第30話

「見ての通り、うちの式は使えない奴ばかりだ。図体がデカいだけで、指示されるまで何もできやしないし、ろくに喋れもしない。力はあるけど、ただそれだけ。河童に至っては、オドオドしてるだけで何の特技もない。そんな奴しかいないで何が出来るっていうんだ」


 部屋の隅で大人しく待機している二体の式を一瞥すると、康之は空っぽになった珈琲のボトルを見せしめるように床へ叩きつける。飲み切れていなかった茶色の液体が、周囲へ飛び散るもお構いなしで。


「なのに君の家は本家っていうだけで、当然のように鬼を使役している。しかも、新たに妖狐まで……ふざけんなっ! 今の時代に力ある式神を手に入れることが、どれだけ大変か分かってるのかっ」


 康之は忌々しいとでもいうように、美琴のことをきつく睨んでくる。彼はこの家にいる式達へ不満があり、本家を妬んでいることだけはよく分かった。けれど、妖狐のゴンタは美琴が祓い先でたまたま見つけて連れて帰って来ただけだ。そこだけは否定しようと口を開きかけたが、美琴は部屋の隅で身体を寄せ合いながら震えている二体のあやかしに気付き、康之を必要以上に刺激することを言うのは諦めた。


「でも、俺は知ってるんだよ、ずっと見張ってたからね。あの婆さん、心臓を患ってるらしいじゃないか。しかも、祓いの力も随分と弱ってる」


 胸ポケットから煙草の箱を取り出し、中から一本を抜いて口へくわえる。ゴミだらけのソファーテーブルの上からガスの少ないライター探り出し、康之はニヤリと嫌な笑みを浮かべながら煙草の先へ火を付けた。


「婆さんだけなら、放っておいてもいい。問題は君なんだよ、美琴ちゃん」


 ふぅっと天井へ向かって煙を吐いてから、康之は美琴のことを憐れむような眼で見る。


「女の子なんだから、祓いの力なんて無ければ、いつか家を出て幸せに生きられたのに。可哀そうな子だよね」


 一方的に話を続ける康之は、身動きの取れない女子高生を相手に優越感に浸りつつ、どこか自分語りに酔っているように見えた。康之が喫煙し始めたことで、空気清浄機がさらに轟音を響かせていたが、室内の空気は淀んでいくばかりだ。

 結束バンドで擦れて赤くなってきた足首を撫でながら、美琴は注意深く部屋の様子を静かに伺い続けていた。


「心配しなくても、ちゃんとそれらしいシチュエーションを用意してあげるつもりだよ」

「……なんのことですか?」

「そうだ、お父さんの命日ももうすぐだね。全く同じ日という訳にはいかないけど、同じ場所ってのもいい。両親の事故現場を見舞って、娘も似たような事故に合うなんて運命的だとは思わないかい?」


 「うん、それがいい」と一方的に頷いてから、康之は自分のスマホを操作し始める。「ちっ、当分は降りそうもないか」と舌打ちしながら呟いていたから、天気予報を確認しているみたいだ。「できるだけ自然で、悲劇的な舞台を用意してあげるつもりだからね」と皮肉な笑みを浮かべた。完全にこの状況に酔いしれている。


 美琴の両親が亡くなったのは、台風を伴った大雨の後。傾斜の激しい山間に赴き、上から落ちてきた大きな石の下敷きになった。そんな場所へ二人が揃って向かった理由は今も分からないままだ。しかも、そこで落石に遭遇するとなると、状況としてはかなり不自然過ぎる。

 けれど、あのだいだらぼっちの体格なら、大岩を上から狙って投げ落とすのなんて容易いことだろう。ハトコである彼の呼び出しなら、父が余計な疑問を抱かずに応じたとしてもおかしくはない。


「もしかして、お父さん達の事故って……」


 真実への衝撃に、美琴の指先が震え始める。自然災害だと信じても気持ちの整理はまだついたとは言い切れない。なのにそれが、事故では無かったのだとしたら……。

 康之は意地悪な笑みを浮かべるが、あえて何も言おうとはしない。それが逆に腹立たしく、憎いと感じた。


「許せない……!」

「今は好きに言っていればいい。君もいなくなれば、後は婆さんが廃れるのを待つだけなんだから。ああ、孫まで失ったら、ショックのあまりに呆気ないかもしれないね」


 康之が威圧的に高笑いする。ひょろりとしたその体躯からは想像できないような大きな声が、リビング中に響いた。あやかし達は怯えた表情で部屋の隅で震えている。式としてこの家に捕らえられているから、逃げることすら叶わないのだ。


「おい、こいつを二階の部屋へ連れていけ」


 大柄のあやかしへ向かって、康之が顎先で命じる。彼にとって式は、自在に操ることができる奴隷でしかないのだ。ヒトの言葉を話せないだいだらぼっちは、黙って言われるがまま、美琴が乗ったままのソファーへと手をかける。家具ごと持ち上げられ、落とされないように背凭れへしがみつきながら、美琴は自分を運ぼうとしているあやかしの様子を見た。

 とうの昔に表情が消え去ったような、能面のような顔。それはケラケラと笑っていることが多い鬼姫とは正反対だと思った。


 二階の部屋、そう指示されたからだろう、もう一体の式――河童が、リビングのドアを開く。河童の異常にやせ細った身体もまた、この家の式であるせいかもしれない。


 ――このあやかし達を、救ってあげなくちゃ……


 今、それが出来るのは自分だけ。美琴はポケットの中から折り畳まれた護符を取り出した。少女の動きに気付いた康之が、嘲笑うように告げてくる。


「祓い屋の先輩として教えてやろう。式として契約されているモノは、封印はできないよ」


 再び、康之の高笑いがリビングに響き渡った。

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