天下分け目の決戦
その後すぐにチェスター伯爵が兵を挙げて、王都を突こうとしているとの知らせを受け取ったビルは、兵を率いて急行した。
ブルック軍と睨み合っているはずのリッジス軍が現れたことにチェスター伯爵は驚き、ビルの強襲を受けて領地に敗走した。
チェスター軍を追って城を包囲・攻撃しているところで、残してきた副官ノーマンから連絡が来た。
『ブルック軍が出動しました。
予定通り、こちらは城に籠って守っています。将軍が現れ、対峙したところで挟撃します』
できれば落城させて後顧の憂いを除きたかったが、ビルはチェスター伯爵が追撃しないように領地削減も人質もない寛大な条件で講和を結ぶ。
そして軍を反転させると、まずは機動力の高い部隊だけを率いて急行した。
ブルック軍は城を包囲していたが、リッジス軍の到着とともに陣を引き直し、野戦を行う姿勢を見せる。
(ブルックめ、こちらが戻ってくることを読んでいたのか?
あまりにも鮮やかに兵を展開したな)
ビルは敵軍の行動に違和感を覚える。
罠にかけたつもりがかけられたような感じだ。
ブルック軍が3万、ビルが連れてきた兵は2万5千で城にいる兵が1万。
更にリッジス軍はあと1万5千人、後続でやってくる。
ビルは持久戦により後続の到着を待つつもりであったが、チェスター伯爵がすぐに裏切り、後続部隊に戦を仕掛けてきたとの知らせが来た。
長引くと降伏させた貴族が裏切り、王都が危うくなる可能性がある。
城に残っていたモーリスからは、正面でビルがブルック軍と戦えば、自分は山から駆け降りブルックの横を突くので必勝であるという進言がきた。
しかし、同じ城にいる筈の副官からは何も来ない。
おかしいと思ったが、後背では後続軍はチェスター伯爵に苦戦し、それを見て裏切る貴族が続出していた。
「ディヴッド、戦争は人智を絞り尽くした上で、最後は死力を尽くし運を頼るものだ。
これ以上考えていても仕方ない。
南無三、罠が仕掛けられていれば踏み破るまで!」
何故か不利な状況で戦を望むグルック軍に、ビルは開戦を決意。
城にいるモーリスとノーマンに知らせると、野戦陣地を出て、決戦の地と見込まれる平野に進む。
ブルックはそれに応じ、兵を前進。
翌日の朝、戦端が開かれた。
リッジス軍は精鋭であったが、北国の兵は粘り強い。
この国で二強と謳われた両軍は一歩も引かず、激しい戦いを繰り広げた。
(そろそろ戦機は熟した)
数時間の戦いに両軍に疲れが見られる。
ビルは狼煙を焚かせた。
これはモーリスに敵を撃てという知らせだ。
その頃、ブルック陣営では銅鑼が大きく何度も打ち鳴らされた。
(何だ?)
ビルの疑問はまもなく解ける。
戦場の横に築かれた山城から出て戦場を見下ろしていた1万の兵は何故か内輪揉めを始めた。
しばらくの争いの後、予定通りに兵はブルック軍を目掛けて山を駆け下りる。
(これで決まった)
開戦からの戦いで疲労しているところに新手が横撃すればひとたまりもない。
何故ブルックほどの歴戦の将軍がそれを避けなかったのか。
その答えはビルの本陣に少数で突撃してきた騎兵にあった。
突如斬り込んできた3百ほどの騎兵はビルの護衛兵と激しい戦いに突入した。
「ブルックの伏兵か、いやその顔はモーリス!
何故だ!」
少数とはいえモーリスの奇襲は、勝ったという油断のあった本陣を混乱に陥れ、混戦の中でビルを守るのはディヴッドだけとなる。
そこにモーリスが単騎で白刃をかざして突撃してきた。
「ビル、お前の武名が上がるたびに俺はほぞを噛んでいたのよ。
何故俺よりも劣るお前に戦場の女神は微笑むのかと。
このままお前が王配となれば俺はお前に膝を屈することとなる。
血筋も実力も遥かに上の俺がお前の下につくなど許されるものか!
俺がお前に劣るものではないことを示すため、そして我が家の繁栄のために、ビル、お前はここで死ね!」
馬上から打ちかかるモーリスを躱し、ビルは横から斬りつける。
「だから裏切ったのか?
俺と戦いたければ、正々堂々とブルックにつけば良かっただろう!」
「お前のような一山百文の貧乏騎士とは違うのだ。
名門貴族の我が家が断絶することは許されない。どんな手段を取っても必ず勝たねばならん!」
「お前がそんな男とは思わなかったぞ。
俺はそんなクソのような家の存続よりも自らの名誉を重んじる」
言い合いしながら剣を交わす二人だが、馬上からの打ち下ろしの方が有利だ。
モーリスの剣の勢いにビルが体勢を崩し、転んだ。
「いまだ!
