ゲームの序盤で倒されるネクロマンサーの悪役貴族に転生したオレ、最愛の人と現代知識、ゲーム知識をもってすべてを無双する
くーねるでぶる(戒め)
第1話 思い出した悪役貴族
モニターの中、燃え盛る建物の中で男の頭を膝枕した少女の姿があった。
男は長身で、黒く長い髪をした、まるで少女のように華奢な男だった。長い髪が顔の半分を隠し、一つしか見えない黒い瞳が少女を見上げている。その目はまるでガラス玉のように生気がない。
それもそのはず、男の胸にはぽっかりと穴が開いており、そこから湧き出るように深紅の血が流れ出していた。
『すまない、ヴィオ……。私は、キミに、永遠の命、を……』
そこまでか細い声で呟いた男は、急に何かを堪えるような様子をみせる。血だ。男の食道を逆流した血の塊を吐くことを堪え、飲み下したのだ。
その様子から、男が自分の頭を抱く銀髪の少女を、この末期の場面でさえ汚してしまいたくないと考えているのがわかった。
『わたくしは、最期まであなたとご一緒できて幸せですわ……。あなたはどう……?』
男の頭を抱く小柄な少女が業火の中でそう呟く。
少女も男に負けず劣らず、いや、それ以上にボロボロだった。切り裂かれた濃い紫のドレス。そこから覗くべき右手も、右脚さえも無かったのだから。少女は残る左手と左足で男を抱いている。
そして、少女の胴体も、その中心が穿たれ、不自然に凹んでいるのがわかる。まるで何かを毟り取られたような有様だった。
『…………ッ』
男は少女の問いかけに答える気力も残っていないのか、しかし、最期の力を振り絞って笑顔を作る。それが男の最期の答えだった。
全身から力が抜け、だらんと弛緩する男の体。男が逝ったことを覚った少女は、顔を伏せてその唇と震わせる。
「最期まで、ありがとう。でも、バカな人。わたくしはあなたといられたら、それだけでよかったのに……。本当にバカな人。でも、ありがとう……」
静かに嗚咽を漏らす少女。しかし、その動きはまるでゼンマイおもちゃの動力が切れたようにゆっくりと止まっていく。
そして、落ちてきた燃え盛る梁に押し潰される二人――――。
燃え盛る屋敷をバックに、そこでムービーは終わる。
◇
「ヴィオ、クロヴィス……。なんでだよお……」
涙で歪む視界の中、オレは嘆かずにはいられなかった。
だって、だってこんなのあんまりだ!
「クロヴィス……なんで、おま……」
ムービーの中の男、クロヴィス。彼はこのゲーム『人魔大戦物語』における悪役貴族だ。魔王に通じ、人々に大きな損害を出させた人類の裏切り者。その一点に関していえば、クロヴィスは確かに世紀の大罪人なのだろう。
だが、彼にもそうするだけの理由があったのだ。
そして、彼を看取った少女、ヴィオレット。彼女も相当な薄幸の美少女だ。
この二人が懸命に掴もうとしていた幸せ。
その幸せを奪ったのが、他ならぬプレイヤーであるオレ自身という事実が胸にクる。
「うぅ……、ヴィオ、クロヴィス……。何でお前らは……くそっ! どうして誰も彼らを救わなかった! なんで、なんでだよお……」
さっきから嗚咽が止まらない。彼ら二人の境遇を思えば、オレはあとからあとから涙が零れ出てしまう。それほどまでに彼らに対して同情を禁じえなかった。
彼らはオレの推しカプなのだ。
彼らが幸せなIFはないのかと公式設定集や公式ノベル、マンガ、アンソロジーまで手を出した。だが、どこにも笑っている彼らは描かれていなかった。
今だってクロヴィスたちの僅かな幸せを探して『人魔大戦物語』を何度もプレイしているが、そんなものはどこにもなかった。
一度だけでいい。心から笑っている彼らを一目見たかった……。
「おえっ……ぶおえっ……」
くそ。泣き過ぎて吐き気がしてきた。さっき飲み干したエナジードリンクが逆流しそうだ。
「さすがに五徹は無理があったか……」
だが、どうしてもクロヴィスとヴィオレットの幸せな未来を見つけたかったんだ。
「オレが、オレがやらなくてどうするんだよ……」
みんな新作の『人魔大戦物語』をプレイしている。いろいろな考察なんかはされているけど、誰もクロヴィスやヴィオレットの幸せについて語ったりしない。
もうみんな諦めているんだ。クロヴィスとヴィオレットの幸せを。
クロヴィスとヴィオレットはこんな結末を迎えて当然だという人々もいる。中にはもっとひどい仕打ちが欲しかったという人さえいた。
たしかにクロヴィスとヴィオレットは許されないことをした。
でも、オレ一人くらい彼らのことを救いたいと思ってもいいじゃないか!
