第13話



 さて、そろそろ出発せねばな。



 (おい、頼むから余計なことはさせないでくれよ??)


 「ん?何がだ?」


 (何がだじゃなくて、わかってんだろ!)



 …やれやれ


 やかましいやつだな。


 ヒロが心配しているのは、「魂人形(アバター)」と呼ばれる擬似的な魂を通じて、自らの体を乗っ取られることだ。


 仕事に行く時はいつも、ヒロの代わりに私が用意したアバターを憑依させ、学校に行かせている。


 週に約3日から4日は悪霊退治に出かけているわけだが、その間ヒロの肉体は“魂のない状態”になってしまい、周囲の人間からすれば昏睡状態に陥っているように見えてしまう。


 私と契約した以上は、日常生活の半分は捨てなければならない。


 つまりアバターを用いなければ、ヒロはまともな日常生活さえ送ることが難しくなる。


 神の「神器」になるということはそういうことだ。


 もっとも、なぜそんなことになってしまうのかは、これから詳しく説明しよう。



 まず、私たちが悪霊を討伐する際には、悪霊たちがいる場所へと行かなければならない。


 その「場所」とは、通称“常世(とこよ)”というところであり、現世とあの世を結ぶ中間世界のことである。


 常世に行くには「門」を潜らなければならず、その門の役割を担っているのが鳥居となっている。


 生身の人間では、いくら鳥居を潜ろうとも常世には行けない。


 時々悪霊の仕業で迷い込んでしまう人間がいるが、ごく稀だ。


 ヒロは神器となることで常世へと自由に出入りすることが可能になり、その結果、肉体と精神とが分離する状態となる。


 肉体を持ったまま常世に行くことはできず、また、精神だけが現世に戻ることはできない。


 人は死後、常世を通ってあの世へと渡るが、帰る肉体がなければ、永遠に現世へと戻ってくることはできない。


 私が神器としてヒロを扱っている間は、ヒロの肉体は「刀」そのものになる。


 だから常世と現世を自由に行き来することができ、悪霊退治に出向くことができるというわけだ。



 魂が抜けている間は、まるで眠っているような状態になる。


 どんなことをされても起きることはなく、仮に倒れているところを見つけられ、病院に運ばれても、“脳に異常が見られる”としか扱われない。


 魂の抜けた人間の脳は、いわば植物人間のような状態に陥る。


 心臓は動き続けるし、呼吸もするが、生命活動以外の肉体的な挙動は一切なくなる。


 だからこそアバターを憑依させ、日常生活に戻すというのが、神器として人間を扱う神々の間での通例となっていた。


 ヒロの肉体に憑依させたアバターの人格は、私自身が作り上げた“理想的な男性の「魂魄」“である。


 どういう意味で理想的かと言えば説明が難しいが、この場合で言えば、ヒロに無いものを全て兼ね揃えた男性という意味だ。


 しかしどういうわけか、そのことをヒロはものすごく毛嫌いしている。


 私が創り上げた魂魄はヒロの人生に多大な影響を及ぼしているが、どうやら、本人曰く”余計なお世話”だそうだ。


 スポーツもできて勉強も完璧。


 おまけに彼女は3人もできた。


 それなのに、あろうことか「迷惑だ」と。


 私には、ヒロの考えていることがよくわからない。


 頭の中を覗いてみようにも、どれもこれも幼稚というか、理解し難いものばかりで。


 昨日のデートもそうだ。


 憧れの先輩とやらと不埒な妄想までしておいて、どの口が“先輩はそんなんじゃない”と言うのだろうか。


 付き合いたいんだろう?と聞いてやったが、返ってきたのは「お前には関係ない」の一言だった。


 ヒロにとってはそうでも、私にとってはそうではない。


 契約をしている関係である以上、私とヒロは一心同体のようなものだ。


 雑念ばかりで困っていたのだ。


 それならいっそ踏ん切りをつけるか、連絡を取り合うなどして前に進めと助言してやった。


 そのほうがお互いにとって都合がいいからだ。


 短い人生で、何を迷う必要があると言うのだろうか。


 好きな人間がいるのなら好きと言え。


 相手に迷惑だとか、自分には相応しくないだとか、それならばいっそその人のことは忘れてしまって、別のことに集中すべきだと私は思っている。


 どこかナヨナヨしいのだ。


 男として生まれてきたからには、もう少し背筋を伸ばして、はっきり物事に向き合える人間になれ。


 そう言い続けてきてはいるが、なんというかまあ、器が小さいと言うか、度量が無いと言うか。



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