第07話 陰間の茶屋に散る花は(6)
「……ありがとうございました、樫瑠璃さんっ!」
港町の外れで、深々と頭を下げる桧廻さん。
その笑顔、その小さな両肩は、荷が下りた……という安堵に満ち満ちている。
そして三つの女児をうれしそうに胸に抱く隣の優男が、阿長か。
「ありがとうございます。俺に茶屋を辞める踏ん切りつけさせてくれて。桧廻を手放してしまった俺は、身を崩すまで茶男でいなければ……とヤケになっていました」
ふーむ……。
確かに美形ではあるが、長年の男娼生活で皮膚が傷み、やつれている。
その界隈には疎いが、勤められてあとニ、三年ではなかっただろうか。
これなら胡麻斑のほうが……。
いやいや、胡麻斑の容姿などどうでも──。
「──うむ。わたしの落文が、阿長さんへ上手く伝わってよかった」
「これでも材木商の息子ですからね。つのがらと名乗るお客様からの指名、含みがあるとすぐ気づきました」
──
襖、障子、窓の枠の、角の突き出た部分。
若旦那には、陰間茶屋の
こういった、通じる人にだけ拾ってもらえる言葉選びも、落とし文の仕事。
落文師の技量──。
「その若旦那がいたという部屋へこそりと入り、襖の角柄をあらためたところ、ありました。先生からの……そして桧廻からの落とし文が。両端を糊づけされて」
「手にするとき、破れませんでしたか?」
「それはもう。
「フフッ……目立たなかったでしょう? 鉋屑も試したのですが、張りつける木材によって、色味の違いがくっきりと出てしまい。その点削り節は半透明ゆえ、鉋屑より目立ちにくい。水に浸して魚の匂いを抜き、乾かしてから文を彫ったのには、少々骨が折れましたが。けれど食品だけに、証拠隠滅は容易……でしたね?」
「……はい。でも何度も何度も、飲み込むのを躊躇しました。幾度も読み返したかったので──」
胃の当たりを、弧を描いてさする阿長さん。
そう、鰹節へしたためた文は、証拠隠滅のしやすさのみならず、己の血肉にすることにも意味があった──。
「文面は『コ ミツ ヒメグロ』。たったそれだけでしたが、わたしにはすべてがわかりました。あなたは帰ってきていい、三つになったわが子を抱いてほしい、桧廻は待っています……と」
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