大戦前の政略
自慢の髭を揺らして怒鳴るブルックを見ながらビルは心中思う。
(もう俺はアンタに叱られていたひよっこじゃないぞ!)
若手士官の頃は将軍のブルックに睨まれただけで口も聞けなかったが、それから数えきれないほどの戦いを重ね、しかも愛する女に二度も裏切られた今は恐れるものもない。
「ブルック将軍は王陛下が弑逆されてからこれまで何をされていたのですか?
マリー王女と私が必死になって仇討ちのために奔走している時に酒でも飲んでおられたのか、それとも第一王子が怖くて布団をかぶって震えていたのですか?」
ビルの声は明らかな嘲笑の響きを帯びていた。
「ビル、それは猛将と言われたブルックに失礼よ。
きっと気は焦ったけれど老いで身体が動かなかったのでしょう。
ブルック、これまでよく働きました。
あとは私たちに任せて隠居なさい」
マリー王女が笑いながらそう言うと、集まっていた武官と文官はどっと笑った。
ここにいる多数はリッジス軍や王宮に仕える者。
今更、地方を治めていたブルックにその家臣を連れて乗り込まれては困るのだ。
ブルックは怒りのあまり身体を震わせたが、人に嘲弄されるのに慣れていない、この老武人は王女に怒鳴ることも、軽く受け流すこともできずに固まっていた。
後ろから口を出したのはその妻であるカミラ夫人であった。
「マリー、おだまり!
お前のことは兄王も手を焼いていたわ。
さんざん親不孝したお前は教会で親の冥福を祈っていればいい。
何も知らずに女王など烏滸がましい。
政治に口を出すのはやめなさい!」
「そうよ、マリーは王族の恥晒しだわ。
何処の馬の骨と知らないリッジスとはお似合いだけど、女王になろうなんて思い違いも甚だしい」
ブルックとカミラの娘達が騒ぎ出したところで、マリーの背後から侍女長のソフィアが厳しい声で言い渡した。
「お黙りください。
ここは王宮、私的な親族の集まりではありません。
いくら親族とはいえ、降嫁されたカミラ様達には臣下の礼をとっていただかなければなりません。
なお、マリー王女は王族の籍をお持ちであり、リッジス将軍はその婿として王族に加わられております」
王は出自が低いビルに娘を嫁がせるのを嫌い、婿として迎える処置をとっていたことが役に立った。
王族と家臣の隔たりは大きい。
王位に就くためには王族に復帰しなければならない。
カミラもその子供も黙り込んだのを見て、ここでの形勢は利あらずと踏んだブルックは、一言言葉を残すと一族を連れて踵を返した。
「リッジス、武人の雌雄は宮廷でつけるものではない。
おいぼれと侮ったわしの力を戦場で青二才に見せてやろう」
そしてブルックは北国の自分の領地に戻り、成り上がり者のリッジスと不行跡の愚かな王女に国を任せられないと味方を募った。
リッジスは王都に居を置き、マリー王女の名で王と王妃達の葬儀を行い、正統性を示す。
葬儀には王国の全貴族に招待状を出すが、ブルック将軍とその同盟者は返事も送らなかった。
葬儀に続き、マリー王女の王位継承を宣言する。
しかし、今はそのための金が惜しいと、大掛かりな戴冠式は世が静まったからと見送る。
それを聞いたマリーは、ビルが隣にいればなんでもいいわと笑った。
簡素極まる女王の就任式を見て、誰もがかつての贅沢三昧のマリー王女との違いを感じた。
「ご両親や兄弟を亡くされ、戦で苦労されたマリー様は女王となるに相応しく改心されたのだ」
そんな声が王都に溢れる。
ビルは対外的な装いを整えるとともに、王政府について旧弊を一掃する改革を行う。
その策を立てるのは腹心の副官である。
ブルック陣営には家柄を誇る旧家やベテラン勢が馳せ参じ、リッジスのところには身分を問わない新鋭、若手が集まる。
ビルと副官は、第一王子を倒した実績と王女の正統性を掲げれば圧倒できると踏んでいたが、ブルック将軍が長年築いた人脈や勢力は侮れない。
王宮からも古参の武官文官がブルック陣営の切り崩しで寝返っていく。
彼らはリッジス達の血筋や門閥を無視する斬新さに不安を覚え、昔馴染みを頼っていったのだ。
戦力が拮抗する中、副官は一つの策を打つ。
それは戦乱の中、各地に根を張る悪党の引き込みである。
「この戦争で功績を上げれば、野盗山賊上がりでもリッジス様の家臣にし、大功を立てれば貴族にも取り立てる。
逆にここで味方とならねば盗賊として一党全て死罪とする」
もともとリッジス軍は実力主義。
この飴と鞭は瞬く間に効いた。
各地の悪党、荒くれ者がリッジス軍に加わり、副官は新規加入者で軍を編成し、服属しない野盗の討伐に向かわせた。
「国を荒らす悪党を使って悪党を討つ。
生き残った腕達者は軍に組み込む。
治安の向上、軍の強化の一石二鳥だ。
唯一の欠点はリッジス様が悪党狩りができないと不満を漏らすことか」
副官は満足げに頷いた。
その頃、ビルはディヴッドと剣の練習をしていた。
ディヴッドはビルの下で成長し、メキメキと腕を挙げ、しきりと初陣を望んでいた。
天涯孤独のディヴッドはビルにとって弟のようなもの。
死の危険がある武官を止めさせようとしたが、ディヴッドはビルとともに戦うと言って聞かなかった。
(才能は素晴らしい。
避けたかったが、ここまで望むならば我が手で一人前にしてやるしかなさそうだ)
手元で一人前の騎士とし、ゆくゆくは一家を立てるように取り立ててやることを考えている。
しかし、勝敗は兵家の常、生き残れるかは本人の腕と運次第である。
そこへ一人の颯爽とした男が訪ねてきた。
「ビル、味方に来たぞ!」
「モーリス!よく来てくれた。
軍学校の親友とは言え、名門貴族の御曹司であるお前がこちらに付いてくれるとは思わなかったよ」
「ビル、おれとお前の仲じゃないか。
親はブルック将軍についたが、袂をわかってやってきた。
戦場では暴れてみせよう」
彼はチェスター伯爵家の嫡男モーリス。
軍学校の寮ではビルと同室であり,ともに励まし合い、成績を競い合った仲である。
野外演習の夜間行軍時に熊に襲われたビルは、モーリスに命懸けで助けられたこともある。
その逆に毒蛇に噛まれたモーリスをビルは血を吸い出し、豪雨の中で担いで帰還したこともあった。
命を預けあった親友であるとビルは思っている。
学校では同じ釜の飯を食べた二人だが、卒業後は進路を違えた。
貧しい所領しかなく、食うためにそのまま実戦部隊に配属されたビルと異なり、モーリスは領地に帰り、世子として伯爵領の統治と軍の統率を行っていた。
二人は手紙のやり取りは続けており、モーリスはビルの武勲を羨み、自分も大きな戦いで指揮を取りたいと何度も手紙で書いてきていた。
モーリスが陣頭に立つのは山賊退治程度。それも何重に護衛がついている。
チェスター伯爵は名門であり、ブルック将軍とも遠縁となる。
当然この戦争ではモーリスとは敵味方だと思っていたビルは予想外の友人の訪れに喜びで顔を綻ばせ、ディヴッドに副官を呼びに行かせた。
「副官とディヴッド、我が親友モーリスを紹介しよう。
この男は頼りになるぞ。
これで我が軍の勝ちを確信できる」
その顔は、長年の付き合いの副官も初めて見る、弾けるような笑顔であった。
「リッジス将軍の副官をしているノーマン・フルムです。よろしく」
握手をすると副官は仕事があると、歓談する二人と給仕するディヴッドを置いて執務室に戻る。
チェスター家の兵の半分は来ているようであり、それを踏まえて勢力図を分析しなければならない。
二人が酒を飲み、大声で話す声が聞こえてくる。
その隣の部屋で
「どうせなら戦の最中に寝返ってくれれば良かったが・・」
と副官が一人呟く声が響いた。
睨み合いと調略が続く中、季節は冬となる。
地図を睨みながら、ビルと副官は顔を見合わす。
「勢力比はヒゲ親父が6、こちらが4か。
大諸侯が軒並み向こうについたのが痛いな。
ブルックめ、自分の孫はもちろん、一族をこぞって有力貴族に嫁がせ、味方を増やしているな。
嫡孫のパメラ嬢には何人もの貴公子が名乗りを上げ、決闘の結果、名門公爵世子のスタンリーが射止めたらしい。
スタンリー曰く、リッジスなどという成り上がりを一突きで殺し、この国をブルック将軍とパメラ嬢に献上しようだと。
それでブルック夫妻以下は大盛り上がりと内通者の手紙に書いているぞ。
そんな話を真に受けるとはブルックも耄碌してきたか」
もともと同じ国内だ。
内通者はどちらにもいる。
ビルの言葉を聞き、護衛として立っていたディヴッドが憤然と言う。
「そんな奴、兄さんが出るまでもない。
僕がやっつけてやるさ」
「はっは、是非お願いしよう。
ところでノーマン、話というのはなんだ」
ビルが副官を鋭く見る。
「ブルック軍とまともに戦うのが不利なことは御承知のとおり。
向こうは数でも多く、その中身も古参の将軍が率いる国軍の一部と貴族の正規軍です。
こちらはもっぱら将軍の子飼いの軍団を中心とした国軍、これは精鋭ですが数は及びません。
それにかき集めた悪党ども。
戦は天の時、地の利、人の和で決まると言います。
幸い今は冬。
ブルック将軍は雪で埋まり、領国から出られません。
今の間に同盟している大貴族を討伐し、敵を減らしましょう。
幸い王の葬儀に参列しなかった、これは反逆であるという名目があります」
「よかろう。
直ちに兵を出す。
ブルックの味方を一掃し、冬の間にこちらが有利な情勢を作り出せば戦わずに勝敗は決することになろう」
ビルはすぐに王宮のマリーのところに行き、王を蔑ろにするブルック一党を討伐する王命を願う。
これが出れば、宣戦布告。
そしてブルック達は朝敵となる。
「リッジス将軍、この件はわかった。
しかし一つ条件がある」
マリーは王座に座り、厳かに言う。
「女王陛下、何でございますか」
尋ねるビルにマリーはおかしげに口を開いた。
「最近そなたは家にも帰らず、妻を蔑ろにしておると聞く。
出兵までの間、妻の元にいて妻を大事にせよ」
「ははっ、仰せのままに」
大仰に頭を下げるビルを見て、マリーと後ろに控えるソフィアを顔を見合わせて笑った。
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