「れも、さふがに限界だ。いったん寝よお……」
回らない口でそう言って立ち上がった時、ぐらりと体が傾いた。
「え……?」
まるで倒れた脚立に取り付けられたカメラの映像を見ているようだった。
しばらくして、倒れたのは自分だと気が付くが、手足もピクリとも動かず、呼吸さえもままならない。だんだん視界が黒く狭まっていく。
なんだこれ……?
そのまま、オレの意識はプツンと切れるように途絶えた。
◇
「はっ!?」
意識を取り戻して目を開けると、剥き出しの木の天井が見える。
「ここは……?」
見慣れない天上だ。調度品の類もない木でできた質素な部屋。こちらも見覚えがない。
「ん?」
なんだかいつもよりも視界が狭い気がする。左目が開かない?
「え……?」
とっさに左手で左目を触ろうとしたら、届かない。というか、左手があるべき場所に左手がなかった。
「なんで……。あっ!?」
そして、私はすべてを思い出した。私が気を失う前に何があったのかを!
そうだ。私は馬車で旅行中に暴走して谷に落ちた……。
一緒に乗っていたヴィオは!? 父上は!? 母上は!?
「誰か!」
私は助けを求めるように叫ぶ。
「目覚められましたか!?」
次の瞬間、ガチャリとドアが開いて初老の男性が部屋に走り込んできた。見覚えのない者だ。
「あなたは誰、いや、ヴィオは!? 私と一緒に馬車に乗っていた者たちは無事か!?」
「それは……」
初老の男性は言い淀むような様子みせたが、次の瞬間には強い視線で私を見た。
「まず、私はこの村で治癒師をしておる者です。ここは私の診療所になります。それで、ですが……。気を強く持っていただきたい。あなた様のご両親、そして同乗されていたお嬢様は全員、お亡くなりになりました……」
「そんな……くッ!?」
その瞬間、私の中に何かが流れ込んできた。まるで頭に無理やり穴を開けて詰め込むような痛みを感じた。
そして、今度こそ私はすべてを思い出した。自分の前世の記憶も。
「くそっ!」
もう少し早く思い出せていたら、私は父上を、母上を、そしてヴィオを死なせずに済んだのに!
「大変なことと存じますが、どうか気をお鎮めください。あまり激しく動いては、お体に触ります!」
「わかっている!」
悔しさに視界は涙に歪み、どうにかなってしまいそうだった。
何が、オレ一人くらい彼らのことを救いたいと思ってもいいじゃないか、だ。救えてないじゃないか! 肝心な時に役に立たなくてどうするんだ!
そのせいで父上は、母上は、そしてヴィオは……!
そうだ。ヴィオは今どこに?
「いいですか? もうお気づきのことと思いますが、私の力不足でお体が――――」
「わかっている! それよりもヴィオは? 少女はどこにいる?」
「……こちらです。私の肩をお使いください」
私は男に肩を借りて立ち上がった。途端に露わになる私の体。そのあちこちが欠けている。
左目、左手、右足を失ったのだろう? 知っているさ。
私は自分の体には構わず、男の案内で隣の部屋へと向かう。その部屋にはまるで祭壇のように四角いベッドが中央にあり、その周りにはさまざまな器具や薬など置かれていた。
集中治療室という単語が頭に浮かぶ。
「お嬢様はあなたを背負ってこの診療所を訪ね、私にあなたを渡すとすぐに息を引き取られてしまいました。お許しください。その時にはもう手の施しようがなく、我が身の菲才を嘆くばかりです……」
中央のベッドには、ボロボロの紫のドレスを着た少女が横になっていた。その右手と右足は変な方向に曲がり、お腹には抉られたような大きな穴が開いている。死んでいるのは確実だ。むしろ、ヴィオが事故現場から私をここまで運んだというのが信じられない。
だが、それには私の持つギフトが関係している。
「ヴィオ……」
私はヴィオの眠る寝台へと片足で歩み寄る。
「本当に寝ているみたいだ……」
ヴィオの体は大きく損傷していたが、その顔は無傷だった。だから、まるで安らかに眠っているように見てた。
でも、そろそろ起きてもらおう。
「ネクロマンス……」
そう。私の賜ったギフトは【ネクロマンス】。死者の魂を喚び起こすことができるギフトだ。
