21. 裏切り者の矜持

 リョウは、走った。どこを目指すともなく、ただがむしゃらに。視界がぼやけ、足下がおぼつかない。何度か石に躓き転びかけた。それでも身体を起こして走り続けた。


(俺は、何をやってるんだ)


 何から逃げてるのか、自分が何をしたいのかも解らなかった。


 頭の中に繰り返して響く声がある。


『リョウ、お前はここに残れ』


『お前には、撃てないよ』


『来るな!』


『人質を逃がしやがって……お前は、裏切り者だ』


『お前は、青髭団なんかじゃねぇ』


 頬を伝う暖かいものを風が浚っていく。苦しくて苦しくて、息が出来なくて、嗚咽を漏らした。


 裏切ってなどいない。自分は出来る限りの事をした。自分は青髭団の一員だ。


 そう自分に言い聞かす。しかし、走る速度は上がっていく。


 どんっ!


「きゃっ!」


 突然、何かにぶつかって、リョウの身体が弾き飛ばされる。自分でも気付かない内に、かなりの速度で走っていたようだ。


「痛ぁ~い……」


 ぶつかった相手が声を上げた。どうやら向こうも弾き飛ばされたらしい。


 ぶつかった衝撃で我に返り、少し落ち着きを取り戻す。しかし、頭の中は混沌としていた。


「リョウ、ちゃん?」


 目の前で尻餅を付き、情けない声を上げたのは流李だった。


 リョウが流李を睨む。訳も解らず、キョトンとしている流李の傍らには、長さ1メートル弱はあるであろう銀の弓が落ちていた。


「どうして……」


 リョウの脳裏に先程の戦場で空から降ってくる銀の矢に次々と倒れていった仲間の姿が浮かぶ。


 流李は静かにリョウの次の言葉を待った。


「どうしてお前らはそんなに強い!? 俺と同じくらいの年だろ! 何で俺には何も出来ないんだ!」


 流李を睨む赤茶色の瞳が霞む。再び頬を伝うソレを、リョウは鬱陶し気に腕で拭った。


 流李が慌ててリョウに近寄る。しかし、優しく差し伸べられた流李の手を、リョウは叩き返した。


「私たちは、強くなんてないよ」


 じぃんと痛む手の甲をもう片方の手で包みながら、流李が言う。


「ふざけんな! あんだけ俺の仲間を殺りやがって……あいつらが弱いって言うのかよ!」


 そんなこと、と流李が首を横に振るが、リョウの耳には届かない。


「ああ、そうだよ! お前らの言う通り、俺は女だ。だからどうした、女だからって宇宙賊にはなれないって言うのか!」


 流李の顔がみるみる内に歪んでいく。


「女が一人野郎共に混じっていられるわけねぇんだ。だからお頭は……親父は、俺を男として育てた! だから俺は男だ!」


 言っている内容がちぐはぐで矛盾していたりするが、それもリョウの心中の現れなのだろう。


 流李は、とうとうその瑠璃色の瞳から大粒の涙を零し始めた。


「使命があるからか! 自分が特別だと思えるからか!」


 宇宙賊の子供として生まれてきた故、リョウはそれ以外の道を知らない。そして、頭の子供だからと言って、厚遇されるわけでもなかった。


『俺はお前を特別扱いなんかしない。青髭団でいたかったら、俺の事は頭と呼べ。それで、俺に認めさせてみろ』


 しかし、いつまで経っても青髭に一人前の宇宙賊として認められないリョウは、その他大勢の団員達の中で一番下っ端の雑用係でしかない。そして、頭の子供のくせに何も出来ないというプレッシャーが重くのし掛かる。


 リョウは、自分で道を選ぶ事もなく、ただ生きていく為に努力した。青髭、父親に自分の力を認めてもらう為に。


 それには、周りに舐められたり、役立たずではいられない。自分が女だという事を隠して、日々辛い仕打ちにも耐えてきた。


「どうせ……俺には出来ないんだ。いくら陰でがんばったって、親父は俺を認めてなんかくれない。青髭団だって……今じゃ俺は裏切り者だ」


 再び先程の青髭の叫び声が聞こえてくる。耳を塞いでみるが、声は止まない。


「もう、俺には何もない。家も、仲間も、もうないんだ」


 ああ、と流李が不意に穏やかな顔つきになる。感受性が強い故に、流李にはリョウの心が痛い程解った。自分の為ではなく、流李はリョウの心の辛さに涙していたのだ。


 言うだけ言って気が済んだのか、言いたくても言葉が出ないだけなのか、リョウは顔を伏せて静かに肩を震わせていた。


「リョウちゃん、がんばってきたんだね。いっぱいいっぱい、女だとか子供だって肩書きに負けないように。お父さんに、認めてもらえるように」


 でもね、と流李が続けた。


「強さって力じゃないと、私は思う」


 リョウが顔を上げる。何故か、この少女の言葉は、嫌味にも慰めにも聞こえない。彼女は、心からリョウの痛みを解ろうとし、それを想い涙しているのがリョウにも解った。


「さっき、青髭さんの前に立ちはだかって行ったリョウちゃんは、十分強いと思うよ」


 流李は、涙を流しながら笑っていた。


「目的、一緒に捜そうか」


 そう言って、流李は先程リョウに拒絶された白い手を、再びリョウの前に差し出した。

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