ビルよ、我が名誉の礎となれ!」
馬から乗り出してビルを斬ろうとしたモーリスは、その伸ばした腕を横からの剣で深々と斬られる。
それはディヴッドであった。
彼はすかさず大声で叫んだ。
「裏切り者の敵将モーリス・チェスターを討ち取った!」
「待て、俺は生きているぞ・・」
モーリスが言いかけた言葉は立ち直ったビルが渾身の力で兜を殴りつけたため、そこで途切れた。
落馬し、気絶したモーリスを縛り、ビルはディヴッドに礼を言う。
「お前のおかげで助かったぞ」
兄と慕うビルを助けられたディヴッドは褒められたのを照れて横を向いていた。
その頭を撫でながら、戦場を見ると、横からの攻勢があってもブルック軍は執拗に抗戦しており、勝勢までに至っていない。
「チッ、横から崩されても耐えるとはブルックはよく兵を鍛えている。
ならば俺自身の直属兵を率いて強襲するぞ」
「「おー!」」
手柄のチャンスと、ディヴッドをはじめとする周囲の護衛兵は意気を上げる。
しかし、その間にブルック軍は何故か慌てて退却を始めた。
ビルは不審に思いつつも、相手の退却を逃すわけにはいかず追撃を命じた。
退却戦は首を稼ぎやすいと言われる通り、リッジス軍は次々と敵を討ち取りながら敵の本拠地まで迫った。
なにが起こったのかがわかったのは、そこで別軍を指揮していた副官ノーマンと合流してからである。
「モーリスのところには怪しげな男が出入りしていることに私は早くから気づきました。
特に将軍が不在となってからは半ば公然とブルックとの使者を交わしており、裏切りは必至と見て対応を準備していたところです。
そして狼煙が上がり、銅鑼が聞こえると、モーリスは我々リッジス麾下の指揮官を捕えようとしたため、逆襲し、モーリスの配下を討追い払い、そのままブルック軍に突入しました」
「モーリスはこちらに突撃してきたが?」
「本人や配下は取り逃しましたが、それよりもブルック軍を攻撃することが先決と考えました。
まさかリッジス将軍がモーリスごときに負かされるとは思わず、将軍も少しは身体を動かしたいかと推察しましたが、ご迷惑でしたか」
そう言われると、ビルは返す言葉はない。
しかし、敢えてモーリスを討たなかった副官の肚は、親友であるモーリスを自分が討てばビルの恨みを買うのではないかという恐れもあるように思う。
「いや、よくやってくれた。
モーリスごとき一蹴したが、その間に我が軍が動揺せずにブルック軍を攻めたのはお前のおかげだ。
ところで、頑強に抵抗していたブルック軍が突如崩れた理由を知っているか?」
そういわれてノーマンは少し言いずらそうに話す。
「実は私の実家、フルム子爵家はブルック陣営に属しており、その後詰めを務めていました。
父に工作し、ブルック軍が不利になった場合は、いち早く退却してほしい。
そうすれば敵方についたことは咎めず、恩賞を与えるように取りなすと伝えたところ、あの局面で陣から退いたようです。
それを見て、これは負け戦かと周囲の諸侯も退却し始め、一気に敵陣が崩れたかと思います」
(ノーマンめ、俺に黙って独断で色々と工作していたのだな)
事前に聞かれればビルは野戦で勝つ自信があり、またブルックとの決着をはっきりつけたいとの思いから、そんな小細工は不要と言ったであろう。
(とにかく勝ったことを褒めるべきだ)
自分の工作をビルがどう思うか不安げなノーマンを、ビルは大声で褒めた。
「ノーマン、この勝利はお前のおかげだ。
恩賞は思いのままに与えよう」
「それは敵城を落としてから頂きます」
ブルックの城は堅固に造られている。
しかし、負け戦で守備兵は不足しており、一方ビルのところには慌てて寝返った諸侯が続々とやってきていた。
「力攻めせよ。
ここで手柄を上げなければ改易だ!」
降伏した諸侯の兵を先陣に使い、犠牲を問わずに攻め続けると、城から内通者が出てきた。
遂に表門を突破し、城の中に雪崩れ込むが、ここまで残ったブルック軍は死に物狂いであり、なかなかそこから攻め込まない。
「何をやっている!」
ビルは最後を自らで幕を引くべく、城内に立て籠もる敵兵の掃討に乗り出す。
「我はブルック将軍の孫婿にして公爵家子息のスタンリー。
卑賤の身で身の程を弁えずに王国を盗もうとする奸賊、ビル・リッジス、私と一騎打ちせよ!
貴様など淫乱な王女に腰を振って成り上がった田舎者。
名門貴族の私を恐れて出てこれないか!」
ビルを罵りながら一騎打ちだと躍り出たスタンリーをビルは冷たく、「阿呆は撃ち殺せ」と指示する。
が、その前に敬愛する兄への罵倒に激怒したディヴッドが飛び出す。
「兄への悪口、許せぬ。
将軍が出るまでもない、僕が刀の錆にしてやる」
二人の若者の対決に、兵達は戦いをやめてそれを見守る。
しかし、ディヴッドには味方の兵が大声で声援するが、人望のないスタンリーには声もかけられない。
「何処の馬の骨ともしれん下郎が!」
「戦場では名門公爵の名前は関係ないぞ」
数合の打ち合いの後、ディヴッドの刀はスタンリーの胸を貫いた。
「「ディヴッドの勝ちだ!
リッジス軍の勝利だ」」
士気の上がったリッジス軍は先を争い、攻め込む。
やがて白旗を上げた使者がやってきた。
「ブルック様は身内の女衆の命と名誉を守ることと兵士の助命を条件に自決するとのことです」
「よかろう」
ブルックの妻、娘、孫など一族の女がやってくる。
俯いて歩く女の中で、若く気の強そうな女がビルを睨む。
「奸賊め、私の婚約者やお祖父様の代わりにお前が死ぬべきだった」
ビルを目掛けて唾を吐きかける女を護衛の兵が殴りつけようとした。
「女相手に手を出すな。
お前の名は?」
「パメラ。
いつかお前を殺してやる」
女衆を護衛をつけて送らせると、本丸は火を上げた。
「ブルック、火の中で遺骸を残さぬか。
老兵は死なず、消え去るのみを地で行くのか」
ビルは雄大に燃え上がる城を見届けると、その地を部下の一人に任してあちこちで蜂起しているブルック派の残党の討伐について向かった。
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