第13話 当然一緒に学校に行く


 朝、平日なので学校に通う。


 いつものように綾女の家で玄関のチャイムを鳴らす。インターホンには綾女の母親が出た。


「ああ、太一君。もうちょっと待ってね。綾女まだ準備してるから」


 綾女の家の方から、綾女の母親が綾女を急かす声が聞こえる。


 そうして数分待つと、玄関の扉がガチャリと開いた。


「お、おまたせー」


 綾女だ。まだ髪の毛のセットが中途半端で後ろ髪が少しはねている。


 時計を確認する。最寄駅から南斗高校に向けて出る電車まではまだ時間があった。


「綾女、髪、まだはねてるぞ。直してこいよ」


 自分の後頭部を指さしながら、綾女に指摘する。


「ええっ! 本当に!」


 綾女は慌ただしく家に戻った。その綾女と入れ違いに、綾女の父親が扉から出てくる。


 綾女の父親はここからそう遠くない会社に勤めていたと記憶している。週も半ばだというのに、パリッと糊の効いたスーツを着こなしているナイスミドルだ。年齢の割には若々しく見えるが、それでも四十歳代の大人の男の魅力もあった。


「おはようございます。おじさん」


 努めて明るく挨拶をする。朝はやはり活気が一番だと思う。


「おはよう。太一君。綾女が迷惑をかけるね」


 綾女の父親も連日の仕事で疲れているだろうに、全く疲れている様子がなく、清々しい。


「いえいえ。幼馴染ですから」


 定番の幼馴染と言えば、世話焼きの女の子とズボラな男の子の関係なんだろうけど、俺と綾女の仲はその逆だった。いつも俺が綾女の面倒を見て、綾女が口を尖らせる。そんな日常だった。


「じゃあ、遅くなりそうだったら先に行くんだよ。綾女は置いて行っていいからね」


 綾女の父親は快活そうに笑顔を浮かべる。


「はい。行ってらっしゃい」


「はは。行ってきます」


 綾女の父親が俺の横を通り過ぎて、それからその背中が見えなくなった頃、再び綾女の家の玄関の扉が開いた。


「お、おまたせ。ぜぃ……はぁ……ぜぃ……」


 綾女は肩で息をしていた。髪は急ごしらえでとかしたらしく、まだ水っぽく湿っている。


 腕時計を確認する。トイレに行くような余裕はないが、走るほど切迫した時間ではない。まだ余裕はある。


「まだ電車は大丈夫だから、落ち着けよ。ほら、深呼吸して」


「そ、そう? すぅーはぁー……」


 綾女は俺に言われた通りゆっくりと呼吸を整える。そうして、十秒くらいして、落ち着いてから、俺の隣に立った。それから、二人で歩調を合わせて歩き出す。背が少し高い俺は気持ち遅めに、綾女は遅れないように、二人で二人のリズムを刻む。


 綾女の家を出てから少しして、駅に向かう人の流れが出てきた頃、俺は昨日から気になっていたことを聞いた。


「それで、AAPプロジェクトに進展はあったのか?」


 興味半分で尋ねると、綾女は顎に手を当てて、難しそうに考え始めた。もちろん、足はせわしなく俺を追いかけ続けている。半歩くらい俺の方が先を歩いている。駅まで時間的に少し危ないが、気持ち歩くペースを落とそう。


「うーん。そこそこのアイディアはあるんだけど、どれも今一つなんだ」


「へえ」


 そこそこと自賛するくらいなので、悪くはないアイディアなのかもしれない。ひょっとすると、俺と一緒に作戦を再考すれば、化ける可能性もあるかもしれない。良くも悪くも綾女は大雑把なところがある。アイディアにはメリットもデメリットも穴があるに違いない。そのデメリットを最小にしつつ、メリットを最大化できるようなアイディアがあるなら、それは幸いだろう。


「例えば?」


 尋ねてみる。綾女は顎に当てていた手を更に高く持ち上げ、前髪を弄り始める。


「髪を染める?」


「ダメ。校則違反」


 綾女の髪は日本人らしく漆黒である。ショートヘアだがボリュームはあって、ふんわりとした女の子らしい髪型だ。色は地味かもしれないが、艶があるのに傷みはなく、綺麗な髪をしている。確かに、少しブリーチすれば軽い印象を相手に与えることができるかもしれないが、せっかくの黒髪である。それを染めるのはもったいないと思う。個人的な見解だが、綾女の顔立ちには黒髪が似合っていると思う。


 校則違反は大した罰則はないのだが、クラス委員長をしている綾女だ。生真面目な生徒という印象は大事にしたいはずだ。品行方正は大事だ。


 そして、綾女もそれは理解しているらしく、大人しく俺の言うことを認めた。


「そうだよねー。じゃあじゃあ」


 次は髪をかき分けて、手を耳たぶに当てた。普段は髪の毛で隠れている綾女の小さめの耳がチラリと見える。可愛らしいポーズだった。


「アクセントにちょっと目立つピアスなんてどう? こう、ジャラジャラーって」


 耳たぶに当てた手をヒラヒラと揺らし、煌びやかさをアピールする。


「それも校則違反」


 俺は冷たく否定した。


 ピアスも校則で禁止されている。どうせ、風紀が乱れるみたいなあやふやな理由だろうが、禁止されているからにはそれに従うべきだと思う。


 そもそも、綾女には華美な装飾は似合わない。普段から着飾らない綾女を見ているからか、カジュアルな綾女の方が見慣れていて、それが合っているように思う。


 それと、派手な化粧も似合わない。ナチュラルメイクくらいが、一番綾女に映えるだろう。私見だけど。


「ううん。でも、ピアスなら先生に見つかりそうなときは外せるよ?」


 ちょっとだけ綾女は食い下がる。だが、どうも自信がないらしく、反応が鈍い。


「ピアスは外せても、ピアス穴は隠せないだろ」


 綾女の頭髪は耳が隠れるくらいは長い。ピアス穴を隠すことは現実的に可能だろう。これだと綾女を説得するには少し弱そうだ。


「それとピアスの穴を開けるのって、一瞬だけど痛いらしいぞ」


 綾女を脅かすと、綾女は耳たぶから手を外して息をついた。


「はあ。そうだよね。痛いのは嫌だよー。私、生理痛だって嫌なのにー」


 綾女がファッションの為なら暑さも寒さも痛さも鑑みないタイプの女の子でなくてよかった。これなら、俺に内緒でピアスを開けたりしないだろう。だが、男である俺には生理痛の痛みは共感できない。綾女も世間一般の女の子が悩ませているように、生理は苦手らしいが、俺の前でそれを態度に示したことはない。代わってやることはできないので、愚痴くらいは聞いてやってもいいんだけどな。


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