森の魔物


――再び視点を変え、森にいる勇者と聖女に移す。


 覚醒を終えた魔物が跋扈するこの森で、湊はアルシェを抱えながら高速で大地を駆けていた。喩え片腕が塞がっていようと、戦闘と支援魔法のエキスパートが揃っていればこんな森どうという事もない。相も変わらず憎まれ口を叩き、その癖彼女を守りながら敵を薙ぎ倒しているのだろう。


“グゴッ、グゴォォーーー!”

“ウキャッ、ウキャキャー!”

“キシシシシッ!”

“シャアアアアァッ!”


「あ゛あ゛もう! しつこいッ!」


……いや訂正する。現在二人は大量の魔物から尻尾を巻いて逃げている最中であり、それを不本意にも先導する形となった湊がひたすら愚痴をこぼしていた。


「本ッ当にメンドくせえなあこの森は! 何で遭う奴遭う奴皆追っかけてくるんだよ莫迦じゃねえの!? 腹が減ってるなら共食いでも何でもしてろよ得意だろそういうのッ…所詮本能が全ての獣なんだからさあ!」


 逃げれば逃げるほど集団は群れを吸収していき、その規模は最早通っただけで砂埃が立ち森に路が出来るほど。一匹倒したくらいではキリが無く、苛立つ気持ちとは裏腹に行動は最善を選択していた。


「も、申し訳ありません。わたくしがカナエ様のように速く走れないばかりに…」

「……はあ、そんなの良いから。今は索敵とかする気分じゃないからそっちは任せた」


 普段声を荒げない湊が感情を露わにしたことでアルシェが委縮し、それを見て湊の勢いも削がれる。一度落ち着いて深呼吸すると、焦れ込む気を抑え何時もの調子へと戻った。


「ああ五月蠅いし気持ち悪い。折角の自然の音がこれじゃ台無しだぁ…」


 その際彼にしか分からない愚痴も零した。耳が良すぎるせいで後ろの騒音による音酔いが酷い。

 なので索敵手段でもある聴覚から得られる情報を現在アルシェのみに限定、他を全てシャットアウトし、魔物が近づいた時の報せを専ら彼女に一任していた。


「カナエ様、このまま行くと三分と四十秒後に今度は鹿に似た魔物二十体と会敵します」

「ちっ、右に逸れるぞ《雷纏カムイ》」


 アルシェの言葉も言い切らぬ内に進路変更し、左手で顕現させていた黎明の一刀をぐっと握る。すると硝子のように透明だった刀が柄まで黄色に染まり、それと共に二人の周囲を雷が覆ったかと思いきや爆発的に加速した。


未来改変ノイズ発生ッ、しかし二十秒後に別の魔物が――!」

「問題ない。数は一体だけのようだしこのまま突っ込む」


 触覚の反響探査エコーロケーションで必要な情報だけ抜き取ると、逃げの選択肢を捨て即討伐へと移る。迂回した分だけ時間が掛かるため、後ろの集団に加わる前に倒してしまおうと判断したのだ。


「敵、来ます!」


 そして茂みから切り株にキノコが生えた感じの魔物が飛び出し、二人の行く手を遮る。


“モッ……モッ…”


「何だあれ…」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


種族:呪霊樹人族カースドライド  Lv43

称号:「準特殊保持者」

状態:〈擬似覚醒〉


力:4425

体力:4500

俊敏:4205

精神:5390

魔力:5265


【特殊能力】

《惑い粉》(「精神媒介」)


【通常能力】

《森属性 Lv7》 《魔属性 Lv7》

《呪術 Lv9》 《魔力回復(中) Lv7》

《鬼哭啾啾 Lv8》 《魔纏 Lv10》

《精神弱体 Lv6》 《落葉休法 Lv5》

《擬態 Lv5》 《親水作用 Lv6》

《危機察知 Lv3》 《威嚇 Lv4》

《樹木探査 Lv5》 《魔効果向上 Lv6》

《森耐性 Lv7》 《魔耐性 Lv8》

《気力操作 Lv7》


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 姿を確認した湊が【真偽の瞳】を使ってステータスを確認すると、称号と状態の欄に映し出された不可解な文字列。


 鶏蛇合獣種コカトリスの時もそうだったが、この森の魔物は全部が全部この意味不明なステータスを共有している。レベル50へと至る前に覚醒するなど有り得ないし、そもそも準特殊保持者なる称号は存在し得ない。

 アルシェに訊いても詳細が分からず、しかし此処の魔物たちは本当に一体一体が特殊覚醒クラスの力を有するため、下手に相手していられないというのが逃走の決め手になっている。


「スキルレベルが高いな。それに俺と同じ精神系能力か、珍しい」


“モッ…? モアアアァ、――ギャっ!”