ギフトは十歳になると女神様より賜る不思議な力。その力は絶大だ。人の身には過ぎた奇跡さえ起こすことができる。
私のようにね。
「まずはその体を治そう。アンヒール」
すると、ヴィオの体が濃い紫の光の粒子に包まれた。
私も実際にアンヒールを使うのは初めてだ。上手くいくといいけど……。
紫の光が晴れると、そこには無傷のヴィオがいた。折れていた右手と右足もまっすぐ元通りになり、ひどく抉れていたお腹は、白く柔らかそうな皮膚が蘇っている。チラリと見える小さなおへそがかわいらしい。その他、小さな切り傷などもすべて治っている。
「こ、これは!? なんとすさまじい回復能力!?」
後ろで驚いている男性への説明は後回しだ。
アンヒールの効果に満足した私は、ヴィオのおでこに触れると、ヴィオの体に魔力を流し始めた。
「ん、んー……」
すると、すぐにヴィオがまるで眠りから覚めるように目を開ける。その大きな紫の瞳が私を映した。
「クロ!」
ヴィオがいつものように私の首に手を回し、抱き付いてくる。
ヴィオの体は――――冷たかった。
その事実に勝手に涙が目に溜まっていく。
「あなたは助かったのね! 本当によかった! 本当に……!」
「ありがとう、ヴィオ。ヴィオが私をここまで運んでくれたのだろ? おかげで、助かったよ」
「でも、その左目はどうしたの? 傷が残っているわ。それに、左手だって……」
ヴィオが痛ましいものを見るような顔で私の顔と失った左手を交互に見ていた。
「治り切らなかったんだ。でも、こんなのは些細なことだよ」
ヴィオが死んでしまったことに比べれば。
「ぜんぜん些細なんかじゃ――――」
「ヴィオ、私はキミに話さなくちゃいけないことがある」
私は、ヴィオの話を遮って口を開いた。
これからヴィオが死んでしまっていることを伝えないといけない。そう考えるだけで憂鬱な気分になる。
「言葉を飾っても仕方がない。単刀直入に言おう。ヴィオ、キミは死んでしまったんだ……」
「やっぱりそうなのね……」
意外にも、ヴィオは取り乱して泣き出すようなことはなかった。ただ納得したような顔をした後、今度は不思議そうに小首をかしげる。
「でも、わたくしはこうしてクロとお話しできますよ?」
「それは私のギフトの力なんだ。私のギフトは死者にしか効果が無い。だからヴィオは……。もう死んでしまっているんだ……。その証拠というわけじゃないが、ヴィオの体は冷たいし、鼓動もない」
「……本当ですね。あら?」
自分の体を確認したヴィオは、何かに気が付いたようだ。
「どうした? 何か気付いたことが?」
「くくく、クロ!? わたくしのお腹が!?」
「お腹?」
視線を下に向けると、電光石火の勢いでヴィオが自分のお腹を腕で隠してしまった。
「お腹がどうしたんだ? よく確認したはずだが、まさか、傷でも残っていたんじゃ……」
「見ましたの!?」
「ああ。かわいいおへそだった」
「ハレンチ! ハレンチですわ! レディーの柔肌を盗み見るなんて!」
「べつに盗み見たわけじゃないんだけど……」
ヴィオは、自分が死んだ事実を伝えられた時よりもよっぽど動揺していた。意味がわからん。これが乙女心ってやつか? 前世の記憶を漁っても乙女心は理解不能だった。
「お母さまがおっしゃっていました。男はオオカミだから、いくら優しいクロでも気を付けなさい、と。わたしくはそんなはずはないと信じていたのに。まさかクロがこんなハレンチなことをするなんて!」
「待ってくれ、ヴィオ。オオカミ? 私は人間だよ? それに、あの時のヴィオはお腹に大きな穴があって、それが治っているか確認しただけで、他意はないよ?」
「もー! 男はいつだって言い訳ばっかり! お母さまのおっしゃる通りだわ! そもそも――――」
オレはヴィオを宥める言葉を考えながら、別のことに思考を割いていく。
この馬車暴走、そして谷への転落事件。実は背後で糸を引いていた者がいるのだ。
その対応もして、後は父上と母上の遺体も回収しないと。それに、ヴィオの身柄をどうするかも問題だな。
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