第20話 お忍びデート
「クロ! 早く! 早く!」
「わかったよ」
左腕に抱き付いたヴィオに引きずられるようにして、私は馬車に乗り込んだ。
今日は待ちに待った王都観光の日なのだ。
コランティーヌ夫人は王都のお友だちと個人的なお茶会をするらしいので来ない。なので、今回の王都観光はヴィオと二人っきりのデートなのだ。
お茶会というのは本当だろうけど、たぶん、コランティーヌ夫人は気を使って遠慮してくれたんだろうな。
「アルノーも早く! 早く!」
ヴィオが窓からアルノーを急かしていた。
「おっと、これは失礼しました」
アルノーが馬車の御者席に座ると、いよいよ馬車が発車する。
「ねえ、クロ。今日はどこに行くの?」
「今日はお忍びで下町に行こうかなって思っているんだ」
「下町?」
「そう。この間、馬車の中から観光したのは富裕層が多く暮らすエリアなんだ。今回は平民のフリをして、もっと人がいっぱいいる所に行くんだ」
「だから着替えたのね!」
そういうヴィオの服はいつものドレスではなく、ブラウスとスカートという裕福な平民のお嬢様といった感じだ。私の姿もどこからどう見ても裕福な平民の子どもだろう。
馬車も敢えて紋章の入っていない質素な馬車を選んだからね。これで貴族の子どもだとバレることもない。
さすがに安全も考えてアルノーが付き添いで付いてくるが、これは仕方がないね。
「今日のヴィオは平民のお嬢様だ」
「それ、面白そう!」
よかった。ヴィオは楽しんでくれているみたいだ。昨日、アルノーと一緒にデートプランを考えた甲斐があったな。
馬車は貴族街を抜け、富裕層エリアと下町を分ける壁をくぐる。その瞬間、わっと人の声が聞こえてきた。
「安いよ、安いよー! ソーセージ入りのポトフはいかがかなー?」
「靴磨きいかがですかー?」
「豚肉の串焼きだ! 食ってけ!」
「今日は東の広場で市場が立ってるよー! 行かなきゃ損だぜー!」
「お前見てないのかよ?」
「ドラゴンがあんな近くで見られるなんて感動だ!」
「王都名物ソーセージマルメターノはいらんかねー?」
人を呼ぶ売り子の声。人々の話声。そういったものが一体となり、窓を閉めているのに音のシャワーとして次々にぶつかってくる。
しかも、なんだかおいしそうな匂いまでしてきた。ヴィオじゃないけど、私も活気のある下町にもう興味津々だ。
「みんな楽しそう! ねえ、クロ。わたくしたちはどこに行くの?」
「まずはお店が並んでいる所に行ってみよう。実際にお店に入ってみるんだ」
「まあ!」
ヴィオが大きく開いた口を手で隠して驚いてみせる。
そうだね。私たち貴族にとって、商人とは屋敷に呼ぶものだ。商人の開いているお店に入るのは、私も初めての体験だ。ちょっとわくわくしているのを感じた。
「坊ちゃま、お嬢様、到着いたしました」
それからしばらく馬車で走ると、ついにお店に着いたようだ。
「さあ、どうぞ」
アルノーが馬車の扉を開けると、いつも通り私が先に降りてヴィオに左手を差し出す。
「ありがとう、クロ」
ヴィオは私の左手に手を乗せると、ゆっくり馬車を降りる。
「ここは何のお店なの?」
「ここは宝飾店だよ。ヴィオにお似合いの物があるといいね」
「ええ!」
「いらっしゃいませ」
アルノーが開けてくれた扉をくぐると、人通りの多い外とは違い、店内は静かな空間になっていた。そして、店に入ってすぐの所に怖い顔をした黒服ガードマンがおり、店内を厳しい目で見渡している。見れば、黒服のガードマンは店内に三人いた。たぶん、盗難避けかな?
「いらっしゃいませ。本日はいかがなさいますか?」
屈強なガードマンを羨ましく思いながら見上げていると、店の奥から柔らかい雰囲気のでっぷりとした商人が姿を現した。
「この子に似合う物をプレゼントしたいんだ」
私が言うと、一瞬だけ商人の目が細められ、私とヴィオの姿を観察するように見渡した。そして、その瞳がアルノーを捉えると、今度は安心したような表情を浮かべる。
「これはこれは可憐なお嬢様にお会いできて、わたくし嬉しく思います。すべての宝石たちにも負けないお嬢様の美しさでしたら、何をお召しになってもお似合いになるでしょう。ささ、こちらへ。当店とっておきの宝石たちがお嬢様をお持ちしておりますよ」
「まあ、ふふん」
ぺらぺらとしゃべる商人と、気をよくしたように鼻を鳴らすヴィオ。これはいくつも買わされるかもしれないなぁ。まぁ、いいんだけどさ。
「ん?」
ヴィオをエスコートしながら店の奥に行く時、私の目の端にとても馴染み深い物が映った。
それは、店の中でも特に目立つ場所に置かれた一つの白銀の指輪だった。
あれって……。マナリング……?
どうしてこんな所にあるんだろう?
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