第35話 紙の兵士

 逃亡兵アラタ・シュミンケを追撃に出ていたユルゲン隊が戻ってこない。

 作戦期間はとっくに過ぎている、持ち出した食料も底をついているはずだ。

 アラタが凄腕なのは確かだがユルゲン隊長を始めリベラ副長まで同行した上にローマン帝国軍の兵士十人を引き連れていった、戦力的にアラタ一人に足を掬われるとは思えない。 しかし、戻ってこないのが現実だった、更なる捜索隊を出さざるを得ない。


 「アラタ一人に何を手間取っているんだ、ユルゲン隊長らしくもない」

 「一台しかないトラックまで戻らねぇ、お陰で俺たちは馬車移動だ」

 不平たらたらなのは歩兵隊長のデレクだ、戦争後に口髭を伸ばすようになった。    山岳旅団の制服は新調され、現地のデザインと生地を使用した物になった、明るい色調と貴族的な様相は戦闘服には不向きだが、本格的な戦争が集結した今、地味である必要はなくなった。

 デレクは貴族的な装飾が散りばめられた勇者専用の服を気に入っていた。

 せっかくの一張羅が馬車や泥で汚れるのが我慢ならない。

 馬車の荷台では若い兵士たちが盛り上がっていた。

 「信じられるかよ、俺たち目当てに貴族のお嬢様が集まってくるっていうんだぜ」

 「夢みたいだ、俺が貴族とか、あり得ないでしょ」

 「お前、実家の家業はなんだ?」

 「親父は小作人だ」

 「小作人の息子が男爵か子爵か、大出世だな」

 「俺たちの爵位は侯爵以上だそうだ」

 「侯爵って上から二番目だよな、大貴族だぜ」

 「貴族のお嬢様っていうのはどんなだろうな、絶世の美女か」

 「いや、俺は遠慮しようと思っているんだ」

 「ええ!?何でだよ?」

 「だって、我が儘そうじゃないか、俺は転移前に散々な目に遭ってるんだよ」

 「そうだったな、散財に浮気されてたんだっけ」

 「せっかく二度目のチャンスなんだ、経験を生かすぜ、俺は!」


 馬車の中はユルゲン隊の消息よりも、これから始まるだろう夢の生活への期待で膨らんでいた。


 ローマン帝国の異世界人への厚遇は下心が透けても十分過ぎるほどに魅力的だった。

 更なる野望を抱かせないためのローマン帝国の策略ではあったが、ヴォルグ大佐を始め異世界人のほとんどは自分が世界の王になろうとまでは思っていない。

 ひとつの国を、魔族の国を転移して二年で滅ぼした、兵士たちは気づいていた。

 転移前も単位後も自分たちに正義はなかった、特にこの世界での行いは酷かった。

 圧倒的な戦力差による虐殺、魔族が何をしたというのか。

 遥か昔、何世代も前の戦争で領地を魔族が人族から奪った、繰り返しの戦争。

 戦争も殺しも辟易していた。

 一般兵士たちは殺人狂でも変質者でもない、話せば気のいい若者がほとんどだ。

 彼等の望む豊かで平和な暮らしがそこまで来ていた。 

 

 「おい!見ろ、トラックだ」

 デレクが指さした先にユルゲン隊のトラックが道脇にフロントタイヤを乗り上げて止まっていた。

 馬車を近くに寄せて捜索隊の五人は荷台から降りた、デレクも足下を気にしながら新品のブーツを地に着けた。

 一応MP40短機関銃を構えて、弾倉に弾を送っておく。

 何の気配もなかった、トラックには十人以上が乗っていたはずだ。

 

 「誰もいません」

 若い兵士の報告がデレクに届く。

 「おかしいな、トラックは魔族領に首を向けている、帰り道だったのか?」

 キーは付いたままだ、襲われたにしろ、追撃したにしろキーをリベラが残していくはずはない。

 「たっ、隊長!ちょっと来てください」

 悲鳴に近い叫び声が上がった、注目が集まり全員が集まってきた。

 全員が見下ろした草むらに服を着た紙が落ちていた。

 「これって、人じゃないですか!?」

「!?まさか・・・リベラか」

 戦闘服の階級章からユルゲンではない、リベラだった。

 「皮だけだ、中身がない・・・」

 変わり果てた同僚の姿、全ての水分を失い荒い繊維を残した和紙のような質感。

 「なんでこんな姿に?・・・」

 「病気か、元の世界になかったウィルスなんじゃ・・・」

 「いや、これは呪いだ!虐殺された魔族の呪いだ」

 恐怖が五人の感覚を縛り麻痺させる。


 ドチュッ

 「ぐあっ!!」

 突然端にいた兵士が背中から血を吹き出して藻掻き始める。

 「なっ、なんだ!!どうしたんだ!?」

 「たっ、たっ、助けてぇぇぇぇぇ」

 ドスッ、ドスッ、ドチュウウゥゥゥゥゥ

 兵士の身体に穴が空いていく、何かがたかっている、硝子の何かが周囲の色を反射させて蠢いている。

 「なにかいるぞ!離れろ!」

 残った四人が距離を取ったときには吸われた兵士は骨を浮き上がらせ絶命していた。

 貴族となる夢は、頂の寸前で崩れ落ちた。

 「リベラもこいつに殺られたのか」

 「ウィルスでも呪いでもねえ!魔物だ、見えないぞ」


 ガサガサガサッ ザザザザッ


 魔笹が揺れて波が起きる、千条の筋が兵士たち向かって食欲の殺意を露わにした。


 (喰わせろ!吸わせろ!腹減った!)


「ひいいっ!!」

 四人を扇状に囲む殺意は統一されている、意義を唱える者はいない。

 その数、数万の蟻群。


 破滅と絶望の軍団。


 「撃てっ!!撃てぇぇっ!!」

 四人のMP40短機関銃が一斉に魔笹に向かって吠えた、一分間に五百発を放つMP40の弾倉は32発、弾倉が空になるのに必要な時間は数秒。

 恐怖に犯された指は戻ることを知らない、蟻群の数パーセントを散らして終わった。

 

 キィキキキキキキキッキャアァァァアッ


 狂気の波がデレク隊を飲み込み、鏡の小山と化した四つの古墳は、徐々に高さを低くして、その身を溶かし吸い尽くした。


 彼等の希望も、夢も、罪も、悲鳴さえも蟻軍に呑まれて、異世界に永遠に消えた。

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