「けど普通に邪魔。所詮は「霧」の劣化版でしかないし、そもそも俺に呪いの類いは効かないんだ」


 とは言え召喚当初に遥か格上の相手と戦っている湊からしたら楽勝も良いところ。レベルが上がり能力の詳細についても熟知した今、喩えレベルに差があろうと先ず負けることはない。

 魔物が湊の接近に気付き何かしようとするも、その前に一刀両断し戦闘を終える。一瞬の内に相手の戦闘スタイルを看破すると減速もせず敵を退けた。がしかし――



「くっそ…本当に面倒だ」


 後ろでは大軍の上げた砂埃が天高くへと舞い上がり、凄まじい勢いで此方に向かってきている。上空からだと広大な森林を破壊しながら横切る魔物の矢のようにも見え、それが勢いを増しながら二人を追い詰めんとするのだ。

 最初こそ1匹ずつ狩っていたが、徐々に追っ手が増えてくると徹底的な勝利も辞す羽目になる。あと強いて言えば経験値も稼ぎづらい。



「アルシェ、次」

「は、はい! えっと…二分と十秒後に今度は飛行型です」

「空戦か。ならコレだな」


 手に持つ神器を目的とする形に変化させようとしたところで、アルシェの手が優しく包み込みそれを制した。


「カナエ様は霊力の回復に専念していてください。私が撃退します」

「…本気か? 霊力の回復ったって、アルシェも【聖者の瞳】に回しているだろ。それに――」


 湊が何かを言う前にその口をアルシェの示指が塞いだ。


「お心遣い、感謝致します。しかし問題はありません。私の霊力はまだまだ顕在です。それに、攻撃手段こそありませんが使い方次第で私一人でも対処は可能ですから」


 湊の言いたい分を悟ったのか、彼女にしては珍しく会話を遮って彼の目を自分のに向けさせた。


「本当に出来るのか?」

「はい」


 湊のそれは何に対しての心配か。単純に彼女の攻撃力不足を指摘した上での発言なのか、それとも魔物を殺す覚悟を問いてのモノか。いづれにしても譲る気は無いようだ。



(まぁ別に良いか)



 至近距離で向き合うことものの数秒。艶やかな淡青色ライトブルーと儚げな翡翠色エメラルドグリーンの瞳が交わり、そして彼女の強い意志を理解した青から先にこの読み合いを降りた。


「そう、じゃあよろしく」

「――! ご期待に添えるよう、頑張ります!」


 了承を得たアルシェは先に湊に行き先を指示し、次に迎撃に備えて「予知眼」で覗けた背後の光景から魔物の出現場所を割り出す。


「あそこですね」


 出現ポイントを割り出し構えていると、きっかり七十秒後に目標が現れた。


“““ ギャーッ、ギァアーー! ”””


(3匹同時かよ。自分で対処するにしても全部伝えて欲しかったな!)


 自分で相手をするから別にいいと思われたのだろうか。どちらにせよ、目測だけでおよそ十体以上の魔物が独特のきりもみ飛行をしながら二人めがけて滑空してきている。


(プテラ……こっちの言い方だと翼竜か)


 長い嘴に大きな翼、それに灰色の体表とギラギラした瞳は朧気ながら昔本で描かれた地球の恐竜とそっくりだった。


「【物理結界フィジスト】!」

「ギャッ!?」


 不意を突いたつもりだろうが、邂逅するより先にこの出会いを予見していたアルシェには通じない。頭の中で何度もタイミングを計り、先頭の二体がちょうど中間距離まで来たところでもう一つの【固有能力】を発動した。


「【物理結界フィジスト】、【物理結界フィジスト】!」


 仲間が得体の知れないものに捕らえられたのを見て動揺した残りの個体も、隙を狙ったアルシェによって一気に囲まれた。


「お見事」

「ふふっ。ありがとうございます」


 あっという間の手腕に舌を巻いた。何より結界を一つ造るだけで二割近くも持っていかれた以前までと違い、これだけ複数で尚底を見せないその霊力の規模に驚かされる。

 ステータス的には同じ「発現者」である湊に圧倒的に劣る彼女だが、唯一「霊力」だけは足元にも及ばない。生物としての〝格〟が上がり、リミッターが外された彼女の霊力ソレは、今やレベル80台の特殊保持者にも迫る程だ。


「で? 捕らえただけってのは無いんだろ」


 挑発するようにして笑いかけると、彼女の方もそれに頷き畳み掛けた。


“ギャー! ギャーアッ!!”


