4. 宇宙へ!
地球を飛び立った317号は、月を左手に最高速度で飛んでいた。操縦席は、全部で三つ。右側の席だけが空いている。
「はあ~、もう二度とこの地球を見る事は出来ないのかしら」
左側の操縦席に座っている流李が、頬杖を付いたまま、ため息を吐く。伏し目がちの目が美麗な顔に長い睫毛の陰を落としていた。瑠璃色の瞳には、手元のモニターに映る「地球」が映し出されている。
流李が二度目のため息を吐いた時、背後で扉が開く機械音がした。
「流李~、地球なんか見れなくったって、死にゃあしねぇよ」
流李が声のした方を振り向くと、両腕を頭の後で組んで、こちらの方へ近づいてくる桃乃の姿があった。
「宇宙船内の探索は楽しかった?」
操縦席の真ん中に座っている紗那が後を振り向く事もなく、感情のこもっていない口調でそう言い放つ。
地球を旅立ってすぐ、船内探索に出かけたり、モニターに映る地球を眺めてため息ばかり吐く2人は、操縦を紗那に任せっきりなのだ。
宇宙船内の探索と言っても、少しでも機体を軽くする為に部屋は各自室と、お風呂兼洗面所(トイレ付)、食料庫、キッチン、そして今いる操縦席とくつろぎスペースが一部屋になった7部屋だけになっている。
桃乃は、紗那の嫌味にも気付かず、右側の操縦席に座った。
「いや。つまんねぇ。ったく、隠し部屋とか作れよな」
その端正な顔立ちを台無しにしているカットバンの貼られた鼻の頭を、桃乃が人差し指で擦りながら、にっ、と笑う。
紗那は、冷たい黒い視線をちらりと桃乃に寄こしただけで、すぐに視線を戻した。
桃乃の橙色の瞳が、先程からこちらに顔を向けようとしない紗那の横顔を見つめる。
黒く艶のある髪は左右で二つに結ばれ、美しいと言うよりも人形のように可愛いらしい顔つきからは、純で可憐な乙女しか思い起こさせない。
(笑ったら、かわいいだろうになぁ……)
紗那は、感情を顔に出す事が滅多にない。いつも無表情で、その黒い瞳は真っ直ぐ前を見ている。
「紗那ちゃん。私達、また
「誰かが新惑星を見つけたらすぐにでもそこに移住するから、その可能性はないわ」
流李の質問に紗那が即答する。
いつも以上に冷たい紗那の口調に、流李の瞳が潤む。
「でもよう、俺達なんか
確かに、この三人はまだ物心付く前から『宇宙学園』で生活していた。両親は地球に住んでいる為、休みとなると地球へ足を運んではいたが、それでも『宇宙学園』での生活の方がずっと長い。
「ま、あんな犬のクソみたいな星なんか、とっとと捨てりゃあよかったんだよ」
「ひどいわぁ~桃ちゃん!」
流李の声に桃乃と呼ばれた橙色の少年……いや、少女が肩を竦める。
「二人とも、地球がまだ『緑の惑星』と呼ばれていた姿を見たことがないから、そんな事が言えるのよぅ」
「なんだよ。流李、お前いったい
桃乃が訝しむような目つきで流李を見る。
地球が『緑の惑星』などと讃えられていたのは何百年も昔の話だ。
「ホログラフィでね。『地球サミット』が行われていた時に放映されてたのよ。あまり画像はよくなかったけど……青くて、まるでガラス玉のように美しかったわぁ」
流李が顔の前で両手を組み、瑠璃色の瞳を潤ませて想いを馳せる。
しかし桃乃は、そんなものはどうでもいいとでも言うように大きなあくびをした。
紗那は相変わらず目の前のモニターを見ている。
自分が独り言でも喋ってるかのような気さえしてきた流李は、虚しくなって肩を降ろした。
「今からワープで第一銀河系を抜けるから。二人とも、シートベルトをして」
二人が紗那の言葉に従う。
その時、ふと、流李は何気なく紗那の横顔を見つめた。いつもに増して不機嫌な顔をした紗那。
他の者から見れば、無表情としか見えないのだろうが、赤ん坊の頃から一緒に育ってきた流李と桃乃には、紗那の僅かな表情を見て取れるのだ。
さっきから、その黒い瞳は、ずっと目の前のモニターだけを見ている。そして、手元のモニターに映る地球を見ようともしない。
紗那の口元が少し、きつく結ばれたような気がした。
(もしかして、紗那ちゃんも、地球を離れるのが辛いのかしら……?)
紗那は、滅多に弱音を吐かない。幼馴染みの流李と桃乃でさえ、紗那の泣き顔を見た事はない。
「……流李、口開けてたら舌噛むよ」
「へ?」
次の瞬間、機体が速度を増し、その振動が身体を伝う。
紗那の忠告も虚しく、自分で噛んだ舌の痛みに顔を歪ませ、流李は、紗那を見つめているうちに、いつの間にか自分が口を開けていた事に気付いた。
(うぅ~……前言撤回ぃ~)
こうして、三人の少女を乗せた317号は、地球のある第一銀河系に別れを告げた。
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