第9話 粛清の時

 その時、私たちに覆いかぶさるように影ができた。


 飛来したバルツァーレクだ。


 バルツァーレクが物音一つ立てずに庭に着陸する。そして、伯父上をはじめ親族を睥睨した。


「バカな!? 飛んでいったのではなかったのか!?」


 伯父上をはじめ、皆に緊張が走る。そうだね。今のバルツァーレクは、襲われないとわかっている私でも震えてしまうくらい怒りに満ちている。ドラゴンの本気の怒りだ。人間ごときが平静を装うなんてできない。


『アルフレッドの子よ、この者たちか?』

「はい。だけど、すべてじゃないよ」

『ふむ。汝らに問う。アルフレッドを殺すよう計画したのは誰だ?』

「なっ!?」

「なにを!?」

「ッ!?」


 親族たちの間に、再び緊張が走る。しかし、今回は顔色が二つに分かれたな。純粋な驚愕と恐怖に。


「ク、クロヴィス! 何のつもりだ! なぜドラゴンを我らにけしかける!?」

「けしかけるなんて人聞きの悪い。バルツァーレクは、簡単な質問をしているだけです。彼は父上の死後もバルバストル辺境伯家に力を貸してくれると言いました。バルツァーレクの信頼を勝ち取るのは、当主の務めですよ。伯父上、当主になりたいのでしょう? ならば、答えてください」

「そ、そうか……。も、もちろん、そんなバカげた計画など誰も計画していないとも。そんな計画は最初からなかった! 何を疑っているのか知らないが――――」

『嘘、だな』


 バルツァーレクは嘘がわかる。


 私はバルツァーレクがそんな能力を持っていることを知らなかったが、ならば、証拠品として犯人自体を用意してやればいい。あの時、咄嗟に思い付いたにしては、なかなかいい考えだったな。


「なな、なんのことだ!? 私はキサマの飼い主になる男だぞ! それを――――」

『この者と話すのはもはや苦痛だな。地獄でアルフレッドに詫びるといい』

「な、なにを――――。ぎゃあああああああああああああああああああああ!?」


 その瞬間、伯父上がまるで闇を凝縮したような黒い炎に包まれた。


 伯父上は、まるででたらめなダンスをするように手足をバタバタ動かしながら、やがて塵一つ残さず消滅する。


「な……」

「なにが……」

「う、嘘だ……」


 たしかに、私は伯父上の死を望んでいた。殺せば多少は気分が晴れると思っていたのだが……。あまり実感はなかった。やはり、多くの物語で語られるように、復讐は虚しいだけなのかもしれない。


 それでも、伯父上がのうのうと生きているのは許せなかっただろうが。


 しかし、まさか骨も残らないとは……。ここまで容赦のないものだとは思わなかった。バルツァーレクの怒りが伝わってくるようだ。


 だが、今回の催しはここからが本番だ。


「バルツァーレク」

『わかっている。さて、次からは質問を変えよう。アルフレッドの殺害計画を事前に知って、賛同した者は誰だ? これは全員に答えてもらうぞ。逃げたり答えない場合は自白したものと見做して焼き尽くす』


 これで詰みだな。


 私は燃え盛る黒い炎を眺めながら、復讐が終わったことを感じた。



 ◇



「ご苦労だった、バルツァーレク」


 この場に残った者は、私を含めて八人だけだ。誰もが声を発することなく、ただただその場に棒立ちしていた。


 オーバンをはじめ、この場に残っている者たちは、みんな無実の者たちだ。


 だが、バルツァーレクの機嫌を損ねないように身動き一つせずに立っている。


 それほどまでに人間にとってドラゴンの存在は脅威なのだろう。


 まぁ、伯父上を含めて、目の前で四人も消滅したからね。


 バルツァーレクは一瞬にして人を蒸発させる能力をもう見せている。そんな存在を怒らせるどころか、注意を引きたいとも思わないだろう。


 伯父上が父上殺害計画の主犯であることは前世のゲームの知識で知っていたが、他にも三人も関わっていたとはな。一斉に炙り出すことができてラッキーだった。


 意外だったのは、伯父上に賛同していた者たちの中に計画に加担していなかった者たちがいることだが……。まぁ、こちらで懐柔策を取れば問題ないだろう。


 そして、最初から私を支持してくれたオーバンたち。彼らは大いに頼りになりそうだ。


 父上と母上、そしてヴィオを殺した者たちに復讐でき、頼るべき親族も見つかった。今回の結果としては上々だな。


 まだ気持ちに折り合いは付けられないけど、前に歩き出すための最初の一歩となるだろう。


『アルフレッドの子、クロヴィスよ、汝は約束を果たした。我も汝と交わした約束を守ろう。いつでも我が助力を請うといい』

「ありがとう、バルツァーレク」


 私は固まっている親族たちに向き直る。


「薄汚い裏切り者は消えた。私が当主になることに異論がある者はいるだろうか?」

「はっ! もちろんございません!」


 真っ先に跪いたのは、やはりオーバンだった。やはり彼は信じられる。


 他の者たちもすぐさま跪いて私に忠誠を誓ってくれた。これで私がバルバストル辺境伯家の当主だ。

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