 結界の中でジタバタ暴れるが、傷一つ、罅の一つも入りやしない。それもその筈、アルシェの【結界魔法】は黒フードの男――オルガに破られるまで絶対防御を誇っていた。

 全力を注げば国の最高戦力すら寄せ付けなかった魔法が、【固有能力】へと進化し更に強固なものとして生まれ変わったのだ。今更その程度の抵抗では一生を懸けても破られはしないと自負している。


“ギャギャギャー!”


 それでも暴れるのを止めない翼竜は、口に力を溜め始めた。そして同じように何体かも口を開いてそこから火球を生み出す。


「ブレス…そうかつまりは」


 アルシェの意図を察した湊が面白そうに呟く。そのタイミングで、最初の一体が火を吹いた。


(今っ! 《尖攻薄防イピセント》」


 それと同時に全力の付与魔法を発動させる。これによって攻撃力は爆発的に引き上げられ、逆に防御は覚醒前まで落ち込んだ。


「中々にえげつないな」


“ッ!? ギャ、ギャアァァーーー!”

“ギギギィーー!”

“―――ッ!?”


「万能操作」は「結界干渉」によって魔法のランクを一段階以上も引き上げる。撃ち出された炎は何倍、何十倍にも膨れ上がって、しかし本来の役目を果たす事もなく行き場を失った波動は立方体の中を轟音と業火で埋め尽くした。


 そう、彼女は自身の並外れた防御と付与を使って誘発的な自爆を引き起こしたのだ。

 ブレスを撃ち込まなかった個体も仲間の死に恐れを為したのか、アルシェが結界を解いた後は逃げるように飛び去って行った。攻撃手段が無いからそれを工面した良い勝ち方だったと思う。


 だがそこで満足し警戒を緩めたのはいただけないな。



“チルルルルッ!”


「カナエ様、まだ――ッ」

「はいはい聞こえるっつーの」


 気を緩めた一瞬を突くように横から弾丸のような攻撃が放たれる。湊がそれを避けると、すぐさま体勢を整え突っ込んできたものに目を向けた。


“ヂ、ヂ、チルルル”


「…カブト虫? こんなものまで魔物認定なのか」


 そしてその正体を認識すると共に、僅かに瞠目する。見ればそれは少し大きいだけのカブトムシだった。コーカサスのように角が三本あることを除けば、一見どこにでも居そうな姿形をしている。違うのはソイツが人など簡単に殺しそうな強者の雰囲気を放っていることだ。

 

「はあ全く。次から次へと…本当に面倒くさい」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


種族:鋼殻王蟲族キングビートル  Lv40

称号:「準特殊保持者」

状態:〈擬似覚醒〉


力:4575

体力:4335

俊敏:4500

精神:4080

魔力:4260


【特殊能力】

《不屈の一角》(「下克上昇」)


【通常能力】

《嵐属性 Lv8》 《大地属性 Lv6》

《火炎属性 Lv7》 《角撃術 Lv8》

《力補正 Lv6》 《魔力回復(中) Lv5》

《金剛 Lv6》 《突進効果 Lv5》

《気配察知 Lv5》 《追加効果 Lv5》

《求愛 Lv5》 《嵐耐性 Lv7》

《大地耐性 Lv6》 《火炎耐性 Lv6》

《気力溜め Lv4》


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「へえ、三属性持ちか。それにしたって蟲の王は言い過ぎだろうに」


 率直な感想を述べつつ牽制と分析を同時に行い、早々にこの場から離れる算段を付ける。【黎明の神器】を双刀から槍へとチェンジし、それと共に色合いも変化する。赤い結晶のような神器を器用に回し、質感の異なるそれを手に馴染ませていった。


「ほらさっさと来い。相手してやる」


“チルルルルッ!”


