ヒガンバナ

 武器の密輸の仕事をした翌日。

俺とレンジは例のベラさんに会いに向かっていた。


レンジがこの前交渉したいと言っていた、俺たちにギフト調査の依頼をしてきた人だ。


元監守については企業の重要書類を盗み出すという仕事をやらせていたが、あいつは何日か掛けて計画を立て、それを実行したのがつい昨晩だったらしい。


満身創痍で、交渉に挑むような体力が残っていないということで、元監守は参加しないことになった。


仲介屋は他の仕事があるとかで、結局俺はレンジと二人で交渉に向かうことになった。


仲介屋曰く、ベラさんとは先日レンジが迷惑客を追い払ったあの飲食店で待ち合わせすることになっているらしい。


店に向かうまでの間、レンジの口数がいつもより少ないことが気になった。


「どうした。体調でも悪いのか? 昨日の肉体労働が響いてるのか?」

「ああ、そうかもな」


「この交渉も俺たちにとって重要なものだ。しっかりしてくれ」

「ああ。そうだな……」


いつもの人懐っこい態度が鳴りを潜め、どこか冷酷とさえ感じるほど端的に受け答えをする。


俺はレンジの態度を不審に思いながらも、緊張しているのかもな、と自分を納得させた。



 俺とレンジは約束の時間より少し早く店に着いた。

店に入ってすぐに、こちらを手招きする女がいた。


こちらの顔を知っている理由は分からないが、あの女がベラさんということだろう。


近寄ると、

「どうぞ、座って」

と着席を促された。


どこか聞き覚えのある声だったが、その時はどこでこの声を聞いたのか思い出せなかった。


俺たちが座ると、女はニッコリと笑って自己紹介した。

「顔を合わせるのは初めてね。キリン……いいえ、トリカブトだったわね。私はベラドンナ。よろしく」

俺の警戒心は跳ね上がった。

この女、何故俺の昔の名前を知っている?


ベラドンナと名乗ったことから、仲介屋の言っていた『ベラさん』というのはこの女でまず間違いないだろうが、確かベラドンナは毒を持った植物の名前だ。

こいつは……。


俺が口を開こうとすると、それを遮る形でベラドンナが身を乗り出すようにして笑顔で訊いてきた。


「ねぇ、以前も同じような質問をしたけれど、あなたってボスのことどう思ってるの?」


その言葉で確信した。

こいつの声、どこかで聞いたと思ったら。

毒針女だ。


困惑する俺を無視して、隣に座るレンジが言った。

「茶番は抜きにしましょう先輩。時間は有限です」

それを聞いてベラドンナは微笑んで

「気を引き締めなさい、と注意したのは私だったわね。あなたの言う通りよヒガンバナ。ごめんなさい」

と答えた。


俺はレンジの顔を凝視した。

こいつがヒガンバナ……?


理解が追い付かない俺の反応を楽しむように、ベラドンナはニッコリと笑いながら手鏡を取り出してこちらに向けてきた。

それを見て、俺はますます混乱した。


鏡には俺と、俺の隣に座る仲介屋の姿が映っていた。

一体、どういうことだ?


鏡の中の仲介屋が口を開いた。

「俺はギフトメンバーにして、ベラドンナ先輩の後輩だ。この前話した、俺が事務所でヒガンバナに襲われたっていうのは完全な嘘だ。ヒガンバナとは、この俺の事だからな。あれは自作自演。情報屋の爺さんに俺が味方であると証言してもらうためのな」


誘導されたのか。

確かに、俺が仲介屋のことを味方だと見なしたのは、情報屋が敵じゃないと断言したからだ。

情報屋に対する信用を逆手に取られた。


仲介屋は無感情に続ける。

「そしてお前には今朝、催眠をかけた。今、お前の目には俺がなんでも屋に見えていることだろうが、それは幻覚だ。自分の目で直接ではなく、鏡などを通して見れば本来の姿が見える。どうだ? 鏡の中の俺はちゃんと俺に見えているだろう?」


やられた。

今朝からレンジだと思い込んでいた隣に座る男は仲介屋だったのだ。


そして仲介屋の正体はギフトのメンバー、ヒガンバナだった。


しかし、それだとおかしい。

俺は平静を装いながら訊ねた。

「どうやって情報屋の目を誤魔化した」

情報屋には相手の言っていることが真実かどうか見極める魔法が使える。

嘘が通じる相手ではないはずなのだ。


仲介屋は俺の質問が大した問題でもないかのように、面倒くさそうに答えた。

「あぁ。俺は情報屋の天敵なんだ。催眠毒を使うからな。詳しくは俺の言ったことを情報屋本人に話してみれば分かるだろう。ともかく、俺はお前の敵だ」


俺はそれを聞いた瞬間、素早く懐から武器を取り出して仲介屋……ヒガンバナに突き付けたが、ヒガンバナは手袋をした手で俺の武器を掴んだ。


「絶縁体の手袋だ。電流を流しても無駄だよ。諦めて抵抗は止めろ」

「クソッ! レンジは……なんでも屋本人はどうした!?」


「就寝中にちょっとした痺れ毒を注射して攫ったわ。人質よ。無事だから安心して」

ベラドンナは当たり前のようにレンジを拉致した事実を伝えてきた。


畜生。

俺の判断ミスだ。

全員バラバラの場所で寝泊まりさせておけば良かった。


「さて、本題だ」

ヒガンバナは俺に構わず、淡々と話し始めた。


「なんでも屋を人質に取られているお前には拒否権がないことをあらかじめ伝えておく」


「……俺がレンジを見捨てる可能性だってあるだろう」


ベラドンナが笑って首を振った。

「それはないわね。あなたはそんなことができる人間じゃないわ」


「……チッ。で、なんだ。俺にどうして欲しい。要求を言え」

ベラドンナは笑みを引っ込め、真剣な顔をして言った。


「ボスとデートして頂戴」


「……は?」

「だから、ボスとデートして」

「何を言っている……?」


「ボスがあなたとデートしたがってるのよ」

ベラドンナの表情は至極真面目で、冗談を言っている雰囲気ではない。


「ボスはあなたとのイチャラブデートを望んでいる。拒否権はないわよ」

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