タイムスリップしたら、千利休だった件〜信長のお茶係はつらいよ〜

雨宮 徹

起きたら、千利休だった件

 今日は月曜日。憂鬱な一週間の始まりだ。そんな月曜日に限って部下は問題を起こすし、上司は無理難題を押し付けてくるし、中間管理職はつらいよ。



「はあ、昼休みくらいはゆっくりしたいな……」



 俺の働く会社には休憩室がある。それも、少し変わっていて和室だ。まあ、洋室だとフローリングの上に寝転がって冷たいから、畳の方がいいかもしれない。そこまで考えてなのかは、どうでもいい。今の俺に必要なのは休憩とリラックスだ。



「さてと、今日も仮眠をしますか」



 休憩室の障子をガラっと開けると、畳のいい匂いに包み込まれる。匂いだけでもリラックス効果があるかもしれない。持ってきた抹茶ラテのペットボトルを脇に置くと、アイマスクをする。「変な夢を見ませんように」と、願いながら。


**


「ふぁ~、今日も気持ちよく寝たぞ」



 これで、あと半日頑張れる。いや、半日を乗り越えても、土曜日までまだ四日もある。伸びをしながらアイマスクを外す。すると、目の前に広がっていたのは見慣れない部屋だった。



「なんだこれ」



 明らかに休憩室とは違う。なんちゃって和室ではなく、しっかりとした床の間がある。それに、入り口がやけに狭い。狭いなんてものではなく、小さいと言った方が正しいかもしれない。何はともあれ、部屋から出なくては始まらない。部屋を出ようとした時だった。見慣れぬ人物が入ってきたのは。



「さて、今日もお前の茶を飲みに来たぞ」



 小さい入口から現れたのは、頭がちょんまげで、服装は和服の人物。こんな人、会社にいたか? いや、いたら困る。うちの会社は真面目なことだけが取り柄なのだ。というか、この人「茶を飲みに来た」とか言った? ここ、単なる休憩室ですけど。



「おい、利休。茶はまだか」



 利休? 誰それ。部屋中を見渡すが、ここにいるのは変人と俺だけ。つまり、俺が利休なる人物ってことになる。いや、俺の名前は――。



「利休、今日はだいぶ変わった服装をしているな。お前らしくないぞ。いや、変わっているどころではない。なぜ、そんな服装なのだ! この信長を愚弄する気か!」



 うわ、こいつ勝手にキレてきた。面倒なことこの上ない。これ以上かかわる前に、とっとと追っ払うに限る。



「信長さん、部屋から出てくれませんか? うん? 信長……?」



 変わった名前の人もいるものだ。歴史上の偉人の織田信長と同じ名前をつけるなんて、両親はこの人物に天下を取って欲しいのだろうか。子供は親を選べないという。可哀そうな境遇だな。そう考えを巡らせていると、和服に家紋が入っているのが目に入る。なんか、見覚えがあるような。ああ、織田家の家紋だ。え。



「もしかして、お前、織田信長なの!?」



「お前は主を忘れるほど頭がダメになったのか? それに、口の利き方がなっておらん!」



 やべ、もし正真正銘の織田信長なら、この場で殺されるわ。



「貴様を斬ってくれる! って、刀がない! そうだ、茶室に入るときには刀を抜くのが作法だった」織田信長は額をぴしゃりと叩く。



 お、何か知らないが助かったらしい。さて、この場をしのぐには、どうすればいいか。その一、速攻で部屋を出る。その二、茶をいれてごまかす。考えるまでもない、部屋を出るしか選択肢はない!



 勢いよく入口から出ると、太陽が照りつけてくる。うわ、まぶしい! っていうか、ここ外!? いや、会社の廊下じゃなくて? 絶対、何かが狂っている。そうだ、これは夢に違いない。そう、俺はまだ悪夢の中にいるんだ。



「おい、利休。茶はまだか」と、信長が入口から顔を出す。



 利休って俺のことだよな。信長に利休。おい、俺は千利休役なの!? それなら、色々と説明がつく。ま、信長に茶を出すなんて、夢じゃなきゃできない。この茶番劇に付き合うか。



「殿、今すぐ用意いたします」



 部屋に戻ると、茶碗を手に取る。えーと、確か、この竹の道具で抹茶を混ぜるんだったな。名前は知らないが、使い方なら時代劇で見たことがある。さて、抹茶はどこかな……。部屋中を探すが、肝心な抹茶が見つからない。詰んだわ、俺。待てよ、休憩室に抹茶ラテを持ち込んでいた! 夢だから、何をしようが勝手だ。俺はペットボトルから直に注ぐ。



「利休、それはなんだ? 新しい茶道具か?」



「いや、これはペッ――はい、そうです!」ええい、勢いで押し切ってしまえ。



「なるほど、その服装も新しい流派の一種ということか。それなら、始めからそう言えばいいものを」



 うおー、信長ナイス解釈!



「さて、茶をいただくとしよう」



 信長はゆっくりと茶碗に手を伸ばすと、上品な動作で抹茶を飲む。ああ、これが正しい作法なのね。武将だからって、戦がすべてではないのか。さて、お味は……?



「うまい、うまいぞ!」



 どうやら、好評らしい。まあ、夢の中なら当たり前か。本物がこの反応なら、幻滅まったなしだ。



「おい、利休。この茶には隠し味があるな。いつもと見た目も味も違う。何を混ぜた?」



「えーと、牛乳です。牛乳」これは事実だ。



「なるほど、牛乳を入れると一味違うな。よし、明日から城内で牛を飼う! そうすれば、いつでもこの味が楽しめる」



 え、城内で牛を飼うんですか? 臭いやばそうですけど。まあ、俺には関係ないさ。さて、夢もこの辺で終わりだろう。



「利休、明日も来るから、もっとうまい茶を用意するように」



 部屋を出る信長にお辞儀をすると、再び畳に寝転ぶ。そろそろ、夢から覚めるはずだ。俺は深い眠りに落ちていく。


**


「いや~、変な夢だった。さて、部屋を出ますか。……。あれ、入り口、小さいままじゃね?」



 え、嘘。もしかして、俺は戦国時代にタイムスリップしちゃったわけ!? 牛の臭いがする。うん、間違いない。これは夢じゃない。どうやら今日からは千利休として生きるしかないらしい。



 俺が知る限りの情報はこうだ。茶道を究めた人物であること。そして、豊臣秀吉と不仲になって、切腹させられたこと。うん、最低限の知識はあるな。切腹? え、信長が本能寺の変で死んだら、俺は切腹しなきゃいけないの!? つまり、信長を本能寺の変から救うのが、俺が生き残る唯一の道ってこと? ハードル、高すぎませんか?



「しょうがない、俺流の茶道で乗り切りますか」

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