 湊が己を軽んじていると理解したのか、威嚇するように二人の周りを飛び回るキングビートル。


 空中を高速で飛行する様はさながら意思を持った弾丸のよう。常人ならば目で追う事も叶わぬそれを湊はしっかり捉え、しかし自分から動くことはせずに相手の出方を待つ。


 早く片を付けなければ折角開いた後方との距離を戻してしまうが、だからと言ってアルシェを抱えたまま何時ものパフォーマンスは出来ない。オルガとの戦いで見せた縦横無尽の三次元的戦闘スタイルは並外れた身体能力と才能を持つ湊だから実行できたわけで、一般人に毛が生えた程度の耐久力しかないアルシェでは身が持たないだろう。


 そうこうしている内に痺れを切らしたキングビートルが猛スピードで間合いを詰めて来た。死角からの攻撃はしかし聴覚を解放し「俯瞰する眼」を発動した湊にとって無意味もいい所だが、その威力自体は馬鹿にならない。

 アルシェを抱える方の腕から空中を斜めに走り、それに応じる形で湊が得物を向けた。


「シィ――ッ!」


“ヂルっ…!?”


 そして両者が接触した瞬間、超絶強化された鉄の装甲と朱色に染まった硝子の槍が甲高い音を森に響かせ――そして直ぐに爆発音へと塗り替えられた。


 ズドンっ! ズゥドドドドドドッ――オン


「きゃあッ!」

「ああクソ耳を塞ぐんだった。耳鳴りする…」


 熱波を肌で感じながら二人がそんな反応をして見せる。


 それと言うのも、つのと神器がぶつかった瞬間槍の穂先から爆音と業火が噴き出し、それが辺りに撒き散らされたのだ。いきなり炎爆に包まれたキングビートルが僅かに怯み、そこを逃さんとばかりに追加の連撃を浴びせまくった。

 手首を軸に回転する槍は相手に一分の隙も与えず、斬る切る伐るを繰り返してたまに石突で虫の腹を叩く。一撃当てる毎にまるで静かな水面に石を投げ込んだ後のような炎爆反応を見せ、火の粉が冷め終わらぬ内に次、また次の爆炎を叩き込まれるといった事が起きている。


「十ニある特性の内、火が持つイメージは「爆発」 小細工無しの火力一辺倒をこれだけ喰らえば流石に効くだろう…よっ!」


“ヂ、ヂヂヂヂッ!!”


 まるで《聖火万雷トルク・フォティア》をも連想させる苛烈な攻めから逃れるため、蟲の王も必死に抗おうとする。しかし身体が小さかったのが災いし、自分より大きな爆発の中で前後不覚に陥っていた。威力も凄まじく、故に抜け出せない。


 あまりに爆発が多いせいで槍の先から生じた熱の余波が周囲に被害をもたらし、近くにあった木々の表面が焼き爛れる。

 更に半径数メートル内に存在する水分といった水分が木の中、土の中より気化し、そんな状態にあるものだから二人と一匹がいる場の温度がみるみる上がっていった。


 二人は事前にアルシェの耐熱魔法を施してあったのである程度は平気だが、湊は彼女に万が一があっても困ると思い自身の尾を前に宛がい盾として使った。


“チッ、チルルッ…”


「ふん、固有能力といえども下位属性じゃ倒すまではいかないか」


 一通り攻め終わり爆煙が吹き去った後にもキングビートルは存命だ。だが既に身体はボロボロ…特に剥き出しだった翅は半分以上穴が空き、最初に一太刀交えた角は何処ぞに吹き飛んでしまっていた。それでも闘志を失わないあたり、この魔物の実力と執念深さが窺える。


「カナエ様、後続との距離が残り150を切りました。数は不明、種としてはおよそ四十以上にも及んでいます」

「……」

「カナエ様?」


 腕の中のアルシェが即座にこの場からの撤退を促す。だがどういう訳かその声に反応を示さない。後ろから追ってくる集団やキングビートルとも違う方角に目を向け、そこを半ば凝視するように静止していた。


「カナエ様ッ」


 もう一度……今度は声に緊迫感を乗せ、その一言だけで早急に逃げるべきだと暗に警告を発した。漸く硬直から抜けた湊がそれに従うと、槍を収めてその場を去っていった。


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