第11話

 学校からの帰り道。美琴は幼馴染で腐れ縁でもある船越陽菜と、このまま真っ直ぐ帰宅するか駅前のファストフード店まで引き返すかとグダグダ相談していた時、通りの向こうに見慣れた白いモフモフを見つけた。真っ白の狐のあやかしゴンタが、歩道の隅っこにちょこんと座って待っていたのだ。

 屋敷へ連れて帰って来てからは、庭の祠の番をしているか、居間で座布団の上で丸まって眠っていることがほとんどな妖狐が、こうして敷地外に出ていることは珍しい。


「あ、ごめん。今日は早く帰るようお婆ちゃんから言われてたの、思い出した」

「ええーっ、そうなの? 期間限定のやつはまた今度、絶対に食べに行こ!」

「うん、約束ー」


 そのまま本屋に寄って帰るという陽菜と別れ、美琴は信号が変わったばかりの横断歩道を小走りで渡り切る。美琴が駆け寄ってくるのを、ゴンタは四本の尻尾を振って出迎えた。やっぱり狐というよりは、どこか犬っぽい。


「ゴンタ、もしかして迎えに来てくれたの?」

「近くにタチの悪いのがうろついてる気配がするから、婆ちゃんが様子見に行けって」


 「オレのことはこき使わないって言ってたくせに」と不貞腐れたようにブツブツ文句を言っているが、美琴の隣で跳ねながら歩いている姿はご機嫌そのものにしか見えない。


「えーっ、タチの悪いのって、何なんだろ?」

「さあ、そこまでは聞いてない」

「まさか街中で神隠しとかは無いよねぇ……」


 子ぎつねに話しかけながら歩いていると、すれ違った人達が怪訝な表情で見ているの気付いて、美琴は慌てて鞄からスマホを取り出した。そして、端末を片耳に当てて通話しているフリをし始める。

 普通の人にはあやかしであるゴンタの姿が視えないことを、すっかり忘れていた。きっと周りからは何も居ない横の地面に向かって話し掛けている変な子に見えていたはずだ。


 ――やばっ。外では気を付けないと……


 祓いの力を継承してから、それまで視えていなかったものがはっきり視えるようになった。今通り過ぎた電柱の横でこちらのことを恨めしそうな視線を送っている地縛霊だって、ついこないだまでは気配程度しか気付いてはいなかった。何かが居るんだろうな、くらいで気にしないフリして素通りできていたものが、見過ごせないほど認識できてしまうようになった。

 何もないところでビクついたり、驚きの声をあげてしまったり、周囲から見れば挙動不審に映ってもしょうがない。人と違うものが視える世界は、ちょっと不便だ。


 せめて不自然にならないようにする小道具として、スマホはとても便利だったりする。片手にもって耳に当てるかイヤホンを嵌めていれば、何もないところに向かって喋っていても「なんだ電話中か」と勝手に勘違いしてくれるのだから。

 ながら歩きしてるフリをする美琴の横で、ゴンタは三角の耳をピンと立てて得意げに歩いている。


「なんなら、これから毎日迎えに来てやってもいいぞ」

「別に毎日はいらないよ、駅からそんなに遠くもないし」

「そ、そうか……」


 美琴が答えた後、ゴンタの耳が目に見えて萎んでシュンと落ち込んでしまった。こんなに分かり易く凹まれてしまうと罪悪感を感じ、美琴はフォローの為にと慌てて言葉を付け加える。


「ほ、ほら、雨の日はゴンタも出てくるのも大変でしょ? お天気の良い日とかだけでいいからね」


 きっとゴンタには駅までのお迎えもお散歩感覚なんだろうなと思うと、完全に拒否はできなかった。以前はずっとマンションの敷地内から出られず狭い土地に縛り付けられていたのだから、自由に動き回れるようになったのがよっぽど嬉しいのだろう。


 ピョンピョンと飛び跳ねるように歩く妖狐と並んで、大通りを一本横の道へと入っていく。こちらの通りはお店よりも住宅の方が多いから、一気に人通りは減ってしまう。それでも不審な人物が潜んでいれば、速攻で通報されるくらいにはこの辺りの治安は決して悪くはない。

 だからきっと、真知子が注意しろと言っているのは、ヒトのことではないはずだ。


『ただ視えるだけというのは危険が伴う。視えれば相手して欲しがるものに纏わり付かれ、玩具にされる。場合によっては命だって――』


 以前に祖母から聞かされた言葉。視えるようになった美琴に相手をして欲しがるものが、寄ってくる可能性があるのだ。制服のブレザーのポケットに手を突っ込んで、御守り代わりに折り畳んで忍ばせていた護符へと触れる。まだまともに祓ったことなんて無いけれど、一応は使い方くらいは知っている。力の継承後、真知子から散々叩き込まれた。


「そう言えば、さっきも祓いの客が来てたぞ。護符を渡しただけで帰ってったみたいだが、祓い屋ってのもアコギな商売なんだな」


 客からは姿が視えないのをいいことに、アヤメと一緒に覗き見していたのだという。ほんの数日前までは自分も封印される対象だったことは、すっかり忘れ去っているみたいだ。


「まあ、依頼にもいろいろあるみたいだからね……」


 美琴は苦笑交じりに呟いて返した。

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