イヴと偽りの天使たち ロクでなし魔術講師と禁忌教典【正典】

羊太郎

プロローグ

「現・帝国軍元帥にて、帝国宮廷魔導士団・特務分室室長、執行官ナンバー1《魔術師》のイヴ=イグナイト。

 アルザーノ帝国女王アリシア七世の名をもって、現時点をもって貴女の全役職を解任、帝国軍内における軍階と全権を剥奪します」


 その日。

 アルザーノ帝国女王アリシア七世から下った信じられない勅命に、謁見の間に居合わせた者達の誰もが凍り付いていた。


「この勅令は、この帝国内における、あらゆる法・権威・指揮系統の最上位――女王権令とする。貴女の今後については、追って沙汰を待ちなさい。以上」


 動揺と困惑が、ここアルザーノ帝国が帝都オルランドにあるフェルドラド宮殿、謁見の間に広がっていく。

 ざわめきが、人と人の間に毒のように伝播していく。

 静謐で厳かであるべき場所が、下町の炉端のように騒然としていく。


「…………」


 ただ唯一の例外は、陛下よりそのような下知を受けた当の私――イヴ=イグナイトだけだ。

 私は目を伏せ、玉座に座る陛下の膝下に跪き、静かに沈黙を守っていた。


「そ、そんな馬鹿な!? それは真ですか!?」


「女王陛下! 一体、何を考えておられるのです!?」


 そして、そんな騒然の最中、ついに将校や大臣、官僚達が声を上げた。


「イヴ殿は、この帝国で最強クラスの魔導士にて、比類無き軍略家! そんな彼女から軍の全権を奪うなど……ご乱心ですか!?」


「今、この国は彼女の手腕がなければ、立ちゆき行かぬのですよ!?」


「そもそも、彼女は先の大戦の英雄! 民が納得いたしません!!」


 理解できない。納得できない。意味がわからない。

 恐らく、そんな空気がフェルドラド宮殿の謁見の間に、はち切れんほどに満ちていく。

 だが――


「……承知いたしました。その勅命、我が身命にてお受け致します。陛下」


 私は何の異議や反論をすることなく、それをあっさりと、毅然と受け入れていた。


「イヴ殿!?」


「あ、貴女はそれでいいのか!? こんな不可解で理不尽な――」


 そんな私に、将校や大臣達が次々と口を開くが。


「女王権令よ」


 私は、それらをただの一言で切って捨てる。


「この場の誰もが、この勅令に意を唱える権限などないわ。これ以上の異議申し立ては王室侮辱罪、国家反逆罪にあたる。慎みなさい」


「ぐ――……」


 そんな私の指摘に、その場の誰もが押し黙るしかない。


 何故? 一体、どうしてこんなことに?

 これからこの国は一体、どうなってしまうのだ?

 ……渦巻く疑問と困惑と混乱の中、私は静かに、厳かに立ち上がった。


 そして、女王陛下に恭しく一礼して、踵を返す。

 その場の者達の縋るような視線を一身に背負って、その場を立ち去っていく――


 一度たりとも振り返らず。

 一言たりとも発することなく。


 そんな私を、アルザーノ帝国女王、アリシア七世は黙って見送る。

 どこまでも氷のように冷徹な目で。


 こうして、その日。

 私は、この帝国で築き上げた全てを失うのであった――


 ――――。


 ―――。


 ――。


「……とまぁ格好付けて、人前から去っていったのはいいんだけど」


 特務分室の職務室にて。

 帝国宮廷魔導士団・特務分室執行官ナンバー18《月》にて、私の副官イリア=イルージュの呆れたようなぼやきが、私の耳に聞こえてくる。


「余所様の目がないとこではコレだもんなぁ……」


「ぐすっ……ひっく……うぅ……いきなりクビなんて……一体、私が何をしたって言うのよぉ~~っ!? うぇえええええん……!」


 当の私は、涙目で執務机に突っ伏していた。

 なんかもう、要するにアレだ。やってられない。

 今回の人事はわけがわからなすぎる。


 噓でしょ? この私がクビ? 帝国軍元帥も? 特務分室室長も?

 あははは……どうしてこんなことに……?

 

「今まで身を粉にしてこの帝国に尽くしてきたのにぃ!! 陛下のバカァ!!

 何!? 行き遅れが悪いの!? 未だ年齢=彼氏居ない暦な私には、そーゆー責任ある立ち場は相応しくないとでも!?

 ちくしょう! 私だって好きで独り身貫いているわけじゃない!!

 ただ、男にモテないだけよッッッ!!」


 どんっ!!


 私は激しく机を叩き、傍のボトルを引っ掴んで、グラスに注ぐ。

 そして、それを一気に飲み干した。

 もう、飲まなきゃやってらんない、こんなの……!

 私は椅子の背に全体重を預け、ぐるぐると回り始めた世界を仰ぎ始めた。


「えーと……イヴちゃん? 一体、何杯飲んだんじゃ?」


「酒という意味なら0杯だ」


 私の部下達――執行官ナンバー9《隠者》のバーナードと同じく執行官ナンバー17《星》のアルベルトの声が聞こえる。


「いつも通り、ぶどうジュースで雰囲気酔いだ」


「まーたか。相変わらず変わった性質じゃのう……」


 どうせ、この職務室内に居るその他の特務分室のメンバー達も、今の無様な私の姿を”やれやれ、またか……”みたいな目で見つめているのだろう。

 ええい、もう威厳とか体裁とかどうでもいいわ! 私、室長クビだし!


「ま、姉さんのそんな無様な姿を眺めているのも悪くないけど、そろそろ話を進めましょうかね」


 すると、イリアが私の傍へと歩み寄って来る。

 そして、私の執務机の上に、巻物スクロール型の封書を置いた。

 厳重な封印と封蝋が施された、いかにもな重要機密文章だ。


「ひっく……なぁにぃ? これぇ……?」


「陛下からよ。……仰ってたでしょう? 追放処分後の姉さんの処遇は追って沙汰があるって」


 へべれけになっている私へ、イリアが呆れたように説明した。


「姉さんは、これからこの封書内の指示に従い、とある特殊な任務に従事するってわけ。OK?」


「どうでもいいわぁ……どうでも……あぁ~、もう滅びないかしら、世界……」


「それが救世の英雄が吐く言葉か?」


 呆れながら、イリアは続けた。


「とにかく、もう一つ女王陛下から言伝を預かってあるわ。

 ……今回、姉さんに下った勅令の号名について」


「……?」


「勅令号名は――《女王権令ロイヤル・コマンド:オーダー01》」


 その言葉を聞いた瞬間。


「……ッ!!」


 私は、はっと目を見開いた。

 オーダー01――その言葉に、私の魂に奇妙な衝撃が走る。


 そう、その命令は――……


「…………」


 私が押し黙っていると。

 イリアは、そんな私を見て、ニヤリと意味深に笑い、ばんばんと私の肩を叩いてその場から立ち去っていく。


「というわけで確かに渡したし、伝えたわ。精々頑張ってね? 姉 さ ん?」


 一体、何事だ?

 そんな他のメンバー達の疑問に満ちた視線が集まる中。


 私は、ただひたすらに沈黙を保ち続けるのであった――

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