第30話 初めての一本
次の日の練兵場。
「ふぅー……」
猛々しい兵士の声が響き渡る中、私は静かに息を吐いて前を見つめた。
視線の先には二刀を構えたエンゾがいる。今日はお互いに木剣じゃない。真剣だ。
私の剣術が一定以上になったため、これからは真剣で訓練をするらしい。
まぁ、実戦では真剣を使うからね。より実戦味を帯びた訓練というわけだ。右手に持ったミスリルソードは木剣よりも多少重たい。この重さにも慣れていかないとな。
そして、私はおもむろに左の義手の手首をひねる。すると、左手首からシャリンッと涼やかな音を立てて刃が生えた。これで私も二刀流だ。
「行くぞ!」
両手の剣を構えてエンゾに向かって疾走する。エンゾはそれをジッと眺めていた。
私は右の義足で地面を蹴り、左へとステップを踏む。以前使っていた義足よりグリップが効き、より大きくステップを踏むことができた。
義足の調子はまずまずだな。次は義手の能力を試そうか。
大きくエンゾへと踏み込む。
お互いの刃が確実に届くキルゾーンへの侵入だ。
「せあっ!」
エンゾが防御を固めるのを見て、私は攻撃に移る。上体を左にひねり、下から掬い上げるような連撃!
キンキンッと鋭い音と火花を散らして、私の二連撃がエンゾによって受け止められる。
ここまでは予想通り。この次は――――。
エンゾが力任せに私を突き飛ばそうとする。
エンゾと私は、文字通り大人と子どもだ。当然、エンゾの方が力が強い。密着して躱すのも間に合わない以上、私は突き飛ばされるしかない。
だが、この時を私は待っていた!
私はエンゾの押す力に素直に従って上体を後方に逸らした。
そして、その力に身を任せるように上方にジャンプする。
すると、体が自然とバク転の形になる。
そのままバク転すると、私の右義足の一本足がエンゾの顎を捉え、蹴り上げる。
「なッ!?」
「ととっ」
練兵場の地面に着地すると、目の前には情けない顔をしたエンゾがいた。
「やられました。まさか、あんな手があるとは。俺はこれでも腕の立つ方だって言われてるんですけど、辺境伯様を見てると自信がなくなりますね」
「褒め過ぎだ。初めて一本を取っただけだろ?」
「いやいや、自分を持ち上げてるように聞こえるかもしれませんけど、普通こんなに早く俺から一本取れるようになりませんよ?」
「ヴィオがいるだろ?」
「ヴィオレットお嬢様は特別ですよ。もう俺よりも強くなっちまって……」
エンゾが遠い目で練兵場の中央を見る。私もそちらを見ると、ヴィオが三人の兵士を相手に模擬戦をしていた。しかも、見ている限りヴィオの方が優勢だ。とんでもないな。
「これも才能ってやつですかね? 才能って残酷ですね……」
「そうだな……」
ヴィオはどんどん強くなっていく。それ自体は嬉しいことだし、嫉妬も卒業した。
でも、やっぱり男の子としてヴィオを守りたい気持ちはあるのだ。
「エンゾ、もう一本だ」
「はい、わかりました。今度は負けませんよ」
そう言って両手の剣を構えるエンゾ。
もう奇をてらった作戦は通じないだろうなぁ。私も地力を上げるために努力しなくては!
◇
「エンゾから一本取ったの? クロやったじゃない!」
練兵場からの帰りの馬車。ヴィオにエンゾから一本取ったことを報告したら、抱き付かれてしまった。ヴィオは昔から感情表現が大きな方だったからね。全身で喜びを表現して、私以上に私の成功を喜んでくれるのだ。
「ありがとう、ヴィオ。ヴィオだってすごかったよ。三人を相手に勝っちゃうなんて」
私はヴィオの背中に腕を回しながら言った。
あの後、ヴィオは少し苦戦しつつも、見事三人の兵士相手に勝利を納めた。小さな体と【スピードスター】の素早さを生かした戦い方だった。
「ありがとう、クロ。きっとクロもすぐできるようになるわ」
「そうかな?」
さすがに難しいと思うんだけど。
「わたくしにもできたんだもの。クロにもできるわよ」
「そっか。がんばってみるよ」
ヴィオのようにすいすい成長できるわけじゃないけど、私も私なりにがんばってみよう。
そしていつか、私がヴィオを守れるようになるんだ!
「ええ!」
ヴィオの浮かべる笑顔は私の成功を信じ切っているように綺麗で濁りないものだった。
「そうだヴィオ、ちょっと手を貸して」
「え? いいわよ」
私はヴィオの手を取ると、雷の魔法を発動する。
「?」
しかし、ヴィオは何も感じてはいないようだ。
「どう? 変な感じはしない? 痺れてるとか」
「何もないわね。何かしたの?」
「ちょっと魔法をね」
やはりヴィオは何も感じていないようだな。ゲームでのヴィオレット戦でも、ヴィオレットには状態異常は効かなかった。どうやらゲーム通りアンデッドには状態異常は効かないらしい。
試しにエンゾに使ったら、驚いて剣を取り落としていたから、戦闘でも使えると思ったけど、相手は選ばないといけないみたいだ。
「魔法? それってどんな魔法?」
「雷の魔法だよ」
私は左目を覆っていた黒い布の眼帯を外してみせた。
「目がある!? 目があるわよ、クロ! 生えてきたの?」
「生えてはこないよ。これは魔眼っていうアーティファクトなんだ。着けると魔法が使えるようになる。この魔眼の場合は雷の魔法だね」
「へー。紫の目でわたくしとお揃いね! わたくしも着けられるの? わたくしも魔法を使ってみたいわ」
「あー……。残念だけど、これを着けると目が見えなくなるんだ。だから、やめた方がいいよ」
「見えてるわけじゃないのね。なんか変なの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます