ノーマンの真意とその愛

「俺はビル・スミス。

罪を犯してここに流されてきた。

誰かと間違えているのではないか」


ビルは駆け込んで来た男を相手にせずに、弓の試し撃ちを見本に子供達に見せる。


「リッジス様、ノーマン様に託されたこの書簡をお読みください」


ビルは無視していたが、疲弊して倒れながらも手紙を差し出す使者を見て、気の毒に思ったコーデリアがそれを父に渡す。


人目を気にせずに普通の親子として接することができる、この末っ子にビルは特別甘かった。


「父様、読んであげて」


(くそっ)

と思いながら、やむを得ずに封を開ける。


『ビル様、長らくお会いしていませんが、静養地にて新たな家族を作り、お元気にされているようで何よりです。

しかし、そろそろ休暇を終えて働いていただく必要が出てきました。


詳細は王宮にてお話ししますが、ゼノン国の王太子は戦の天才かもしれません。

我が国の堅固な防衛線を破り、次々と城を落としてきています。


どうやら私の将才では彼は抑えられないようであり、ビル様の御出馬を仰がねばなりません。


王宮にてご来訪をお待ちしております。


あなたの下僕、ノーマン


追伸 

おこし頂けなければ、その地を取り囲む軍勢により、愛するご家族や村人は火の中に消えることをご承知おきください。


私以外のあなたに愛される者に対して、私が激しい怒りと嫉妬を抱いていることはよくご存知でしょう』


丁寧さと脅しを含むこの文面は間違いなくノーマンだ。


ケイトからは年に数回手紙と荷物が送られてきて、その都度礼状を書いていたが、ノーマンとのやり取りはない。


もはや自分への執着を放棄して、実質的な国王になったことで満足しているのだろうと願望を込めて考えていたのだが、どうやら見張られていたようだ。


その割にソフィアや子供達に害をなしていないことが不気味である。


いずれにしても家族と村人を守る為には行かざるを得ないようだとビルは考えた。


ソフィアとバーンズにその手紙のことと、後を頼み、ビルは翌日に出発する。


騎士とともに小高い場所にある村から平野に降りると、およそ一千の兵が待機していた。


(俺がうんと言わなければ、こいつらが村に乱入していたのか)


思わず怒りが込み上げるビルに、騎士が話しかける。


「リッジス様、話が見えないでしょうが、これからノーマン様に会われるまで私に任せてください」


そう言うと、その騎士はリッジスを置いて、軍兵を集めて言う。


「私の見込み通り、ここにリッジス様がおられた。

これで王国は救われる。

これからリッジス様を王都に帰還させ、摂政ノーマンの責任を問う!」


「「リッジス様、万歳!」」

兵達は一斉にビルを向いて平伏した。


(どういうことだ!)


ビルは混乱したが、国王時代を思い出し、「お前達の忠誠を受け取ろう」

と鷹揚に言う。


ビルは美しい鎧を着用して、馬に跨り、周囲を兵に囲まれて軍とともに進む。


夜営時に、当初案内した騎士が天幕に入ってきた。


「リッジス様、さぞや混乱されたでしょう。

この軍は私がリッジス様の生存を知って摂政に反乱を起こしたということとなっています。

すべてはノーマン様の筋書きですが」


ヘクターと名乗った男の話はビルを驚かせた。


「何故こんなことをするのだ!

俺には理解できない」


ビルの呻くような声にヘクターは答える。


「摂政ノーマン殿のお心は私にはわかりません。

しかし、王国を救うにはこの策しかないと聞き、私はこの役を引き受けました。

あとはリッジス様のお心次第」


そう言って彼は天幕を出る。

残されたビルは頭を抱えた。


ビルを擁した軍が

『リッジス将軍が生きておられた』

と触れながら行軍すると、各地の領主達が加わり、大軍となる。


そのまま、王都に近づくと、王都の門は閉じられ抵抗する構えを見せる。


しかし、ヘクターが大声で

「リッジス将軍が戻られたのだ、門を開けろ!」

と叫ぶと、少しの紛争の後、中から門は開けられた。


ヘクターは王宮に攻め入る指揮を取り、

「姦臣ノーマンを捕え、ビル様が尋問される」

と言いながら、ビルを先導した。


リッジス将軍の名とビルの顔を見た護衛兵は無抵抗で降伏し、ヘクターに案内された王宮の一室で、ビルはノーマンに会った。


ヘクターはドアの前で誰も来ないように見張っている。


「ビル様、お懐かしい。

お元気そうですが、少し痩せられましたか。

ヘクターはうまくやってくれたようですね。

彼は優秀な男。

今後もお使いください」


久しぶりに会った旧友のようにノーマンは話しかけてきた。

彼は昔と少しも変わらないように見える。

相変わらず優雅な優男である。


「一応の話は聞いたが、どういうつもりだ?

俺を流罪にして、お前が権力を一身に掌握したのではないのか」


ビルは険しい顔で尋ねた。


「以前、私の全てはビル様のものと申し上げませんでしたか?


ビル様を我が物としたい、できなければ壊してしまいたいという私の気持ちは、浅い愛でした。


あなたを愛する共通の者としてケイトとも何度も話し合いをしました。


そして、真の愛は、ビル様の真価を実現し、その価値を世に知らしめ、後世に伝えることであることがわかりました。


メシアを真に愛したのは、ペテロ達ではなく、表面は裏切りに見えても実はイエスをメシアとしたユダなのです。


私の愛は、この裏切りのような行為により、あなたを真の王者とすることなのです。


ああ、この十年、どれほどあなたに会いたかったことか」


驚きで何も言えないビルの手をとって奥の部屋に連れて行く。


そこには部屋の壁いっぱいの巨大な絵を始め、大小のビルの絵で部屋が埋め尽くされていた。


「ここは、私とケイトの憩いの間。

村からも絶えず絵を送らせてきました」


確かに画家がいて、しばしばビルにモデルになるように頼んで来ていた。

あの男がスパイだったとは。


その部屋にはケイトが椅子に座り、ビルに微笑んでいた。


「さて、国政の現状を説明しましょう。


ビル様が去られた時、この国は貴族派と成り上がりの功臣が対立し、内政を司る官庁も整備されておらず、混乱していました。


幸い、主要な外敵であるゼノンはビル様によって叩かれ、しばらくは立ち上がることはできないようでした。


私はこの期間に内政を整えて、富国強兵としたこの国をビル様に差し上げようと考えました」


「それならば、そう言ってくれればいいだろう。

俺はその意図に反対するつもりはなかったぞ」


ビルの反論をノーマンは一蹴した。


「恐れながらビル様には統治の経験がなく、為政者として欠けるところが多すぎます。

部下達に泣きつかれれば情に流され、最善の判断はできなかったでしょう。


更にパメラ様の存在もあります。

彼女の存在は貴族派のバックボーン。

貴族派を粛清するには彼女とその背後の勢力が邪魔でした」


そこでノーマンは言葉を切って、ワインを飲み、ビルにも勧める。

喉の渇いていたビルは、ケイトが並々と注いだグラスを一気に干した。


妙に美味い。

ビルは何杯かおかわりをする。


「さて、ビル様の教育についてですが、ご存知の通り、あの村は失脚者や知識人達の流刑地。私はそこにあなたを行かせることで学んでもらうことにしました。


バーンズにだけはその話をして、真の大王となれるように頼みました。


同時に、私は王国に大鉈を振るい、いかに功があり、血筋に恵まれようが、今後害をなす可能性がある者は粛清しました。


更に国内には重税を課し、産業や民政、軍事に必要な投資を行いました。

民は愚かな者。

いくら長期的な利益があっても増税というだけで猛反対します。

それを力で押さえつけて飢え死にしない程度まで毟り取りました。

情に厚いあなたがいればできなかったでしょう。


幸い私の名前は、大恩あるリッジス国王にも刃を向け、王妃を毒殺した冷酷な裏切り者として鳴り響いています。

誰もが不満を持ちながらも、表向きは従順に従ってきました。


そして、そろそろ反乱を起こさせてビル様に戻ってきてもらおうかと考えていたところでしたが・・」


思わぬ話についていけないビルを見て、ノーマンは笑う。


「神はいるのかもしれません。

ゼノンで若い新王が立ちました。

そして即位とともに我が国に攻めてきたのですが、私の作った防衛ラインはことごとく破られました。


奴は天才です。

そしてこの危機にあなたが出てくるのは、神があなたを偉大にするためではないかと私は思うのです」


戦争の話になり、ようやくビルは自分の理解できる話となった。


「その話を詳しく聞かせろ」


長く副官をしていたノーマンはビルの聞きたいことを的確に捉えた説明を行なった。


「こいつは確かに恐るべき軍才だな」


そのレイモンドという王のこれまでの戦いぶりを聞くと、その天才的な作戦や機をみた鋭敏な采配ぶりにビルは武者震いをした。


「さて、ビルもやる気になったようところで、ともに晩餐をとりましょう。

別室に食事を用意し、そこにダリルとエイダも待っています」


そう言ってケイトはビルに近寄り、頬にキスすると自然に腕を組む。

その片方にはノーマンが来て同様にした。

何故か頭に霞がかかったようなビルはそのまま受け入れて連れられて行く。


別室では豪勢な食事が並べられ、少年と少女が待っていた。


「ビル様、エイダでございます。

もっと早くお会いしたかったですわ」


ノーマンに似た美少女が親しげに微笑み、その手を握る。


少年は固い表情で「父上、ダリルでございます」とだけ述べた。


「さあ、みんな食卓につきましょう。

今日は私が腕を振るったのよ。

ビルが好きなものばかり作ったわ」


ケイトの言う通り、ビルの好物ばかりだ。


(懐かしい味だ。

この味を食べて、ケイトと一生を過ごすと信じて疑わなかった。

その頃から見れば、なんと思いもかけない人生となったことか)


ビルは向かいに座るダリルとエイダを見ながら、両横に座るノーマンとケイトに勧められるがままに、存分に飲み、食らう。


「こんな食卓を夢見ていたの」

「全くだ」


ケイトとノーマンの声を聞きながら、ビルは夢うつつとなり、誰かに担がれてどこかに運ばれるのを感じる。


ベッドのようなところに横たわると、熱い口づけをされるのを感じた。

夢の中のようにビルは快楽の中を彷徨った。


翌朝、ビルはエイダに起こされた。


「ビル様、そろそろ起きてください」


はっと跳ね起きると、頭が痛い。

エイダが持っていた水を勧め、それを一気に飲む。


昨日のことが思い出されるが、夢の中のようで現実感がない。

そして身体に倦怠感と激しく弄られたような感じがある。


「ノーマンめ、俺に麻薬を使ったな!」


パメラの虚な目を思い浮かべて、ビルは怒鳴る。


「奴は何処だ!」

「ご案内します」


エイダはビルの前に立って案内した。


その部屋は昨日見せられたビルの絵が飾られた場所。


そこでノーマンは王都に凱旋した時のビルに肩を抱かれた姿の絵を、ケイトはビルとデートしている若い時の絵姿を抱えて椅子に座り、微笑みながら息絶えていた。


その横では、ダリルが泣き伏していた。


「毒か?」


「両親とも思い残すことはないと。

これはビル様への手紙です」


ノーマンからは、王国についてそれまでの施策とその成果、文武の役人達の考査、今後行うべきこと、使うべき人材などが詳細に記されていた。


『私の圧政により、貴族から庶民まで不満は高まっています。

私を悪政を行なった奸臣として断罪すればビル様に人心は集まるでしょう。


レイモンドだけは予期せぬ強敵ですが、ビル様ならば彼に勝利できると信じています。


なお、赦されれば私とケイトの墓をビル様の隣に作っていただくことと、エイダをビル様かそのお子に娶せて、私たちの血をビル様の血縁に残していただくことが望みです。


あなたに会えて、私の人生は幸せでした。


永遠にあなたのしもべ ノーマン』


『ビル、これを読む時は私は天国か地獄にいるでしょう。

あなたを裏切った私が天国を望むのは烏滸がましいですが、あなたと会うために天国にいたい。

神様にお願いしてみるわ。


あなたに捨てられて、このまま世を去るのかと思っていた私がノーマンに会えて、あなたと再会できたのも毎日神様に祈っていたからかしら。


最後にあなたと家族のように晩餐を食べられた時は本当に幸せだった。

あなたを裏切らなければ毎日こんな日々だったのに。

後悔は尽きないわ。


最後に、私達の娘エイダ、そして我が子のように可愛がったダリルを愛してあげて。


永遠にあなたを愛するケイト』


手紙を握りしめたビルは立ち尽くす。

エイダは呆然とするビルに告げた。


「ビル様、ヘクターが呼んでいます。

ゼノン軍が王都に向かって快進撃を続けており、そろそろ部屋を出て、指揮をとってほしいとのことです」


「わかった」


まだ頭の中は混乱が続いてるが、考えることは後からできる。

まずは目の前の危機に対処しなければならない。


ビルはノーマンとケイトのことを頭から振り払い、十年ぶりの戦争、それも恐るべき相手との戦いに思わず笑みがこぼれた。
























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