第39話 スライム
「せあっ!」
振り下ろしたミスリルソードが、茶色いゼリーのような物体を切り裂いていく。
抵抗はなかった。まるで本物のゼリーをスプーンで切るかのような抵抗のなさ。
しかし、スライムに沈み込んだ剣先から、なにか硬い感触が返ってくる。スライムの核だ。
だが、いくら硬いとはいえミスリルソードの切れ味の相手にはならない。まるで熱したナイフでバターを切るようにするりと切れた。
核を両断されたスライムは、ぷるりっと震えると、茶色い水溜まりへと変わった。
「よし……」
これでスライムは倒せたな。
少しだけ体が熱くなるのを感じた。きっと経験値を得たからだろう。
達成感を味わいながら振り向けば、同じような水溜まりの前に立っているヴィオ、毛繕いをしているシャル、つまらなそうにしているカルラがいた。
みんなも無事みたいだな。
まぁ、スライム自体は弱いモンスターだからね。
でも、ここのスライムは他のスライムとは一味違う。ここに現れるスライムの名前はラストスライム。先史文明の遺跡である飛空艇を溶かして食べているスライムなのだ。その茶色い体は、飛空艇の錆を食べている証拠だね。
ラストスライムは、メタルスライムほどではないけど貰える経験値が多い。ここはそんなラストスライムばかりが出現するダンジョンなのだ。
ゲームでは、飛空艇を手に入れないとこのダンジョンに来ることはできない。このダンジョンはゲームの本編とは関係ないボーナスダンジョンなのである。
ゲームでは、主に低レベルの仲間のレベル上げに役立てていたようだ。
このダンジョンに最初から来られるなんて、かなりのアドバンテージだ。バルツァーレク、いや、カルラのおかげだね。
私は死にたくないからエリクサーを求めている。でも、考えたくもないけど、伝説の霊薬をもってしても私の罹る死病は治らないかもしれない。
そうなれば、私はゲーム通り黒の宝珠のレシピを求めて人類を裏切り、主人公と対峙することになるだろう。
その時に勝てるようになっておきたい。
無論、私にも親しい人間、死んでほしくない人間はいる。だが、それらすべてと比べてもヴィオの方が大切なのだ。
狂っていると言われるだろう。頭がおかしいと糾弾されるかもしれない。
だが、これが私の偽らざる本音なのだ。
「シャーッ!」
シャルの警戒の声が響く。またラストスライムが来たのか。
だが、錆びた通路の角から姿を現したのは、ピカピカと銀色に輝く流線形だった。
「なッ!?」
「何あれ!?」
私とヴィオの声が同時に響き渡る。
しかし、私の驚きは加速することになる。
同じ銀色の輝きがもう一つ現れたのだ。
「なん……ッ!?」
あれはメタルスライム!?
そんな、メタルスライムは出現率一%にも満たないレアポップモンスターだぞ!?
出会うだけでも奇跡なのに、なんで二体もいるんだ!?
だが、メタルスライムが答えてくれるわけがない。
二体のメタルスライムがぷるりと震えると、その瞬間、体の一部を槍のように目にも止まらぬ速さで射出した。
「何なの、こいつら!?」
隣でヴィオが余裕を持ってメタルスライムの槍を回避するのが見えた。
だが、私は……!
「くっ!?」
避けきれない――――!
その時、私の視界の端に黒い何かが輝いた。
「くはッ!?」
メタルスライムの槍は私の右肩に突き立った。
しかし、予想よりも衝撃は弱く、右腕が切り飛ばされることもなかった。
なぜか?
それは――――。
「シャル……?」
シャルだ。シャルが槍と私の間に体を滑らせ、その身に槍を受けていた。
シャルの黒い毛並みが、血に濡れて輝いていた。
シャルの運動能力ならば、メタルスライムの槍を避けるなどわけないだろう。シャルはその小さな体で私を庇ったのだ。
「そんな……」
その事実が胸が張り裂けそうなほど私を苦しめる。
だが、自分を虐めて楽しむのは後だ。今はメタルスライムをどうにかしないと。
「カルラ! 左のメタルスライムを頼む!」
「うむ!」
「ヴィオ! 私たちは右だ!」
「ええ!」
シャルの亡骸を床にそっと置くと、立ち上がってメタルスライムへと駆ける。
「燃えよ!」
カルラの涼やかな声が通路に響き渡り、その瞬間、左のメタルスライムが黒い炎に包まれた。
メタルスライムは物理攻撃には耐性があるが、魔法には弱い。カルラの黒い炎に包まれたメタルスライムは、みるみるうちにその体積を減らし、蒸発した。
「うっ!」
その時、丹田の奥から燃え上がるような熱を感じた。気を抜けば、そのまま座り込んでしまいそうなほどの体内でうねる巨大な熱量。きっとカルラがメタルスライムを倒したから、その莫大な経験値によって大幅にレベルアップしたのだろう。
まるで自分が別の何かになったような、細胞レベルで作り変えられた気分だ。
頭がスッと冴えて、力がみなぎる!
私は錆びた通路を左足で踏み込むと、まるで足の裏が爆発したような推進力でメタルスライムへと疾走した。
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