 カルミアの行動理由を話した後、レンジは当時の自分が恋人の死によってどのような影響を受けたのか話し始めた。

「ハランは家族全員の死に耐えられず、自殺した……世間にはそう報じられた。実際にはカルミアに毒を盛られて殺されたんだけどな。……当時の俺は最愛の人が殺されたことと、復讐するべき相手であるコウモリやハランの兄貴もすでにこの世にいないことに呆然とした」

 話の内容にリンクするように、口を動かすレンジもボーっとしてきていた。

 言葉を発するたびに、魂が抜け出て行くようだ。

「当時の俺にはカルミアに復讐しようって発想が生まれることすらなかった。多分、精神的なショックで頭がやられちまってたんだろうな。あの時の俺は全部がどうでも良くなるくらい疲れ切ってた。死んだように無気力に過ごしていたある日、突然体に力が入らなくなって倒れて、目を覚ましたら記憶を失ってた。記憶を失っている間、いくら探してもハランの情報を手に入れられなかったのは、コウモリの親戚連中による情報統制のせいだったみたいだな。……俺の話はこれで終わりだ。ご清聴ありがとうございました」

 レンジは棒読みでそう言って話を締めくくり、ぐびぐびと勢いよく酒を呷った。

 そしてガクッと肩を落として俯くと、床の埃を吹き飛ばすように息をふーっと吐き出した。

「レンジ、大丈夫か?」

 声をかけても、レンジは床を見つめたまま顔を上げず、返事もしない。

 俺と元監守は顔を見合わせた。元監守はバツが悪そうにしている。

 多分、俺も同じようになっている。

「……なぁ。改めて訊くけど、カブトはカルミアにどんな感情を向けてるんだ?」

 レンジは急に顔を上げたと思ったら、不気味なくらい普段通りの笑顔を俺に向けて、そんなことを訊いてきた。

「カルミアには、復讐心があるだけだ」

「俺にはそれだけに見えねぇんだよ。もしかして、恋? なんちゃって。ははは……え、マジで?」

 レンジは俺の顔を覗き込んで、ぎょっとした。

「顔、赤くなってるぞ。え、マジ? お前、カルミアのこと好きなの?」

「……」

 俺が言葉を詰まらせると、レンジはニヤニヤしながら、

「へぇー。まぁ、男心は複雑だよな。復讐相手を愛しちまうことがあったっていいさ」

 と、からかうように言ってきた。

「違う。俺はあの女が心底嫌いだ」

 俺がそう言うと、レンジは笑顔をスッと引っ込めた。

「カブトがカルミアをどう思おうが自由だが……俺は目の前にカルミアが現れたら、殺す。邪魔をするなら、お前も撃つ。それだけは忘れんな」

「……ああ。覚えておこう」

 俺は返事をする時、レンジから目を逸らさずにはいられなかった。

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