第6話

 クローデットは翌日から早速、調理場にいる料理長に会いに行った。今まで食べたいお菓子がある時は侍女に伝えていたし、晩餐などで料理の説明のため料理長が食堂に現れることはあったが、自ら調理場に足を踏み入れたことはなかった。流石に公爵令嬢が調理場に出入りするのは良くないと理解していたから。でも、お菓子を自分で作りたいという欲と、もしゲームのような展開になってもお菓子さえ作れれば平民としてもやっていけるはずだという強い思いから、貴族令嬢としての常識はどうでもよくなった。


 クローデットが調理場に訪れたことに料理長は驚いた。身長が高く、がっしりとした40代半ばの男性はクローデットの視線に合わせるために、しゃがんで声をかけた。


「お嬢様! このようなところに、一体どうなさったのですか?」


「ビル、私お菓子作りがしたいの。だから調理場を使わせてもらいたくて、ダメかしら?」


「お嬢様が?」


「えぇ、そうよ」


「いけません! 調理場では刃物や火を使っているのです。万が一お嬢様が怪我でもしてしまったら……そのような危険を伴うことをお嬢様にさせるわけにはいきません。お嬢様、旦那様はこのことはご存知でしょうか?」


「いいえ」


「でしたら、申し訳ございませんが、料理長としては許可できません」


「そう。無理を言ってごめんなさい。お父様から許可をもらえたらお願いするわ」


 断られてしまったが、クローデットはそれ以上、その話を続けるつもりはなかった。確かに公爵令嬢であるクローデットが怪我をしてしまえば、その責任は料理人に行く。彼らは何もしていないのに、間違いなく職を失うだろう。そこに思い至ったため、その件は後回しにした。包丁は持たないとか、火を使う場合は他の料理人にやってもらうとか条件付きであればお父様の許可を頂くことも可能だろう。後でその条件を考えることにした。



 料理長には他の件でも話をしたかった。

 まず、今後はお菓子の量を減らして欲しいこと。砂糖の量も減らして甘さを控えめにして欲しいこと。そして、野菜等を使ったデザートを作って欲しいこと。これら要望を料理長に伝えた。


 池で溺れて命の危機に面したことにより、健康の重要性と体力や反射神経の必要性を痛感したため、痩せて身体も少し鍛えたいと思っていると説明したら、納得しやすかったらしく、それらの要望をスムーズに了承してもらえた。



 前世の知識を参考に、野菜を刻んで生地に練り込んだり、豆腐や体に良さそうな他の食材を代用する提案もした。知識を話すだけであれば、怪我も危険も心配はない。この世界にはないダイエット向きなお菓子、健康的なデザートをどんどん生み出してもらえたらと思う。


 クローデットの提案によって料理人魂に火がついた。代用品となる食材のアイディアを出し合いながら、次々と議論が白熱していった。結論としては、色々と試したり、研究してくれるとのこと。新しいデザートの誕生が楽しみである。



 ダイエットするなら、お菓子にだけ焦点を当てずに、食事も工夫すべきだと考えたクローデットは、カロリーを抑えるための提案も幾つか出した。


 クローデットの助言や指示を毎日のように受けながら、調理場では料理やお菓子の工夫や創作が進められた。クローデットが調理場に居ることも当たり前となり、賑やかで楽しい雰囲気も広がっていく。




 ダイエットと切っても切れないのが、運動である。残念ながら、体型にも体力にも今まで一切気にしていなかったため、クローデットは体力がない。いきなり無理をしても数分でバテてしまうのは分かりきっている。焦らずに、コツコツと進めるのが大事だと自分に言い聞かせながら、ストレッチと散歩を始めた。


 ストレッチも現在の体型では、まともに出来ないが、少しづつやっている。散歩については、屋敷内や庭を歩き回っている。景色を楽しみながら散歩が出来れば気分も晴れてやる気も出るはずだと、庭以外の場所も庭師や建築士に工夫をお願いした。



 今まで滅多に散歩もしなかったクローデットが外に出るようになったという変化に、家族も使用人もエルネストも戸惑った。エルネストはクローデットの邪魔をする気はないが、急にお菓子の量を減らしたり運動を始めたことを、かなり心配していた。


「クゥ。急にどうしたの? もしかしてあの時頭を打って……」


「大丈夫よ、エル。心配しないで。あのね、この前溺れた時、私すっごく怖かったの。ドレスも水を吸って重くなってどんどん沈んでいく。必死に足掻いても、護衛が救助に少し手間取っていた。早く助けて欲しいって思ったわ。痩せて体力をつけて反射神経も良くなれば、今度は転んで池に落ちるのも防げるかもしれないでしょう? だから、体型も体力もこれからは気にしようと思ったの」


「そっか。でも、絶対に無理はしないでね。クゥの笑顔が見れなくなるのは嫌だから……俺もあの時怖かったんだ。でも、結局何も出来なかった。……だから、俺も今度こそクゥを助けられる様に鍛えるよ」


「じゃあ、お互い無理しないで、一緒に頑張りましょう」


「うん」


 エルネストは帰宅後、ジュリオ公爵にお願いした。翌日に訪ねてきた時には、既に講師候補に話を通しているところらしい。流石宰相。仕事が早い。


 1週間後には、エルネストは剣術を習い始めた。エルネストも少しづつ体を鍛えるために、まずは体力を増やすことから始めていると聞いた。



 しばらくすると、エルネストは剣の稽古についての話もするようになり、それに感化されたルネもお父様に講師をお願いしていた。


 それからは、ダイエットに、食事やお菓子の改善、マナーや作法、ダンスに勉強と日々忙しくも、色々な事に時間を費やしながら、楽しい毎日を過ごしている。

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