第32話 ニャンモナイト
「シャルー!」
ある日。私はシャルを探して屋敷の中を彷徨っていた。
「シャルを見なかったか?」
「シャル様ですか? 少し前に厨房に向かわれるのを見ました」
「そうか、ありがとう」
廊下を歩いていたメイドから情報を得て、私は厨房へと向かう。
もうすぐ厨房に着くという所で、厨房から明るい笑い声が聞こえてきた。
「シャル様はすっかり元気になりましたねー。こんなにたくさん食べられてー。昔を思い出しますよー」
「左様でございますね。それに、毛の艶も出てきた気がいたします」
「そうですねー」
「にゃー」
「シャル様、おかわりですかー? 次は鴨なんていかがですかー?」
「まぁ! 今、シャル様が頷きましたよ!」
「人間の言葉がわかるんですかねー」
「シャル様はとってもお利口ですから」
どうやらシャルはまだ厨房にいるらしいな。
「邪魔するぞ」
厨房のドアを開くと、そこには一人のメイドと料理長、そして料理長に貰ったらしい鴨をパクついているシャルがいた。
「これはこれはクロヴィス様ー。ようこそ我が城へー」
大仰な仕草で礼をしたのは料理長のジローだ。五十過ぎの筋肉モリモリマッチョマンなナイスミドルである。
料理は力仕事だからね。他のシェフもよく筋肉が発達しているが、ジローの筋肉はその中でもピカイチだ。
だが、その内心はとても優しい男だったりする。私はこのジローを通して人は見かけによらないということを学んだほどだ。
「クロヴィス様も間食をご希望ですかー? パパッと作りますがー」
「いや、大丈夫だ。実はシャルを探していたんだが……。ちょうどいい、ジローに作ってもらいたいものがある」
「おぉー! いいですねー。以前教えていただいたマヨネーズは、それはそれは美味でしたー。もうマヨネーズは革命的なソースですよー!」
「喜んでもらえてうれしいよ」
私は以前にもジローにお願いして、異世界の食べ物を再現してもらっていた。その中でもジローたちシェフが特に気に入ったのがマヨネーズだ。料理の革命だとそれはもう大喜びである。最近はマヨネーズを使った新たなソースの開発をしているらしい。だが、私が欲しいソースがなかなか完成しないので、ここらへんでテコ入れしてもいいだろう。
「茹でた卵にマヨネーズを加えて、卵を潰して和えるんだ。塩と胡椒で味を調えてくれ」
「マヨネーズにさらに卵!? その発想はありませんでしたー。さっそく作ってみますー!」
「頼んだ」
「休憩は終わりだー! 新しいソースを作るぞー!」
ジローが大声を出してシェフたちを呼び寄せ、さっそく鍋に水を入れている。きっと今から試すのだろう。ジローは料理のことになると一途だからなぁ。
「シャルも残さず食べたようだし、邪魔にならないうちに退散するか」
「にゃー」
私はシャルを抱っこすると、厨房を後にする。
そして、広間の日当たりのいい場所を選んで椅子に座った。シャルを膝の上に乗せると、撫でろとばかりに私の胸に手を置いて頬に頭突きをしてくる。
「わかったわかった」
私がシャルを右手で撫で始めると、シャルは膝の上で丸くなった。
よくわからないが、ニャンモナイトという言葉が浮かんだ。
陽だまりの中、シャルを膝の上に乗せながら、その柔らかい体を撫でる。
のんびりとした贅沢な時間の使い方だ。
シャルも死体だからやっぱりその体は冷たい。けれど、日の光によってシャルの体がだんだん温まっていくのが嬉しかった。
「クロ、こんな所にいたのね」
シャルと一緒にのんびりしていたら、いつの間にか広間にやって来たヴィオが目の前にいた。
「ヴィオ? どうしたの?」
「もー! この時間はわたくしと一緒に剣術の訓練の時間じゃない!」
「あー……」
そういえばそうだったな。
「シャル、ごめんね。私は行くよ」
「ぶにゃー」
膝の上から椅子の上に移動させられたシャルは、ちょっと不満そうな声で鳴いていた。
「じゃあ、行こうか」
「ええ」
最近は二人とも真剣を持って庭で模擬戦をすることが多い。
まだ先の話だが、ダンジョンに行く時のために少しでも強くなりたいのだ。
「あら?」
「ん?」
庭に出るために玄関に向かっていると、ヴィオが何かに気が付いたように振り返った。
私も釣られて振り返ると、私たちの後からシャルがぽてぽてと付いてくる。
「シャルもお庭に行きたいのかしら?」
「ぶにゃー」
「あっ!」
ヴィオがシャルを抱え上げると、シャルは身をよじって私の胸に飛び込んできた。
私は慌ててシャルをキャッチすると、シャルが私の胸に頭突きするように体を擦りつけてくる。
「フラれちゃったわね。シャルは本当にクロが大好きね」
「そうかな?」
「そう思うわよ? わたくしが撫でるのは許してくれるけど、抱っこは許してくれないもの」
「そうなんだ」
シャルの中ではこの人はここまで許すという明確な基準でもあるんだろうか?
その後、私とヴィオはシャルを連れて庭へと剣術の訓練に赴くのだった。
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